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小さいもの
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その日の夜。
「――――ここで何をしているんだ、お前は?」
呆れ返った顔で、レオーネに声をかけてきたのは、口の悪い下の兄だった。アリエスと年が近く、仲も良いこともあり、余計に彼が頭を過って、レオーネは泣きそうになった。
「なんでもないわ⋯⋯ちょっと夜風にあたって、休んでいただけ」
鋭い兄に、そんな言い訳は通じない。
「アリエスに振られたのか」
容赦のない言葉に、うっと詰まり、レオーネはバルコニーの手すりの傍で、へなへなと座り込んでしまった。兄の後方の大広間では、今も賑やかな音楽が流れ、招待された貴族たちが楽しそうに談笑している。
明日はレオーネの十八歳の誕生日の祝賀会が開かれることになっており、今日はその前夜祭だ。本来ならば誕生日当日に開かれるはずだったが、レオーネに発情の兆候が見られたため、明日に延期されている。
しかし、レオーネは今、宴どころではない。
なにしろ、見てしまった。
会場で美しく着飾ってやって来たマリーに、アリエスが声をかけたところを。優しく微笑みかけられて、マリーも柔らかな笑みを返したところを。
聞こえてしまった。
「今日は踊られないのですか?」
と尋ねた彼に、マリーが小さく頸を横に振った。
「私、身体が小さいでしょう? 相手の方も踊りにくいみたいで⋯⋯下手なんです。恥ずかしいわ」
「私は小柄な方が良いと思いますよ」
マリーは軽く目を見張り、柔らかく笑って頷いた。
とても聞いていられなくて、レオーネは逃げるようにしてその場から離れ、バルコニーで一人、憔悴していたというわけだ。
だが、兄にそれを言う訳にはいかない。レオーネがアリエスに恋焦がれる姿をみるたびに、兄は冷淡に言うのだ。
『あいつは絶対に応えないから、止めておけ』と。
また振られたのかなどと言ってきた兄に、マリーの事を話したら、更に傷を抉られるに違いない。
「⋯⋯お兄様は良いわよね」
「あぁ?」
「私と同じ大きな身体だけど、小さいものを隠し持っているんですもの!」
半泣きで言った妹に、彼は顔をひきつらせた。
「お前⋯⋯誤解を生むような発言は止せ?」
「だって、事実じゃない! 可愛くて羨ましいわ!」
「うるせえ。俺だってデカくなれるもんなら、さっさとなってる! 全く⋯⋯何が聖獣の力だ」
苦々し気に言うレオーネの兄も、聖獣の力の能力者だ。ただ、その力が及ぶのは、血縁のある家族や恋仲になった者など、彼と縁深い人間に限られ、本人には作用しない。
レオーネの能力もだ。しかも、兄の力はまだ使い道があったが、レオーネはあまり自分の力が好きではなく、滅多に使わないので、忘れてしまうほどだった。
――――聖獣の力でよかった事と言えば⋯⋯発情期があることくらいかしら⋯⋯。
お陰でアリエスと身体を重ねられたが、特にその後、関係が深まることはなかった。今日も会場で顔をあわせても、赤面してしまったレオーネと違い、彼はいつもと変わらず冷静そのものだったからだ。
兄妹は、そろってため息をついた。
ほどなくして散会となり、レオーネは就寝の準備を整えると、自室に戻った。身の回りの世話をしてくれた侍女たちに礼を言って下がらせ、ソファーに一人座り、長い脚を伸ばした。
そして、足が視界に入った瞬間、哀しくなって引っ込める。
『小柄な方が良いと思いますよ』
――――アリエスは、自分より小さい子が好きだったのね⋯⋯。
応えてくれないわけだと、うなだれる。
何しろレオーネは彼よりもほんの僅かであるが、背が高い。胸も尻も幅を利かせているから、全体的に大きく見られる方だろう。そんなレオーネと対極的にいるのが、マリーだ。
レオーネは十八歳を数え、聖獣の力的にも成熟の時期を迎えている。幼い頃から守ってくれた彼の手も離していい時期だ。
アリエスはようやく、自分の人生を歩き出そうとしているのだろう。
――――これ以上、邪魔をしてはいけないわ⋯⋯。
いくら彼の事が今でも好きでも。時に、飛びついてしまいたい衝動に駆られてしまっていても。
彼は自分を愛してはいないのだ。他の人が好きなのだ。
そう自戒しようにも、獣の血が流れているせいなのか、強烈な拒否感を覚える。聖獣の能力者は伴侶や恋人への独占欲が強く、相手の離心などを危惧して不安を覚えると、荒れるという性質もある。
万が一、あの可憐なマリーに害を及ぼしてしまったら――――。
レオーネは蒼白になり、身震いした。気を落ち着かせようと、テーブルに用意されていたお茶を口に含んだが、顔をしかめた。
「相変わらず苦いわ⋯⋯」
明日の誕生会を前に再燃しては困るからと、薬湯が用意されていた。性欲が頂点に達すると効果はないが、アリエスのお陰で発情期は収まりつつあったので、飲むと身体が鎮まっていく感覚がする。
しかし、これがまた美味しくないのだ。
口を漱ぎたくなり、席を立って、化粧室に向かう。洗面台の前に立ち、相変わらず酷い顔をした自分の姿を鏡に映して、げんなりしたが、ふと閃いたことがあった。
「⋯⋯もしかして⋯⋯」
レオーネは物は試しと、聖獣の力を使った。そして、再び居間へと戻り、飲みかけのお茶を一気に飲み干す。
