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4・腹黒い男
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酒宴は深夜にまで及び、夜も更けたこともあって、ディクトル達は館に泊まっていく事になった。サキは使用人達に彼らを客室へそれぞれ案内させ、自らも部屋に戻った。
ホルスは客室を巡回して回っていたが、ふとディクトルともう一人の仲間の部屋の前を通りがかった時、足を止めた。中から聞こえてきた男達の声は野卑な笑い声で、聞くに耐えないものだった。
「おい、本当に行くのかよ? 一人で大丈夫か?」
「ああ。あのサキって女、とんだ馬鹿だぜ。殆ど価値の無いものばかり絶賛して、買い取っていきやがった。しかも、ちょっと好みの服だと言っただけで、バカ正直にわざわざ着替えて来た女だぜ。部屋の場所も教えてきたし、すぐに……な?」
そんな事を笑いながら話し、部屋を出てきたディクトルは、廊下で立ち止まっているホルスを見ても、平然とした顔で後ろ手に扉を閉めた。
「なんだ、いたのか」
「……貴方はそういう御方だったのですね」
「向こうが勝手に夢を見ているだけだろ。いいから、お前んとこのお姫様を俺がモノにするのを、黙ってみてろ」
「そんな事、出来るはずが……っ」
怒りで身を震わせたホルスに、ディクトルは嘲笑交じりに告げた。
「さもなきゃ、酉の姫はまがい物を高額で買い取ったと言い触らすぜ? 一族の宝物庫の管理を任されているんだってな? こんな事が公になれば、族長様の名誉もがた落ちだろうな」
「…………っ」
「分かったら、引っこんでろ」
そう言ってディクトルは立ち尽くすホルスを、片手で突き飛ばした。細身の彼は踏みとどまることができず、その場に尻餅をつき、痛みに顔を歪める。
ディクトルはひらひらと手を振って、サキの部屋の方へと歩いて行く。ホルスはぎりと唇を噛み締めて立ち上がり、その後を追った。
やがて、ディクトルがサキの部屋について扉をノックすると、サキは自ら扉を開けて、彼に微笑みかけた。
「嬉しいわ、来てくれたのね!……あら、ホルスも……?」
「ちょっと道に迷ってな。案内してくれたんだよ、ご苦労さん」
ディクトルはホルスににやりと笑って見せると、サキと一緒に部屋に入り、後ろ手に扉を閉めると鍵をかけた。
ホルスは眼前で閉ざされた扉を見つめ、小さくため息をつく。
やがて、室内から悲鳴が響き渡った。
「た、助け……っ」
何とか逃れようとしているのか、大きな物音まで響き渡る。それは夜中の館では十分目立つもので、館の警護兵達が一斉に駆けつけてきた。
「ホルス様!」
扉の前に立っていた男に兵士達が、問いかける声をあげたのも無理は無かったが、彼は扉の前から微動だにしなかった。
それどころか、救いを求めて扉を叩く音を無視し、向こうから開けようとしているのを押し留めている。
「ごめん……ひいっ……助けて……許し……っ!」
その間も、哀れな悲鳴が室内から響いていたが、扉はホルスが押さえて開かれることはない。
やがて物音が小さくなり、すすり泣く声が漏れ聞こえるようになった。
「どうか……どうか、お許しください」
ホルスは苦悩する声で呟いた。
そんな姿を見た兵士達は――――全員が半目になった。
どこをどう見ても、笑いをこらえているようにしか見えなかったからだ。
本当に、この男は良い根性をしている。
智慧者で知られる『申』よりも、よっぽど腹黒いんじゃないだろうか。
ホルスは客室を巡回して回っていたが、ふとディクトルともう一人の仲間の部屋の前を通りがかった時、足を止めた。中から聞こえてきた男達の声は野卑な笑い声で、聞くに耐えないものだった。
「おい、本当に行くのかよ? 一人で大丈夫か?」
「ああ。あのサキって女、とんだ馬鹿だぜ。殆ど価値の無いものばかり絶賛して、買い取っていきやがった。しかも、ちょっと好みの服だと言っただけで、バカ正直にわざわざ着替えて来た女だぜ。部屋の場所も教えてきたし、すぐに……な?」
そんな事を笑いながら話し、部屋を出てきたディクトルは、廊下で立ち止まっているホルスを見ても、平然とした顔で後ろ手に扉を閉めた。
「なんだ、いたのか」
「……貴方はそういう御方だったのですね」
「向こうが勝手に夢を見ているだけだろ。いいから、お前んとこのお姫様を俺がモノにするのを、黙ってみてろ」
「そんな事、出来るはずが……っ」
怒りで身を震わせたホルスに、ディクトルは嘲笑交じりに告げた。
「さもなきゃ、酉の姫はまがい物を高額で買い取ったと言い触らすぜ? 一族の宝物庫の管理を任されているんだってな? こんな事が公になれば、族長様の名誉もがた落ちだろうな」
「…………っ」
「分かったら、引っこんでろ」
そう言ってディクトルは立ち尽くすホルスを、片手で突き飛ばした。細身の彼は踏みとどまることができず、その場に尻餅をつき、痛みに顔を歪める。
ディクトルはひらひらと手を振って、サキの部屋の方へと歩いて行く。ホルスはぎりと唇を噛み締めて立ち上がり、その後を追った。
やがて、ディクトルがサキの部屋について扉をノックすると、サキは自ら扉を開けて、彼に微笑みかけた。
「嬉しいわ、来てくれたのね!……あら、ホルスも……?」
「ちょっと道に迷ってな。案内してくれたんだよ、ご苦労さん」
ディクトルはホルスににやりと笑って見せると、サキと一緒に部屋に入り、後ろ手に扉を閉めると鍵をかけた。
ホルスは眼前で閉ざされた扉を見つめ、小さくため息をつく。
やがて、室内から悲鳴が響き渡った。
「た、助け……っ」
何とか逃れようとしているのか、大きな物音まで響き渡る。それは夜中の館では十分目立つもので、館の警護兵達が一斉に駆けつけてきた。
「ホルス様!」
扉の前に立っていた男に兵士達が、問いかける声をあげたのも無理は無かったが、彼は扉の前から微動だにしなかった。
それどころか、救いを求めて扉を叩く音を無視し、向こうから開けようとしているのを押し留めている。
「ごめん……ひいっ……助けて……許し……っ!」
その間も、哀れな悲鳴が室内から響いていたが、扉はホルスが押さえて開かれることはない。
やがて物音が小さくなり、すすり泣く声が漏れ聞こえるようになった。
「どうか……どうか、お許しください」
ホルスは苦悩する声で呟いた。
そんな姿を見た兵士達は――――全員が半目になった。
どこをどう見ても、笑いをこらえているようにしか見えなかったからだ。
本当に、この男は良い根性をしている。
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