会うたびに、貴方が嫌いになる

黒猫子猫(猫子猫)

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こんなはずじゃなかった

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 殺気立つギルバートと、能面のようになって黙り込んだアリエスを国王は見て、すぐに割って入った。

「まぁ、待て。アリエス、なにも朝までずっと妹と一緒にいろとは言っていない。そこまでお前に無理をさせるつもりはないんだ。嫌いなものは、仕方がないからな。適当な所で切り上げて、帰ればいい」
「嫌ってはいません。⋯⋯苦手なだけです」

「同じだと思うが?」
「違います」

 きっぱりと言い切ったアリエスは、小さくため息をつき、

「レオーネには言わないでください」
 と、二人に釘をさし、王から彼女の寝室の鍵を受け取ると、一礼して去っていった。


 アリエスを見送ったギルバートは、にやにやと笑っている兄王に眉を顰めた。

「面白がってるだろ」
「いやぁ⋯⋯レオーネが十八になった時が見ものだと思っていたが、予想の斜め上を行く事態になったからな。どうなるか見ものだと思わないか!」

「どうもこうもねえだろ。アリエスは勅令に従い、レオーネは喜んで受け入れるだけだ。アリエスは兄上から貰った薬を飲んで、今まで通り、仕事だという態度を全面に出して済ませるだろう」

 ギルバートはアリエスと親交もあるだけに、彼の性格や思考を熟知している。その言葉は説得力があったが、兄王は不満げだ。

「それは、ちょっとレオーネが可哀想だな。可憐な乙女心がズタズタになるんじゃないか?」
「あいつが可憐か?」

「すまない。お前の可愛さには負けるな!」
「⋯⋯兄上。俺が喧嘩を売られたのは、今日で二度目だ」

 殺気立つ弟に、国王は慌てて目を逸らした。



 王の私室を後にしたアリエスは、一度自分の部屋に戻った。従者を呼んで水を運ばせると、王から渡された薬を飲み、上着の内ポケットに瓶をしまい、廊下へ出た。

 重い足取りで廊下を進み、レオーネの居住区まで入る。

 途中で侍女達ともすれ違ったが、誰も彼を止めず、むしろ笑顔になった。長年レオーネを護ってきた彼への信頼は厚いからだ。国王から話が伝わっているのか、彼女たちの笑みもどこか意味深な含みがある。

 好奇の眼差しを受けても、アリエスはぴくりとも表情を変えなかった。

 レオーネの寝室の扉をノックして声をかけると、凄まじい勢いで扉が開いた。

「アリ⋯⋯エス⁉」
「入っても?」

「えぇ! だめよ⁉」

 応じて即、拒絶したレオーネだが、アリエスの行動は早く、さっさと中に入った。レオーネは真っ赤になったが、通りがかった侍女達の生暖かい目に気づき、真っ赤になって慌てて扉を閉めた。
 アリエスと二人きりになったレオーネは、落ち着かない。自分が夜着姿ということもあったが、アリエスはやはり冷静そのものである。

 いつもと何ら変わらぬ歩調でレオーネのベッドまで進んで座ると、扉の前で固まっているレオーネを見返した。

「鍵をかけろ」

 本来ならば、王女という立場にある彼女には敬語を使わなければならないところだ。だが、幼馴染として一緒に育ち、彼を慕うレオーネは、公の場以外は昔と変わらぬ口調でいてほしいと頼んでいた。アリエスも、両親を失い寂しさを募らせる一方だった彼女に負担をかけるべきではないと判断し、応じている。

 だから、彼の淡々とした声はいつも通りで、何も変わらない。

 言われた通り扉の鍵を閉めたレオーネが、手に汗を滲ませ、視線をさ迷わせ、完全に落ち着きをなくしているのと対照的である。

 レオーネは、ベッドに座っているアリエスの元に歩み寄り、彼の前で立ち止まった。その瞳は潤み、頰や耳は赤く染まっている。

 夜に、恋焦がれた男と寝室で二人きり――――そんな状況は彼女を惑わせ、アリエスが淡々とした口調ながら告げた言葉が、より狂わせた。

「陛下から、私の身体でお前を慰めろと下知があった」
「そんな⋯⋯いけないわ!」

 レオーネの心は悲鳴を上げた。兄王は彼に何という事をさせようとしているのだ。自分が彼に恋焦がれていることは兄たちに知られていたからだろうが、無理強いはしたくない。

 ――――このまま、帰って⋯⋯!
 と、本心からレオーネは思ったのだが、身体は真逆の行動を起こした。アリエスに嬉々として飛びついて、彼をベッドに押し倒したのだ。勅令を受けたアリエスは、もう諦め顔である。

「だったら、私の服を引きちぎろうとするな」
「あら⁉」

 言われて、レオーネは少しばかり我に返る。視線を落としてみれば、彼の上着に手をかけて、今にも襲いそうな勢いである。慌てて飛びのいたレオーネに対し、やはりアリエスは眉一つ動かさなかった。

 レオーネは自分だけが一方的に動揺しているのが分かり、泣きそうになる。そして、こんな事態を招いた自分の力を、心から恨んだ。

 ――――⋯⋯発情期なんて⋯⋯最悪だわ!


 レオーネの祖国リュンヌは、神の使いである聖獣が興したと言われている。聖獣は人の身体へと変化し、多くの人間達と子を為し、力を伝えたという伝説があった。

 実際のところ、貴賤を問わず特殊な力を持つ者が、リュンヌ王国には稀に現れた。聖獣の力を受け継いだのだと誰しも敬われ、王家もまたたびたび能力者が現われている。
 ただ、元々は獣であったせいか、いささか困った性質も持っていた。

 その一つが、性欲だ。
 人間の子供が成長し、一人の大人の身体になる年頃――――およそ十八歳から二十歳頃、能力者は『発情期』を迎える。年に二回ほどだが、特に初めて迎えた時はうまく発散できずに長く苦しむ者もいる。

 リュンヌ王国は婚前交渉に眉を顰める風土はない。

 むしろ結婚した後に関係が破綻するよりも、相性を確かめておく方が大事だとされていた。避妊の手段も確立し、安全な道具や薬があるため、恋仲になったら身体を重ねるのは自然なことだ。
 そのため、レオーネの兄王が発情期に陥った妹を憐れんで、彼女が恋焦がれている男に身体で慰めろと命じたのも、別段おかしな流れではない。

 レオーネはアリエスを長年、慕っている。アリエスも、ずっと彼女のために心を砕き、傍で護り続けてきた。
 お似合いの二人だと、大概の者は思っている。当のアリエスだけが――――全てにおいて不本意なのだ。

 それでも、彼は悩めるレオーネに「何をしてもいい」と受け入れる言葉を告げた。
 力に振り回されているレオーネに、恋しい彼の誘惑を拒む力は、なかった。


 深夜。
 行為を終え、ベッドに横たわるレオーネを見ても、傍らに座ったアリエスは冷静そのものだった。あくまで王の命令で訪れたに過ぎないのだから、無理もないとレオーネは思う。兄王から『薬をもらった』とも言っていたが、恐らくは媚薬だろう。 

 だが、彼は普段と何も変わらず、夢中になってしまったのはレオーネだけだ。切なさを覚えながらも、続きを求めて彼の手を取ると、感情の無い視線が落ちてくる。

「終わりだ」

 淡々と告げると、毛布を手繰り寄せてレオーネの身体を包んでしまう。つい彼女が半泣きで諦め悪くアリエスを見上げると、彼は小さくため息をついた。

「⋯⋯子供だな」
「違うわ⋯⋯もう、十八歳よ」

「知っている。ほんの十日前の事だろう。それですぐに発情するか⋯⋯?」
「そんなこと言われても⋯⋯っ」

「早すぎる」
「⋯⋯っでも⋯⋯」

 やっと貴方と結婚できる年になったのよ、と言おうとしたが、苦々し気な彼の様子を見て、言葉が途切れた。

「いいから、もう寝ろ」

 諦めたレオーネは、小さく頷くと、毛布を握り締めて目を閉じた。

 気が狂うのではないかと思うほどの欲望は、ようやく治まっていたからだ。アリエスはやはり冷静で、レオーネの想いに応えてくれることはなかったが、それでも小さな喜びも感じていた。

 亡き両親を思って眠れない夜、アリエスが寝つくまで傍にいてくれたことを思い出したからだ。年齢があがってくると、彼が寝室を訪れることもなくなり、ほんの一時ほどの事だったが、レオーネは忘れていない。

「ありがとう⋯⋯嬉しかったわ」

 感謝の言葉を呟き、レオーネは深い眠りへと落ちていった。穏やかな彼女の寝顔を黙って見つめていたアリエスは、小さくため息をつき、身体を起こした。

「⋯⋯こんなはずじゃなかったんだがな」

 苛立たし気に銀色の髪をくしゃりと掻きあげる。そして、改めて彼女を見つめ、ものすごく悩んだ末に、傍らに横たわった。


 翌朝――――レオーネは、アリエスの悲鳴で目を覚ました。
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