失格令嬢は冷徹陛下のお気に入り

黒猫子猫(猫子猫)

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共犯

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 セリーヌは令嬢人生で一番ではないかというほど、泣いた。

 誰にも言わずに堪えてきた分、涙は止まらなかったが、ジェイラスが聞いてくれたということもあるのだろうか。

 泣きやんだ時には、心も晴れて、気持ちが落ち着いた。
 ジェイラスは微笑んで、最後の一筋の涙を手の甲で拭うと、ベッドを指さした。

「今日は、ここで寝ていけ。泣き腫れた顔まで見られたくないだろう」
「まさかとは思いますが⋯⋯襲いませんか?」

 大泣きした気恥ずかしさもあって、軽口を叩くと、ジェイラスも敢えて冷笑して返した。

「天地がひっくり返っても、ありえない」

「そこまで言いますか!? 分かっていますけど!」

 昔も今も、セリーヌはあまり異性から相手にされない。

 前世では、可愛いと言われ女子にモテまくった兄に比べて、芹は勉強ばかりしていると、男子に敬遠されていたものだ。
 運動会でも、駿馬のように走った兄と、亀のような鈍足の芹は対象的である。

 前世の芹としては、一生懸命走っていたつもりなのだ。しかし、周りから見ると、大変に不格好だったらしい。

 現世のスキップも、たぶん一般人のそれとは大分かけ離れたものになっているに違いない。

 ――――いえ、それより、貴族の女がドレスの裾をまくり上げていた方が問題かしら⋯⋯!

 貴族令嬢として生まれ変わったが、セリーヌの身体能力は前世と大差なかった。

 もちろん、貴族のたしなみであるダンスは教師がさじを投げるほど潰滅的である。頑張って社交界に出てみても、舞踏会では失敗を繰り返し、元々の庶民的な口調もポロッと出てしまう。

 嫁に行き遅れた一因である。

 貴公子達でさえも二の足を踏んだセリーヌを、相手など選び放題の皇帝が求めるわけが無いと言われれば、それまでである。

 半ばヤケで寝転がったセリーヌに、ジェイラスはくすくすと笑って、身体に毛布をかけてやった。

「お前と同衾どうきんすれば、俺もしばらく女避けになっていい。宰相たちに次々と送り込まれて、辟易へきえきとしていたところだ」

「⋯⋯私たちは、共犯ですね!」

「そういうことだ――お休み」

 ジェイラスに促され、セリーヌは躊躇いながらも横を向いた。そのまま目を閉じるのが何だか気恥ずかしいからだ。

 彼は「だから、襲う訳がないだろう」と苦笑しながら、傍に横たわった。

 相手にされていないと分かっていながらも、異性が隣に寝るなど初めてのセリーヌの胸が、どきりと跳ねる。

 だが、宣言通り、彼は何かしてくる様子はない。

 静寂が包み、セリーヌはやがて眠りに落ち、静かな寝息を立て始めた。


 ジェイラスは、まだ起きていた。
 横たわってからほぼ微動だにしなかったが、なんだか落ち着かない。

 ――――趣味じゃない。ありえない。

 セリーヌに言い放った言葉を、頭で何度も繰り返すが、よけいに意識してしまう。どうにもならず、起き上がり、セリーヌに視線を落として、すぐに後悔した。

 深く寝入ったセリーヌは、あまりに無防備だったからだ。

 前世の話をしている中で、次第に表情が柔らかくなって、可愛らしいとさえ思ってしまった。そして、故郷や家族を思って泣く姿に胸が痛み、なんとしても慰めてやりたくもなったのだ。

