5 / 16
後悔
しおりを挟む
翌朝、セリーヌは心から思った。
死んだはずの身が、奇跡的に二度目の人生を歩ませてもらっているから、もう生き返りたいとは思わない。だが、せめて一日ほど、今の記憶をもったまま戻ってくれないだろうか、と。
――――そうしたら、昨夜も逃げられたはずだわ……。
だいたい、自分の貧相な体を全て見たジェイラスが、ひるむどころか、むしろ煽られたように求めてくるなんて、思わなかったのだ。
男色の気があるのではなかったのか。
いや、平らに近い胸だから、男に近くてちょうど良かったのか。
なにもかも、想定外だった。
しかも、キスの痕もつけてきた。
そういえば、彼の相手をしたという青年も、項に痕があったと⋯⋯。
「セリーヌ、機嫌は直ったか?」
ジェイラスのベッドで物思いにふけっていたセリーヌは、名を呼ばれた瞬間、一気に顔が赤くなる。
セリーヌは目が覚めてからというもの、せめてもの抵抗と言わんばかりにうつ伏せになって、枕にしがみついている。再びジェイラスに求められないようにするためだ。
「⋯⋯っ⋯⋯陛下は趣味じゃないと、おっしゃいました……!」
「そうだったな⋯⋯」
ジェイラスは少しばかり困ったような、それでいて穏やかな眼差しで見つめた。
羞恥心がこみあげて涙を目にためた彼女をなだめるように、微笑む。
「でも、お前は可愛く思った」
優しく頬を撫でられて、セリーヌは責める気力を根こそぎ奪われそうになってしまう。
「またするか?」
「一度だけというお話です!」
流されてしまった自分が一番悪いと分かってはいる。しかし、ジェイラスも、あれだけ手は出さないと断言しておきながら、手のひら返しが早すぎる。嘘つきだ、とセリーヌはちょっと詰りたくなったが、今、そんな余力はない。
しかも、ジェイラスは涼しい顔である。
「分かった。次は回数を決めないでおくか」
「次もあるんですか!?」
「このまま俺を癒してもらおうと思ってな」
――このまま女嫌いを克服するためということ⋯⋯? 勘弁してほしい⋯⋯。
抗議しようとしたが、ジェイラスに毛布を掛けられ、途端に身体に緊張が走る。真っ赤な顔で睨みつけてきた彼女に、ジェイラスはくすくすと笑った。
「そう毛を逆立たせるな。まだ起床の時間には早いから、俺の傍にいろ」
身を屈め、項にキスを落とすと、びくりと彼女の身体が震える。ジェイラスは目を細め、口づけの痕を残した。
セリーヌがジェイラスの相手を務めた話は、すぐに王宮に広がった。
彼女が朝になっても皇帝の寝室から出てこなかったので、察しがつくというものである。
彼女を送り込んだ宰相と近衛隊長は、『奇跡が起きた』と驚愕し、さんざん気を揉んでいた臣下達はまずは歓迎し、父親の男爵は絶句した。
ジェイラスから王宮内を自由に歩くことを許されたセリーヌは、人々の好奇の目に晒されることになった。だが、その視線は必ずしも好意的なものばかりではない事に、セリーヌは気づいている。
次の日の夜も、セリーヌは彼に呼ばれて寝室に行かざるをえなかった。そして、また彼に翻弄されたのは言うまでもない。
――――これは、まずいわ⋯⋯。
翌日の昼下がり、王宮内を散策していても、セリーヌの心を占めるのは危機感である。
女避け、もしくは女嫌いを克服する道具として皇帝に使われる身となったようだが、身体がだるい。
ありがたくない話である。
重い足取りで歩くセリーヌの傍には、王宮仕えの侍女が数人付き従っている。ジェイラスの意向だ。世話役だと彼は言っていたが。
――――逃げるなということね⋯⋯!
被害的な思考に走っていたセリーヌは、同時に敵意のある視線を感じとった。
廊下に立っていたのは、三人の若い女性達だ。
うろ覚えではあるが、確か自分と同じ家格の令嬢達だ。つまり、彼女達もジェイラスの側妃候補になっていたに違いない。
三人は敵意のこもった目で見つめ、『なんであんな妙な娘が』『どうせすぐ陛下に飽きられるわ』『今にみていなさいよ』などと、聞こえよがしの大きな声で話している。
侍女達が冷めた目で三人を見ると、彼女たちは慌てて逃げて行ったが、セリーヌの足は止まっている。
「セリーヌ様、心配される事はありませんわ!」
「⋯⋯え?」
「あの御三方は意地が悪いという噂がありますが、私たちがお側にいますからね!」
「あ、ありがとう⋯⋯」
何やら張り切っている侍女達に、セリーヌは目を白黒させながら頷く。
ジェイラスの底なしの欲望を垣間見て、戦々恐々としているセリーヌにしてみると、令嬢達の嫉妬は完全に的外れである。
それどころか、三人並んでいる所を見て。
――――見るからに『お』上品な『男』爵家の『ご』令嬢たちだわ⋯⋯三人合わせて、お団子令嬢でどうかしら!
