能ある酉は、ひめかくす

黒猫子猫(猫子猫)

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5・ひめかくす

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 室内から物音が途絶えると、ホルスはようやく扉を開いた。

 転がり出てきた者は見るも無残な姿だった。髪は乱れ、顔中が傷だらけになり、服は至る場所が破れて肌が露出している。

 そんな悲惨な姿を晒したディクトルを見つめ―――――ホルスは冷然と笑った。

「いかがされましたか」
「見れば分かるだろう、助けてくれ!」

 ごめんなさい、助けてくれ、許してくれ。

 必死で何度も訴えたのに、この女はちっとも言う事を聞いてくれなかった。

 それなりに腕に自信があったディクトルだったが、彼女を侮っていたせいもあって、容赦なく繰り出された拳に反応が遅れ、剣を抜く暇もなく殴り飛ばされたのだ。

 いかに乱暴な振る舞いをされたか熱弁を振るったディクトルに、ホルスは眉一つ動かさずに淡々と告げた。

「自分のした事を、よく思い出して下さい」
「大人しくさせる為に、引っ叩いてやろうとしただけだぞ⁉」

 そうしたら、十倍どころか百倍返しだ。

 街で男に囲まれ委縮して、震えていた小娘はどこにいった。

 必死で訴えたディクトルは、急に背筋が寒くなった。思わずサキを見て見れば、いきり立っている彼女の鋭い目が返ってきた。

 あちらは殺気立っているが、身体中の穴から汗が吹き出すような恐怖にまでは至らない。何だかもっと身の毛もよだつような、恐ろしい生き物が隠れているような気がした。

 思わず周囲を探して睨みつけてみたが、ホルスと一緒にやって来た兵達は全員顔面蒼白になっていた。唯一、ホルスだけが相変わらず無表情だが、相変わらずどこをどう見ても優男である。

 あの乱暴女だけ何とかすれば良いようだ。

 気を取り直したディクトルが改めてサキを見返すと、彼女は軽く眉を吊り上げて、心底呆れた顔をした。

「お前、まだ分かっていないの? ホルスがご丁寧に思い出せと言ったでしょう」

 優雅さとはかけ離れた、くだけた口調になった呆気に取られるディクトルに、彼女は容赦なく畳みかける。

「一週間前、お前達は店へ強盗に入って沢山の宝石を盗み出した挙句、居合わせた客まで脅して、強引に金目の物を残らず奪い取ったわよね。全員覆面をしていたけど、客の子が抵抗した時に一人剥ぎ取られたそうね? お前達の宿から一歩も出られずにいる男の事よ。食料を買いこんでいたのもその為でしょ」

 見る見るうちに顔色を変えるディクトルに、サキは淡々と告げる。

「逃げ足が速い窃盗団だと言うし、国境を越えて他族の地に入られてしまうと厄介だから、ホルスがすぐに門を封鎖させたの。客の子がはっきりと顔を見ていたからお前達の所在も突き止められたけど、店の被害も甚大だったし、盗んだ物を確実に早く取り返したかったのよ。だから、一芝居打ったの」

「まさか……裏路地で泣いて怯えていたのは……」
「私を取り囲んでいた男たちは、ホルスの部下よ」
「てめえ、卑怯だぞ!」

 ディクトルは怒号をあげる。名の知れた窃盗団の長というだけあって、その声は凄まじい威圧感だったが、ホルスが冷静に告げた。

「我々が卑怯なら、そちらは下種ですね。貴方、助けたフリをして姫様の宝石を奪おうとしていましたよね? 顔を隠したのを見て察しがつきましたので、声をかけさせていただきました」