 ――――この感情は、なんだ。

 ジェイラスは頭を抱え、違う事でも考えたほうがいいと、窓の方へと視線を向ける。先ほどまでのセリーヌとの話を思い出して、脳裏に過ったのは。

 自分の人生を捨てても護りたいと思った、かけがえのない存在だった。

 自然と笑みが零れたが、そんな彼をセリーヌは一気に現実へ引き戻した。

「う⋯⋯ぅん⋯⋯」 

 セリーヌの寝言が聞こえて、ジェイラスはびくりと身を硬くした。自分が思っている以上に、セリーヌが気になっていることを痛感する。

「⋯⋯おかしいだろ」 

 ジェイラスは深いため息を吐き、悩みに悩んだ末、再びセリーヌの隣に寝転ぶ。
 すると、不穏な気配を察したのか、セリーヌが寝返りを打って離れようとしていく。

 咄嗟とっさに腕を伸ばし、抱きしめてしまった。
 そして、彼は一つの事実に気づく。

「⋯⋯⋯⋯あ?」

 寝室に、ジェイラスの少しばかり間抜けな声が響いた。



 翌日の朝――――。
 ベッドの上で、セリーヌは正座をしていた。その彼女の前で胡坐あぐらをかいて、眉間にしわを寄せて座っていたのは、もちろん皇帝ジェイラスである。

 そして彼の右頬は今、真っ赤に染まっていた。
 犯人はもちろん、セリーヌである。

 せめて誠意をみせようと正座をし、まだ寝ぼけていた彼を思いっきりひっぱたいた事は、すでに何度も謝罪している。その上で、セリーヌは言わずにはいられない。

「⋯⋯でも、私を抱きしめていた陛下も、少しは悪いと思います!」

 それも、絡みつくように両腕でしっかりと。怒ってもいいはずだと思うのだが、ジェイラスの機嫌は凄まじく悪い。

 出会った時と同じくらい冷徹な眼差しであるが、口元に笑みを浮かべている分、セリーヌは余計に怖いと思った。

「⋯⋯この俺をぶっ叩いた女は、お前が初めてだ」
「私も人の頬を叩いてしまったのは、初めてです⋯⋯」

「そうか。初めて叩くにしては、何のためらいもなく、力強かったがな?」

 相当根に持たれているらしい、とセリーヌは冷や汗が出る。

 ――――もしかして、不敬罪で斬首⋯⋯とか!

 せっかく生まれ変わったのだから、また若い身空で死ぬのは嫌だ。そして、一つ気になるのは、もう一方の頬と彼の両耳がうっすらと赤いことである。

 男色だけではなく、もしや彼は叩かれて喜ぶ性癖までも⋯⋯。

「あの⋯⋯陛下は特殊なご趣味が」
「ない」

「私は理解があるほうで⋯⋯」
「俺はない」

 端的に一蹴してくるところが、また余計に恐ろしい。焦るセリーヌは、核心に触れた。

「でも、耳まで赤いので、喜ばれているように見えます!」

 ズバリと指摘されたジェイラスは冷笑した。

 朝から容赦なくひっぱたかれた怒りか、それとも想定外に柔らかったセリーヌを抱きしめたからなのか。ジェイラス自身にも分からなかった。

「⋯⋯そういえば、お前は俺の夜伽にきていたな。⋯⋯傷ついた俺を慰めてもらおうか?」

 これには、セリーヌの方が驚いた。

「私は対象外では!?」
「すまない、違ったようだ」

「棒読み⋯⋯っ」
「相手をしろ」

「お待ちください!」

 大混乱するセリーヌが慌てている間に、彼は易々と彼女をベッドに押し倒す。

「男は初めてか?」
「あ⋯⋯あの、ちょっと考えさせて⋯⋯!」
「初めてだな。今回は一度だけにしてやる」

 ありがとう、というのは何か違う気がするセリーヌは、冷や汗が止まらない。

「陛下! 寝ぼけていらっしゃるようですから申し上げますが、私は女です!」

「⋯⋯それで?」

 くすりと笑う彼の顔は麗しく、かつ妖艶で、ついうっかりときめいてしまったのは、セリーヌの秘密だ。

「私の身体を見たら、後悔して、今後に差し支えるかもしれません! 今度はきっと、心にも大きな傷を負います!」

 言いながら、自分でもちょっとダメージを受けているセリーヌに対し、ジェイラスは全くといっていいほど動じてくれなかった。

 フンと鼻で笑い、
「やれるものなら、やってみろ」
 と、かつての台詞を言い放ってきた。

 その後、彼が特大のダメージを受けたのは、セリーヌの記憶に新しい所だ。

 ――――つまり、今回もきっと陛下は失敗するわね⋯⋯!

 なにしろ、彼は男が好きなのだ。
 寝ぼけているだけなのだ。

 このプライドの高い皇帝の鼻を今へし折っておくのは、世の人達のためかもしれない。

 セリーヌはそう思って、彼に身を委ねた。

 大きな間違いである。
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