などと、斜め上の思考をしていたことなど、侍女たちは知る由もない。
ただ、警戒心剥き出しの令嬢達の『今に見ていなさいよ』という捨て台詞を聞くと、どうやらジェイラスに寵愛されていると勘違いしているらしい。この後は、嫌がらせでもしようと考えているのか。
そうか、とセリーヌは頷いた。
――――よし、かかってきなさい。
死んだはずの身が、奇跡的に二度目の人生を歩ませてもらっているから、もう生き返りたいとは思わない。だが、せめて一日ほど、今の記憶をもったまま戻ってくれないだろうか、と。
――――そうしたら、昨夜も逃げられたはずだわ……。
だいたい、自分の貧相な体を全て見たジェイラスが、ひるむどころか、むしろ煽られたように求めてくるなんて、思わなかったのだ。
男色の気があるのではなかったのか。
いや、平らに近い胸だから、男に近くてちょうど良かったのか。
なにもかも、想定外だった。
しかも、キスの痕もつけてきた。
そういえば、彼の相手をしたという青年も、項に痕があったと⋯⋯。
「セリーヌ、機嫌は直ったか?」
ジェイラスのベッドで物思いにふけっていたセリーヌは、名を呼ばれた瞬間、一気に顔が赤くなる。
セリーヌは目が覚めてからというもの、せめてもの抵抗と言わんばかりにうつ伏せになって、枕にしがみついている。再びジェイラスに求められないようにするためだ。
「⋯⋯っ⋯⋯陛下は趣味じゃないと、おっしゃいました……!」
「そうだったな⋯⋯」
ジェイラスは少しばかり困ったような、それでいて穏やかな眼差しで見つめた。
羞恥心がこみあげて涙を目にためた彼女をなだめるように、微笑む。
「でも、お前は可愛く思った」
優しく頬を撫でられて、セリーヌは責める気力を根こそぎ奪われそうになってしまう。
「またするか?」
「一度だけというお話です!」
流されてしまった自分が一番悪いと分かってはいる。しかし、ジェイラスも、あれだけ手は出さないと断言しておきながら、手のひら返しが早すぎる。嘘つきだ、とセリーヌはちょっと詰りたくなったが、今、そんな余力はない。
しかも、ジェイラスは涼しい顔である。
「分かった。次は回数を決めないでおくか」
「次もあるんですか!?」
「このまま俺を癒してもらおうと思ってな」
――このまま女嫌いを克服するためということ⋯⋯? 勘弁してほしい⋯⋯。
抗議しようとしたが、ジェイラスに毛布を掛けられ、途端に身体に緊張が走る。真っ赤な顔で睨みつけてきた彼女に、ジェイラスはくすくすと笑った。
「そう毛を逆立たせるな。まだ起床の時間には早いから、俺の傍にいろ」
身を屈め、項にキスを落とすと、びくりと彼女の身体が震える。ジェイラスは目を細め、口づけの痕を残した。
セリーヌがジェイラスの相手を務めた話は、すぐに王宮に広がった。
彼女が朝になっても皇帝の寝室から出てこなかったので、察しがつくというものである。
彼女を送り込んだ宰相と近衛隊長は、『奇跡が起きた』と驚愕し、さんざん気を揉んでいた臣下達はまずは歓迎し、父親の男爵は絶句した。
ジェイラスから王宮内を自由に歩くことを許されたセリーヌは、人々の好奇の目に晒されることになった。だが、その視線は必ずしも好意的なものばかりではない事に、セリーヌは気づいている。
次の日の夜も、セリーヌは彼に呼ばれて寝室に行かざるをえなかった。そして、また彼に翻弄されたのは言うまでもない。
――――これは、まずいわ⋯⋯。
翌日の昼下がり、王宮内を散策していても、セリーヌの心を占めるのは危機感である。
女避け、もしくは女嫌いを克服する道具として皇帝に使われる身となったようだが、身体がだるい。
ありがたくない話である。
重い足取りで歩くセリーヌの傍には、王宮仕えの侍女が数人付き従っている。ジェイラスの意向だ。世話役だと彼は言っていたが。
――――逃げるなということね⋯⋯!
