会うたびに、貴方が嫌いになる

黒猫子猫(猫子猫)

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可愛い彼女

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 一体何が起こったのか、レオーネには初め、理解ができなかった。

 ぼんやりとしながら、アリエスが慌ただしくベッドを降り、手早く身支度を整える姿を見つめる。王の命で一夜を共にさせられたという思いがあるからか、脱ぐ時はちっとも進まなかったのに、服を着るのは尋常ではないほど速い。

 そして、一度だけレオーネの方を見ると、やや強張った顔で「帰る」と短く告げて、足早に去っていった。


 扉が閉まる音とともに、ようやくレオーネも目が覚めたが、起き上がる気力もわかず、そのまま再び目を閉じた。短いうたた寝の後、起き出したレオーネは、誰もいない室内を見回して、目に涙が滲む。

 昔から恋愛の物語が大好きでよく読んでいたが、愛を交わした男女の朝は、もっとロマンチックだった。目を覚ました女性は、男性から優しく甘い愛の言葉を囁いてもらえていたものだ。

 現実でも、同じ年頃の貴族令嬢達と集まると、きまって話題にあがるのは恋の話である。貴族の結婚は親の意向が大きく影響する。恋愛結婚は珍しい部類ではあるが、それでも夢はもつものだ。

 恋仲になったら、彼と一緒に何をしたいか。何をしてほしいか、されたいか。
 それぞれ夢を抱き、熱く語りあったものだった。

 ただ、夕食の席で兄たちに、その話をすると、『頭がお花畑だ』と二人から言い切られた。上の兄は『私なら絶対に笑いだす』と断言し、口の悪い下の兄は『付き合っていられるか』と言い放ったものである。

 妹に対しては、いつもデリカシーと遠慮というものがない兄達に、言うのではなかったとレオーネは思った。

 もちろん、アリエスにはこんな話はできない。

 沈着冷静な彼の返答が、兄達以上に冷めたものだと想像するに容易い。一蹴されたら、もう立ち直れなくなる気がした。そもそも、その頃にはすでに数回、振られている身である。

 ロマンチックな愛の言葉なんて、自分には夢のまた夢である。

 それどころか――――。

「に⋯⋯逃げられたわ⋯⋯」

 ただでさえ、アリエスは近頃、少し素っ気なくなっていた。後見の務めを終え、離れる時が迫っていたから、それとなく距離を取ろうとしていたのかもしれない。

 薄々感じていたことではあったが、悲鳴を上げて避けられると、否応でも現実を突きつけられる。

 アリエスは、どうしたら自分を好きになってくれるのだろう。

 身体に関しては、『背が高くて、完璧な女性の身体ですね』と、侍女たちがよく褒めてくれた。身体は両親から受け継いだ大事なものだったから、褒めて貰えるのは素直に嬉しい。

 それに、男性が好みそうな身体だとも聞いて、ならばアリエスもどれか気に入ってくれるかもしれないと期待したが、胸がどれほど大きくなっても、背が伸びても、彼は態度を変えない。王女という立場も、彼には響かない。
 どうしていいか分からず、レオーネは重いため息をつきながら、ベッドを降りた。

 身体に鈍い痛みが走ったが、もうそれどころではなかった。


 風呂場で湯浴みをした後、レオーネは自室に戻り、侍女の手を借りてドレスに着替えた。ドレッサーの前に座り、侍女に髪を結って貰いながらも、ため息がとまらない。

 鏡を見れば、憂鬱そうな顔をした自分の姿が映った。昨夜、大好きな男と一夜を共にした女とは思えない、なんとも自信の無い顔だ。

 ――――これがいけないのかしら!

 思いっきり、両手でパンッと音が鳴るほど強く叩いてみると、侍女が目を真ん丸にした。

「レオーネ様、どうされました⁉」
「ね⋯⋯眠気ざましよ!」

 適当な理由をつけただけだったが、侍女は今度はにんまりと笑った。

「昨夜は、大好きなアリエス様とご一緒でしたものね! 当然ですわ!」

 レオーネがアリエスに夢中である事は、公然の事実である。レオーネは泣きたくなるのを堪え、何とか笑顔を作った。

「そうね⋯⋯」
「アリエス様も、随分とご機嫌なご様子だったそうですわ。廊下ですれ違った侍従が、そのように申しておりました」

「そ、そう⋯⋯」

 相槌をうちながらも、レオーネの胸はざわめいた。

 彼は悲鳴を上げて、自分の寝室から逃げて行った。だから、少なくとも自分との一時を喜んでいるからではない。

 出て行った後で――――何か良い事があったのだ。

 どうしても気になって、レオーネは侍女を急かして髪を整えて貰うと、廊下へと出た。アリエスが去っていった方を聞いて歩いていったが、途中で足が止まった。

 廊下で数人の侍女と談笑する、一人の愛らしい令嬢に気づいたからだ。

 アリエスと同じ家格の侯爵家令嬢マリーだった。

 社交界へデビューした彼女は近頃よく、王宮に姿を見せるようになっている。
 非常に小柄で、背丈も周りの侍女達に比べてみても頭二つほど小さい。撫で肩で、手足は細く、今にも折れそうなほどだ。淡い金の髪は少し癖があるのかうねり、いかにも柔らかそうだった。大きな新緑色の瞳は優しく、まさに深窓の可憐な令嬢といわんばかりの容姿である。

 背も高く、胸や尻も大きく、赤い髪と黒い瞳という濃い色がはっきりと自己主張しているレオーネと、真逆の少女だ。

 ――――まさか。

 胸の奥が騒めくレオーネに、マリーは気づいて、ゆっくりと歩み寄って来た。

「おはようございます、レオーネ殿下。今日は爽やかで素晴らしい朝ですね」

 にっこりと笑うマリーは、心からそう思っているのが伝わってくる。

 ――――か、可愛いわ⋯⋯!

 レオーネは思わず抱きしめてしまいたくなったが、必死で堪えた。

 大きい自分は、小さなマリーを壊してしまう自信があるからだ。

 彼女と軽く世間話をした後、自分の部屋に戻ったレオーネは、付き添っていた侍女を帰して一人になると、再びドレッサーの前に座り、頭を抱えて呻いた。

 アリエスがご機嫌になったのは、マリーと会ったからかもしれない。

 では、彼女の容姿に少しでも近づければ、振り向いてくれるかもしれないと思ったが。

「⋯⋯無理だわ⋯⋯」

 背は削れないし、胸も尻も勝手に出てしまって、今更引っ込みがつかない。赤い髪を金に変えるなんて、どうやればいいか分からない。

 大きいものは、小さくなれないのだ。

 つまり――――アリエスの好むような女性には、絶対になれない。

 じわと涙が滲む。儚い印象を与えるマリーであれば、アリエスの隣に立っていても何ら違和感を与えないだろう。お似合いの二人だ。

 レオーネは鏡に映った自分の姿を見て、言い聞かせるように呟いた。

「⋯⋯でも、まだ決まったわけじゃないわ」

 彼女の事が好きだとアリエスの口から聞くまでは、まだ。
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