会うたびに、貴方が嫌いになる

黒猫子猫(猫子猫)

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国王命令

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 そして、同じ頃、王宮でもう一人、苦悩している男がいた。

 レオーネが長らく恋焦がれている男――――アリエスである。

 色素の薄い髪と目の色に加え、あまり日焼けしない質で、肌の色は白い。身のこなしは軽く、所作は常に優雅で、気品がある。文句をつけるところがないと言われる美貌の主であり、女性達をたちどころに虜にする貴公子である。

 容姿もさることながら、彼は幼少期からすでに頭角を現していたほど優秀で、今では将来の宰相候補とまで言われていた。献身的にレオーネを護り続けてきたこともあり、国王一家の覚えも非常にめでたい。王弟とは年が近い事もあり、幼い頃から親交があった。 

 しかし、寵愛を笠に着ることはなく、常に冷静で、時には耳の痛い事も王家に進言することのできる男だ。

 レオーネの求愛に応えず、後見に徹していたこともあり、彼には国内外の令嬢から秋波を送られていたが、数々の求愛も非礼にならない程度に軽く受け流している。男色の気を疑われた事も、女性達と禍根を残すような真似もしない。
 既成事実を作ろうと目論む不埒者もいたが、全て失敗に終わっている。彼が誰に対しても一切、隙を見せようとしなかったからだ。

 アイスブルーの瞳も相まって、今では氷のような男だと言われているほどだった。そんな沈着冷静な男の顔は今、人生で最も深い皺を眉間に刻んでいる。

「レオーネも十八か⋯⋯ようやく、務めを終えるな」

 国王から与えられた王宮の私室で、アリエスも一人、安堵の息を漏らす。

 長かった、と呟いて、苦しかった日々に思いをはせていると、扉をドンッと叩く音がした。

 なんとも乱暴なノックに、アリエスは眉を顰めながら、入室を許す言葉をかけた。しかし、いつまで経っても来訪者は姿を見せない。

 机に立てかけておいた剣を取り、扉の傍まで歩み寄ると、慎重に開けた。そして、扉の前にいたものに視線を落とし、息を呑む。

 レオーネの兄であり、王弟ギルバートだったからだ。

「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯。そこで何をしているんです?」

 両者に長い沈黙が流れ、アリエスが切り出すと、ギルバートは付いてこいとばかりに、黙って廊下を歩きだした。アリエスが躊躇していると、一度振り返って、急かすような視線を向けてくる。

 口を開きかけた彼に、嫌な予感がしたアリエスは顔がひきつりそうになるのを懸命に堪え、
「今、行きます」
 と、慌てて彼に続いた。

 軽快な足取りで進むギルバートと違い、アリエスの足取りは重い。方角からして、今向かっているのが、国王の私室だと理解もしている。しょっちゅう無理難題を言ってくる国王が、手ぐすね引いて待っているに違いなかった。恐らく、ギルバートが直々に呼びに来るほどだから、よっぽどのことである。

 ただ、それにしても。
 長身で、大きなレオーネと比べて、ギルバートは……。

「チビで良かった」

 こらえ切れずに呟くと、ギルバートがぴくりと反応して振り返り、何か言ったか、といわんばかりの鋭い目でから睨みつけられる。

 かなりの美貌の主として知られる彼だが、中身は非常に獰猛な精神の持ち主だとアリエスも知っていた。それでもアリエスは平静を保ち、何事もなかったかのように振舞う。ギルバートは苦々し気な顔をしながら、再び歩き始め、国王の私室へと案内すると、立ち去って行った。


 アリエスは部屋の扉をノックし、室内から王の声で許しが聞こえると、一人中へと入った。

 齢三十を超えながら、一向に落ち着きというものがなく、ふざけた事ばかり言い放つ若き国王が待っていた。そして、アリエスの姿をみると、意味深な笑みを浮かべながら、傍までやってくる。

「おっ、来たな、色男。夜にみると、何だか妖しく見えてドキドキするのは私だけか?」
「陛下だけです。帰ってもよろしいですか」

 容赦なく一蹴してきた青年に、一回り近く年上の国王は大いに焦った。

「今、来たばかりだろう! ゆっくりしていけ⁉ な⁉」
「ご用件をうかがいます」

 国王の軽い口調に、アリエスはぴくりとも表情を変えない。まさに氷の貴公子の異名に違わぬ冷静さである。
自分のペースに巻き込まれてくれそうにないアリエスに、国王はさらに怯んだが、そこにギルバートが再び姿を見せた。

「兄上、どこまで話した」
「これからだ。援護してくれ」

「連れてきておいてなんだが⋯⋯無理だと思うぜ?」
「まぁ、そう言うな。このままでは、レオーネが可哀想じゃないか。兄として黙ってみていられないんだ」

 渋い顔のギルバートに、国王は軽く笑って見せ、相変わらず不愛想のまま立っているアリエスに視線を向けた。

「アリエス、頼みがある」
「頼み。では、私に断るという選択肢もありますか?」

「ない。国王命令だ。私は大いなる妹のために、持っている権力を全力で使ってやるつもりだ」
「⋯⋯⋯⋯」

 きっぱりと言い切った国王は、アリエスに小瓶を手渡した。錠剤がぎっしりと詰まった瓶の蓋に記されていた薬の名は、成人した者であればすぐに何か理解できるものだ。アリエスも例外ではない。
 眉を顰めた彼に、国王は続けて命令を下した。

「今からレオーネと寝てこい。理由は分かるな?」

 沈着冷静なアリエスは、やはり全く表情を変えなかった。国王命令とあらば、王臣である彼に拒絶は許されない。黙って首を垂れた彼を見て、幼い頃から親交のあるギルバートが、軽い口調で告げる。

「せいぜい頑張れよ」

 じっと彼を見つめたアリエスは、ため息混じりにぼやいた。

「⋯⋯せめて⋯⋯」
「もう一度言ったら、ぶっ殺す」
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