被害的な思考に走っていたセリーヌは、同時に敵意のある視線を感じとった。
廊下に立っていたのは、三人の若い女性達だ。
うろ覚えではあるが、確か自分と同じ家格の令嬢達だ。つまり、彼女達もジェイラスの側妃候補になっていたに違いない。
三人は敵意のこもった目で見つめ、『なんであんな妙な娘が』『どうせすぐ陛下に飽きられるわ』『今にみていなさいよ』などと、聞こえよがしの大きな声で話している。
侍女達が冷めた目で三人を見ると、彼女たちは慌てて逃げて行ったが、セリーヌの足は止まっている。
「セリーヌ様、心配される事はありませんわ!」
「⋯⋯え?」
「あの御三方は意地が悪いという噂がありますが、私たちがお側にいますからね!」
「あ、ありがとう⋯⋯」
何やら張り切っている侍女達に、セリーヌは目を白黒させながら頷く。
ジェイラスの底なしの欲望を垣間見て、戦々恐々としているセリーヌにしてみると、令嬢達の嫉妬は完全に的外れである。
それどころか、三人並んでいる所を見て。
――――見るからに『お』上品な『男』爵家の『ご』令嬢たちだわ⋯⋯三人合わせて、お団子令嬢でどうかしら!
などと、斜め上の思考をしていたことなど、侍女たちは知る由もない。
ただ、警戒心剥き出しの令嬢達の『今に見ていなさいよ』という捨て台詞を聞くと、どうやらジェイラスに寵愛されていると勘違いしているらしい。この後は、嫌がらせでもしようと考えているのか。
そうか、とセリーヌは頷いた。
――――よし、かかってきなさい。
763
お気に入りに追加
986
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
婚約者が王子に加担してザマァ婚約破棄したので父親の騎士団長様に責任をとって結婚してもらうことにしました
山田ジギタリス
恋愛
女騎士マリーゴールドには幼馴染で姉弟のように育った婚約者のマックスが居た。
でも、彼は王子の婚約破棄劇の当事者の一人となってしまい、婚約は解消されてしまう。
そこで息子のやらかしは親の責任と婚約者の父親で騎士団長のアレックスに妻にしてくれと頼む。
長いこと男やもめで女っ気のなかったアレックスはぐいぐい来るマリーゴールドに推されっぱなしだけど、先輩騎士でもあるマリーゴールドの母親は一筋縄でいかなくて。
脳筋イノシシ娘の猪突猛進劇です、
「ザマァされるはずのヒロインに転生してしまった」
「なりすましヒロインの娘」
と同じ世界です。
このお話は小説家になろうにも投稿しています
【コミカライズ決定】無敵のシスコン三兄弟は、断罪を力技で回避する。
櫻野くるみ
恋愛
地味な侯爵令嬢のエミリーには、「麗しのシスコン三兄弟」と呼ばれる兄たちと弟がいる。
才能溢れる彼らがエミリーを溺愛していることは有名なのにも関わらず、エミリーのポンコツ婚約者は夜会で婚約破棄と断罪を目論む……。
敵にもならないポンコツな婚約者相手に、力技であっという間に断罪を回避した上、断罪返しまで行い、重すぎる溺愛を見せつける三兄弟のお話。
新たな婚約者候補も…。
ざまぁは少しだけです。
短編
完結しました。
小説家になろう様にも投稿しています。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
好きだと言ってくれたのに私は可愛くないんだそうです【完結】
須木 水夏
恋愛
大好きな幼なじみ兼婚約者の伯爵令息、ロミオは、メアリーナではない人と恋をする。
メアリーナの初恋は、叶うこと無く終わってしまった。傷ついたメアリーナはロメオとの婚約を解消し距離を置くが、彼の事で心に傷を負い忘れられずにいた。どうにかして彼を忘れる為にメアが頼ったのは、友人達に誘われた夜会。最初は遊びでも良いのじゃないの、と焚き付けられて。
(そうね、新しい恋を見つけましょう。その方が手っ取り早いわ。)
※ご都合主義です。変な法律出てきます。ふわっとしてます。
※ヒーローは変わってます。
※主人公は無意識でざまぁする系です。
※誤字脱字すみません。
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
気まぐれな婚約者に振り回されるのはいやなので、もう終わりにしませんか
岡暁舟
恋愛
公爵令嬢ナターシャの婚約者は自由奔放な公爵ボリスだった。頭はいいけど人格は破綻。でも、両親が決めた婚約だから仕方がなかった。
「ナターシャ!!!お前はいつも不細工だな!!!」
ボリスはナターシャに会うと、いつもそう言っていた。そして、男前なボリスには他にも婚約者がいるとの噂が広まっていき……。
本編終了しました。続きは「気まぐれな婚約者に振り回されるのはいやなので、もう終わりにします」となります。
忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】
雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。
誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。
ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。
彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。
※読んでくださりありがとうございます。
ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる