会うたびに、貴方が嫌いになる

黒猫子猫(猫子猫)

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光栄です、は禁句

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 多くの人はレオーネを、恵まれた女性だと羨んだ。

 両親を早くに亡くした不幸はあったが、彼女には二人の優秀な兄がいた。

 上の兄は大国リュンヌの王であり、優れた政治手腕をもっている。下の兄は献身的に王を支え、共に国を盛り立てていた。どちらも長身痩躯で、多くの女性を魅了する美貌の主にして、文武両道。

 文句をつけるほうが笑われる――ように、他人ならば思う。

 妹のレオーネからしてみると、上の兄はいささか適当であるし、下の兄は口が悪い。昔から仲は良いが、他愛のない事で子どものような喧嘩もする。二人とも外見と外面は良いから騙されてしまうのだ。

 かくいうレオーネも、兄たちに負けず劣らず、容姿は人目を引くものだった。

 兄たちと殆ど変わらないくらい背も高い。胸は大きく、腰はしっかりとくびれて、尻は大きい。男の情欲をこれでもかと煽ってくるような、麗しい肢体である。つやつやの赤毛は腰ほどまであり、彼女の性格を表すように、真っすぐだ。気立ては優しく、何ごとにも屈託なく明るく笑い、素直に話を聞くことでも評判だった。

 そんな彼女は、実は大きな悩みを抱えている。

「⋯⋯これから、どうしたらいいのかしら⋯⋯」

 夜も更けた王宮の自室で、レオーネは途方に暮れていた。すでに入浴を終え、夜着を纏い、彼女の世話役の侍女達も下がっている。キングサイズの――レオーネだけが寝るにはあまりに大きい――ベッドの端に一人ちょこんと座ったまま、もう一時間だ。

 花の顔は憂いを帯び、赤い唇から漏れるのはため息ばかり。

 それでも若い男が見れば生唾を飲んでいるに違いなかったが、彼女に求愛する男は、今まで現れていない。レオーネは、少女と言われる年頃からずっと、侯爵家当主の一人息子であるアリエスに夢中だったからだ。


 レオーネも、初めはアリエスの事を仲の良い幼馴染という目でしか見ていなかった。だが、レオーネの両親が立て続けに病で亡くなった時、彼は真摯にレオーネを支えてくれた。

 いくら大国とはいえ、兄たちはまだ若く、周辺国から侮られた。国を護るために奔走せざるをえなかった彼らに、妹を気にかける余裕はない。レオーネはまだ十四歳になったばかりで、兄たちの政務を手伝うこともできなかった。

 ただ、国内外にはあくどい考えを持つ者もいる。

 傷心の王女に近づいて、意のままにしようとする者が次々に湧いて出た。王女の身も心も捕えて、利用しようという魂胆だ。そんな彼女を側で支え、護り続けたのが、アリエスだった。両親を失って悲しむ彼女に寄り添い、しかし臣下という域を決して出ず、近寄ろうとする外敵には一切の容赦をしなかった。

 レオーネの兄たちは安心して彼に妹を任せ、政務に没頭することができた。数年後、国が安定へ向かい、全員の心に余裕が生まれた時にはもう、レオーネは彼に恋をしていた。

 十七の年に思い切って告白し、笑顔で『光栄です』と受け流された。明らかに本気にされておらず、それでもレオーネは挫けずに何度も彼にアタックした。

 会うたびに嬉しくなって、好きになったからだ。

 だが、彼の答えはいつも同じ――『光栄です』だ。

 あまりに聞きすぎて、一時期レオーネはその言葉を聞くだけで切なくなったくらいである。

 きっと、まだ結婚して良い年ではないからだ――――レオーネは最後の希望に縋り、時が過ぎるのを待ち、先日ようやく十八歳を迎えたが、やはり彼は変わらなかった。

 誕生日に際しても、氷のようだと言われるほど冷静な眼差しでレオーネを見返し、淡々とした口調で『おめでとうございます』と言った後、ありふれた祝いの言葉をかけた後、踵を返して去っていった。

 レオーネも、朝一番に廊下でたまたま彼に会えたのは嬉しくて仕方がなかったが、相変わらずの素っ気なさに、心が折れそうになったものである。

「⋯⋯諦めた方がいいわよね⋯⋯」

 十八歳ともなれば、成人とみなされる年齢である。アリエスは王女の幼馴染で、長らく後見を務めてきたとはいえ、彼も二十三歳になっていた。

 未婚の男女が結婚する気もないというのに、いつまでも一緒にいていいはずもない。
 もう彼を自分の子守りから解放しなければ。

 頭で分かっていても、レオーネの心と体は、どちらも疼いた。
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