失格令嬢は冷徹陛下のお気に入り

黒猫子猫(猫子猫)

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陛下のお仕置き・その2

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 ドレスのスカートにワインがじわじわと染みを広げていった。そして、ドレスを汚した張本人は、心底申し訳なさそうな顔で、しかしその瞳は冷然としたまま、言葉だけは詫びた。

「これは⋯⋯大変失礼いたしました。手が滑ってしまいまして」

 近衛団長は、セリーヌの手から奪い取ったワイングラスの中身を、お団子令嬢のドレスに全てぶちまけていた。呆気にとられるセリーヌと、給仕たちを他所に、彼は恥辱に顔を真っ赤にしている彼女に告げた。

「ところで、その手は今、何をされようとしたのでしょうか?」

 セリーヌに向かって給仕を突き飛ばそうとしていた両手は、驚きの余り硬直したままだ。彼女は真っ青になって、さっと後ろに隠したが、周囲の人々の目は冷ややかなものに変わる。

「わ⋯⋯私、申し訳ありません⋯⋯」

 ガタガタと震え出した令嬢を見て、近衛団長は冷然とした眼差しを向けたままだったが、セリーヌは違う。給仕を押し退けて、二人の傍に立つ。

 びくりと身を強張らせたお団子令嬢に、ポンコツ令嬢は嘆いた。

「貴女⋯⋯」
「ひ⋯⋯っ」

「どうして、私にかけてくれなかったの!」
「えっ」

 絶句する令嬢と、唖然として言葉もない近衛団長を他所に、セリーヌは心底口惜しがっている。近衛団長も余計な事をしてくれたものだ。自分は待ち構えていたのだ。

 むしろ、彼は自分にかけるべきだった。

 セリーヌの目論見に気づいたのか、団長が冷たい視線を向けてきたので、慌てて誤魔化しにかかる。これは好機でもあるからだ。

「な、何でもないわ。染みになるといけないから、着替えましょうね。一緒に行ってあげるわ!」

 そして、舞踏会の会場からフェードアウトだ。

 苦い顔をした近衛団長も止められまい。勝ち誇った笑みを浮かべたセリーヌを、令嬢は感動的な眼差しで見つめた。

「あぁ⋯⋯なんて、お優しい。私が間違っていましたわ!」
「⋯⋯ん?」

 どこかで見た光景であると、セリーヌは思った。そうか、あの階段令嬢だ。さながら、彼女はワイン令嬢か。

 そんな、ろくでもない事を考えていたせいだろうか。

 後ろから抱きしめられるまで、セリーヌは彼の存在に気づかなかった。

「大事ないか」

 セリーヌが悲鳴をあげなかったのは、驚愕したからだ。遠くにいたはずのジェイラスが、いつの間にか距離を詰めていた。そして、再び凍りつく令嬢を一瞥した後、近衛団長に命じた。

「汚したのはお前だろう、連れて行ってやれ」
「はい、もちろんです」

 見目麗しい二人は短い会話を交わした後、即座に動いた。近衛団長は憔悴した令嬢を連れて行き、ジェイラスはセリーヌの腰に腕を回して、逃亡を阻止した。

 遠ざかっていく近衛団長たちを見つめ、「私も連れて行ってぇ」と嘆いたのは言うまでもない。

 顔を引きつらせて見上げてきたセリーヌに、ジェイラスは追い打ちをかける。

「さて、そろそろダンスの時間だ」
「ひぃ!?」

「俺と踊るか?」
「まさか⋯⋯本気ですか?」

「そうだな――」

 にっこりと笑うジェイラスの顔が、実に楽し気だ。この状況を面白がっているとしか思えない。

 セリーヌは涙目になった。大勢の前で転ぶ未来が見えて、今からもう恥ずかしくなって、顔が赤らむ。いつダンスの音楽が流れるかと冷や汗が流れ、ぷるぷると身体が震えた。

 そんな怯える小動物のセリーヌを見つめ、ジェイラスは軽く目を見張った後、目を泳がせた。そして、周囲の人々が絶句しながら自分を見ているのに気づき、苦い顔をして、再び彼女に視線を戻す。

「――冗談だ」
「もうちょっと明確にお願いします」

「今回はやめておく」

 ずっと会場に行くのを渋っていたというし、彼女はダンスが苦手だろうとジェイラスは思っていた。だが、自分の傍に置いておかねば、他の男に誘われる。そう思ってやってきたわけだが、当人はまるで理解していなかった。

 満面の笑みを浮かべて、
「素晴しいご回答です!」
 などと、上機嫌である。

 運動が不得手と聞いていなければ、ジェイラスと絶対に踊りたくないのではないかと思わせるような発言だ。

 彼女の性格が分かりつつあったジェイラスだが、何だか面白くない。

「やっぱりお前と踊る」
「やめましょう!?」

「⋯⋯面白い奴だ」

 ジェイラスは堪えきれずに、吹き出して、またしても会場の人々の度肝を抜いた。

 今まで女性を近づけもせず、舞踏会では誰とも踊らず、冷徹な空気を放っていた男が、笑っている。
 よっぽど、陛下は彼女がお気に召したのだ、と噂がまたしても広がった。

 結局、セリーヌはその後、ジェイラスの傍に置かれた。彼が再びセリーヌをダンスに誘う事はなく、他の令嬢達もセリーヌを気にして、近寄ることもできなかった。

 要するに、また女避けに使われたのだろうとセリーヌは理解したが、問題はその日の夜だ。
 当然のように舞踏会が終わると、「踊らなかったのなら、元気なはずだ」などと寝室に連れ込まれた。
 これで四日連続である。

 セリーヌは、皇帝のお気に入りだとすっかり評判になってしまった。
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