お茶はとても、甘かった。
「――――ここで何をしているんだ、お前は?」
呆れ返った顔で、レオーネに声をかけてきたのは、口の悪い下の兄だった。アリエスと年が近く、仲も良いこともあり、余計に彼が頭を過って、レオーネは泣きそうになった。
「なんでもないわ⋯⋯ちょっと夜風にあたって、休んでいただけ」
鋭い兄に、そんな言い訳は通じない。
「アリエスに振られたのか」
容赦のない言葉に、うっと詰まり、レオーネはバルコニーの手すりの傍で、へなへなと座り込んでしまった。兄の後方の大広間では、今も賑やかな音楽が流れ、招待された貴族たちが楽しそうに談笑している。
明日はレオーネの十八歳の誕生日の祝賀会が開かれることになっており、今日はその前夜祭だ。本来ならば誕生日当日に開かれるはずだったが、レオーネに発情の兆候が見られたため、明日に延期されている。
しかし、レオーネは今、宴どころではない。
なにしろ、見てしまった。
会場で美しく着飾ってやって来たマリーに、アリエスが声をかけたところを。優しく微笑みかけられて、マリーも柔らかな笑みを返したところを。
聞こえてしまった。
「今日は踊られないのですか?」
と尋ねた彼に、マリーが小さく頸を横に振った。
「私、身体が小さいでしょう? 相手の方も踊りにくいみたいで⋯⋯下手なんです。恥ずかしいわ」
「私は小柄な方が良いと思いますよ」
マリーは軽く目を見張り、柔らかく笑って頷いた。
とても聞いていられなくて、レオーネは逃げるようにしてその場から離れ、バルコニーで一人、憔悴していたというわけだ。
だが、兄にそれを言う訳にはいかない。レオーネがアリエスに恋焦がれる姿をみるたびに、兄は冷淡に言うのだ。
『あいつは絶対に応えないから、止めておけ』と。
また振られたのかなどと言ってきた兄に、マリーの事を話したら、更に傷を抉られるに違いない。
「⋯⋯お兄様は良いわよね」
「あぁ?」
「私と同じ大きな身体だけど、小さいものを隠し持っているんですもの!」
半泣きで言った妹に、彼は顔をひきつらせた。
「お前⋯⋯誤解を生むような発言は止せ?」
「だって、事実じゃない! 可愛くて羨ましいわ!」
「うるせえ。俺だってデカくなれるもんなら、さっさとなってる! 全く⋯⋯何が聖獣の力だ」
苦々し気に言うレオーネの兄も、聖獣の力の能力者だ。ただ、その力が及ぶのは、血縁のある家族や恋仲になった者など、彼と縁深い人間に限られ、本人には作用しない。
レオーネの能力もだ。しかも、兄の力はまだ使い道があったが、レオーネはあまり自分の力が好きではなく、滅多に使わないので、忘れてしまうほどだった。
――――聖獣の力でよかった事と言えば⋯⋯発情期があることくらいかしら⋯⋯。
お陰でアリエスと身体を重ねられたが、特にその後、関係が深まることはなかった。今日も会場で顔をあわせても、赤面してしまったレオーネと違い、彼はいつもと変わらず冷静そのものだったからだ。
兄妹は、そろってため息をついた。
ほどなくして散会となり、レオーネは就寝の準備を整えると、自室に戻った。身の回りの世話をしてくれた侍女たちに礼を言って下がらせ、ソファーに一人座り、長い脚を伸ばした。
そして、足が視界に入った瞬間、哀しくなって引っ込める。
『小柄な方が良いと思いますよ』
――――アリエスは、自分より小さい子が好きだったのね⋯⋯。
応えてくれないわけだと、うなだれる。
何しろレオーネは彼よりもほんの僅かであるが、背が高い。胸も尻も幅を利かせているから、全体的に大きく見られる方だろう。そんなレオーネと対極的にいるのが、マリーだ。
レオーネは十八歳を数え、聖獣の力的にも成熟の時期を迎えている。幼い頃から守ってくれた彼の手も離していい時期だ。
アリエスはようやく、自分の人生を歩き出そうとしているのだろう。
――――これ以上、邪魔をしてはいけないわ⋯⋯。
いくら彼の事が今でも好きでも。時に、飛びついてしまいたい衝動に駆られてしまっていても。
彼は自分を愛してはいないのだ。他の人が好きなのだ。
そう自戒しようにも、獣の血が流れているせいなのか、強烈な拒否感を覚える。聖獣の能力者は伴侶や恋人への独占欲が強く、相手の離心などを危惧して不安を覚えると、荒れるという性質もある。
万が一、あの可憐なマリーに害を及ぼしてしまったら――――。
レオーネは蒼白になり、身震いした。気を落ち着かせようと、テーブルに用意されていたお茶を口に含んだが、顔をしかめた。
「相変わらず苦いわ⋯⋯」
明日の誕生会を前に再燃しては困るからと、薬湯が用意されていた。性欲が頂点に達すると効果はないが、アリエスのお陰で発情期は収まりつつあったので、飲むと身体が鎮まっていく感覚がする。
しかし、これがまた美味しくないのだ。
口を漱ぎたくなり、席を立って、化粧室に向かう。洗面台の前に立ち、相変わらず酷い顔をした自分の姿を鏡に映して、げんなりしたが、ふと閃いたことがあった。
「⋯⋯もしかして⋯⋯」
レオーネは物は試しと、聖獣の力を使った。そして、再び居間へと戻り、飲みかけのお茶を一気に飲み干す。
お茶はとても、甘かった。
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