失格令嬢は冷徹陛下のお気に入り

黒猫子猫(猫子猫)

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陛下のお仕置き・その1

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 ジェイラスは心なしか、顔が青いようにみえる。

 ――――あら、また寝不足かしら⋯⋯。二晩連続でするからよ!

 供の者は、近衛団長だけだ。後の兵は――――離れた所で腰を抜かしているのが見えた。

 ――――いいえ⋯⋯待って。私、やらかしたわ!

 食事のマナーの云々の前に、階段から飛び下りるという、令嬢失格の行動をばっちり見られたらしい。笑顔で暴言を吐いてきた近衛団長の顔も、ひきつっていた。

 ジェイラスはセリーヌの前で足を止める。

「怪我はないか」
「は、はい」

「⋯⋯何で腕を上げている?」

 言われてようやく、ポーズを決めたまま固まっていた事に気づく。陛下が怖すぎるんです、とは流石のセリーヌも言えず、曖昧に笑いながら腕を降ろした。

 すると、階段の踊り場の方から、泣き声が聞こえた。侍女達に囲まれて泣き崩れていたのは、さきほど突っかかってきた令嬢だ。

 侍女達に促されて、何とか階段を降りてきたが、その足取りもおぼつかない。

 真っ青な顔をして、顔中をぐしゃぐしゃにして泣いている姿に、セリーヌは目を丸くしたが、ジェイラスを始めとして周囲の者達は一切同情する様子はない。

 空気が張りつめていくのをセリーヌも感じ取ったが、やはり訳が分からなかった。

 今後のために、セリーヌは階段から飛び降りた。
 ただ、それだけである。
 
「⋯⋯どうしたんですか?」
「申し訳⋯⋯ありません。思い余って⋯⋯わ、わたくしは何という事を⋯⋯っ」

 顔を両手で覆って泣きじゃくる令嬢に、ジェイラスは冷ややかに言った。

「一歩間違えば怪我をするところだ。覚悟はできているだろうな?」
「は、はい⋯⋯っ」

 ぶるぶると震えながら、身を小さくして沙汰を待つ令嬢と、容赦なく断罪しそうな皇帝をそれぞれ見返して、セリーヌは慌てて割って入った。

「待って。貴女は、何もしていませんからね?」
「いいえ! わ、わたくしが突き飛ばしたのです! 陛下からお誘いを受けていると聞いてカッとなって、追いかけてしまって⋯⋯っ気づいたら、貴女が階段から落ちて⋯⋯っ」

 令嬢は、セリーヌを突き飛ばそうとしていた。しかし、直前でセリーヌが飛び降りてしまったのだ。
 令嬢に背を押した感触はなかったはずだが、なにしろ頭に血が登っていたものだから、あまりよく覚えていない。
 我に返った時には、セリーヌは遥か下である。侍女たちの悲鳴が令嬢の混乱に拍車をかけ、すっかり加害者だと思い込んでいた。

「だから、違うの。私が勝手に階段から飛んだんです」
「そんな、まさか⋯⋯。貴族の女が、階段から飛び下りるなんて、をするはずがありませんわ!」

 セリーヌはうっと言葉に詰まった。

 ――――もう、なんか、ごめんなさい⋯⋯。

 誰に向けて謝っているのか自分でも分からないが、泣きじゃくる令嬢はもう言葉にならないのを見て、冷徹な空気を醸し出している皇帝に視線を向けた。

「陛下、お聞きの通りです。私は、自分で飛びました!」
「⋯⋯⋯⋯」

「お願い。信じてください!?」

 事実なのだ。
 いじめようとしてきたお団子令嬢を、庇っているわけでもないのだ。 

 むしろ、危ないからお止めくださいと言いたい。

 そして、どんくさい自分が見事着地できたことを、誰でも良いからちょっと褒めてほしい。
 大勢の前で尻を打たなくてよかった⋯⋯。

 必死に目でも訴えかけるセリーヌに、ジェイラスは小さくため息を吐いた。

「⋯⋯分かった。今回は許してやる」
「ありがとうございます!」

 二人の令嬢の声が重なった。

 セリーヌは無作法が怒られずに済みそうだと安堵し、彼女を突き飛ばそうとした令嬢は、彼女のおかげで断罪を免れたと思い込み、セリーヌにも感謝の眼差しを向けた。

「下がれ」

 それでも、怒りの冷めやらぬジェイラスは冷たく言った。令嬢はか細い声で「失礼いたします」と頭を垂れて去っていったが、彼の視線は他にあった。

「お前はどこにいく」

 どさくさ紛れに離れて行こうとしたセリーヌは、ぎくりと身を固くした。

「下がれと、聞きましたので⋯⋯」
「お前に言ったわけじゃない。だが、食事をする気は失せた」

「そうですか!」
「来い。確かめる」

 ジェイラスはそう言うと、逃げ腰のセリーヌへ歩み寄り、両腕に抱えあげると、私室へ向かって歩き出した。セリーヌに拒否権はなく、皇帝たる彼を誰も止める者はいなかった。


 セリーヌを私室に連れて行ったジェイラスは、彼女をソファーに降ろし、自分も隣に座ると、本当に怪我がないか、痛むところはないか、しつこいほど確認した。
 そして、先程の令嬢とのやり取りを聞き取った。
 侍女達も一緒にいていたので、隠したところで無駄だろうとセリーヌは正直に話し、その上で、念を押す。

「あれは本当に私が階段から飛び下りただけですから!」
「⋯⋯なんのために?」

 ようやく納得したらしいジェイラスの問いかけも、もっともである。セリーヌがまた前世での事を話して聞かせると、彼の表情がますます曇った。

「前は怪我をしたのか」
「お尻を打っただけですよ?」

 腫れもしなかったし、痛みもすぐに引いたから、本当にたいした事では無い。
 まるで危機感を抱いてないらしき彼女を、ジェイラスは黙って見返した。

「今回は練習がてら、飛んでみたということだな?」
「そうです! うまくできたんです!」

 目を輝かせたセリーヌに、彼は冷笑した。

「なるほど。丈夫な足だ」
「⋯⋯ん?」

 不穏な空気を感じたセリーヌは、慌てて立ち上がった。

「陛下、私は湯浴みに行って参ります!」

 返事を待たずに出口へと急いだが、ノブを掴んで開きかけた瞬間、背後から伸びてきた手に勢いよく閉められた。凍りつくセリーヌは、その手がゆっくりと鍵を閉めた音を聞く。

 そして、逞しい腕が身体に絡みついてきた瞬間――――終わった、と泣いた。


 そのままジェイラスに寝室に連れ込まれ、『階段から飛び下りれた足なら丈夫だろう』と求められた。泣きが入ったセリーヌは、二度としないと約束して、ようやく許された。


 翌日の朝。
 疲れ切った顔で彼の寝室を後にしたセリーヌを、ジェイラスは見送り、彼女の世話役の侍女達にこう告げた。

「当分、あんな真似はできないと思うが、二度と目を離すな。いや⋯⋯手ぬるいな。近衛を護衛につけろ」
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