「そもそも若い女が初対面の見知らぬ男を、易々と招く訳ないでしょ。どれだけ世間知らずだと思ったのよ。しかも、ここに来てからも私が身に着けた宝石をジロジロ見て!」

「まさか……あの目利きもわざとか⁉」

「そうよ。こちらが高価な宝石を身に着けて、しかも見る目が無い女となれば貴方達は油断するでしょ。いい獲物になるとでも思ったかしら?」

 サキは宴の間、ものすごく我慢していた。

 ディクトルのバカげた甘言に、苛立ちやら怒りやら、それはもう様々な感情が入り混じり、頭にきすぎて顔が赤くなったものだ。

 この野郎、と何度思ったか。

 危うく手を出しそうになって、両手を組んで抑えた事は数知れずだ。

 でも、もう我慢しなくて良い。サキは思う存分、腹の中にためこんでいた事を言ってやった。

「なにが勇者よ! 姫を助けるのが責務よ! だいたい、勇者の助けを大人しく待つだけの姫なんてどこにいるのよ、暇じゃない! 泣いて震えている時間があったら、自力で逃げる手段くらい考えるわ!」

 幼い頃、サキは両親から買い与えられた絵本を見て愕然とした。

 なんで囚われのお姫様は皆、大人しく王子様の助けを待つのだ。怯えて泣いてばかりなのだ。
 それどころか王子様に縋りついたり、余計な事をして足を引っ張ったりするのだ。

 邪魔だろう。

 そんな事をするよりも、悪者を一発引っ叩いてやっても罰は当たらない。

 そう心から思い、サキは自らを鍛え始めたものである。サキの両親がおしとやかになって欲しいと願うあまり、更に可哀想なお姫様の本ばかり買い与えたが、完全に逆効果だった。

「だいたいお前の生業は冒険者じゃなくて泥棒でしょ、ずうずうしい! お前なんか食いちぎってやるわ!」

 絶句するディクトルに、すかさずホルスがたしなめた。

「姫様、お慎みください。何という物言いですか。皆様の前では上品に」
「ぶっとばしてやる……?」

「それで丁寧にしたつもりですか。やりなおし」
「……懲らしめてあげるわ?」

「結構です。さあ、どうぞ」

 にっこりと笑ったホルスに、「ええ!」とサキは嬉しそうだったが、ディクトルはどうぞじゃねえと絶叫した。このまま、いいようにやられてたまるかと、ディクトルは腰の剣に手をかけたが。

「……抜けねえ⁉」
「ああ、宴の際に接着剤を流し込んでおきました」

 ディクトルは戦慄く。そういえば、この男は自分とサキが話をしている時、黙って傍で控えていた。彼女に手を出さないよう監視もしていたのだろうが、話に己の注意が逸れている隙を見て剣に細工をしたに違いなかった。

「この……っない⁉」

 更に上着の懐に手を入れて、護身用の短剣を探ったが、その手は空を切った。

「先程、貴方が私を突き飛ばした時に、そちらは頂いておきました」

 これもまたホルスが澄ました顔で答える。泥棒を上回る、手癖の悪さである。それなりに自負のあったディクトルが愕然とした顔で見返すと、ホルスは平然と告げた。

「姫様に近付く輩に、武器など持たせるはずがないでしょう」
「な、な……」

 蒼褪めるディクトルに、拳を鳴らしたサキが歩み寄って来る。まだ足りないらしい。

「た、助けてくれ!」

 思わず泣きつくと、ホルスの冷然とした瞳が降ってきた。

「おかしなことを聞きました。私に黙って見ていろと、引っ込んでいろと言ったのは、貴方ですよ」

 そう告げて、彼は平然と数歩下がって、泥棒を見捨てた。

 それからはもう、サキの独壇場である。

「ああああ、姫様……そんなに手を振り上げて、はしたない!」
「あの、どうか……どうか、その辺で……っ」

 兵士達は、ある者は顔を覆い、ある者は天を仰いで、やがて全員が室内で起こった惨事に見て見ぬふりをした。

 どうしてこう育ったのかと、族長が密かに嘆くわけだと誰もが思う。

 サキは物凄くお転婆で、我も強い。子供の頃から武芸にも興味津々で、極めて勇ましかった。

 獣人族の族長家の姫ともなれば、優雅でおしとやかな姫君達ばかりだというのに、彼女は極めて異質だ。

 この姫はなんとしても隠さなければならない。

 酉の一族の、最大限の秘め事である。
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