1 / 7
光栄です、は禁句
しおりを挟む
多くの人はレオーネを、恵まれた女性だと羨んだ。
両親を早くに亡くした不幸はあったが、彼女には二人の優秀な兄がいた。
上の兄は大国リュンヌの王であり、優れた政治手腕をもっている。下の兄は献身的に王を支え、共に国を盛り立てていた。どちらも長身痩躯で、多くの女性を魅了する美貌の主にして、文武両道。
文句をつけるほうが笑われる――ように、他人ならば思う。
妹のレオーネからしてみると、上の兄はいささか適当であるし、下の兄は口が悪い。昔から仲は良いが、他愛のない事で子どものような喧嘩もする。二人とも外見と外面は良いから騙されてしまうのだ。
かくいうレオーネも、兄たちに負けず劣らず、容姿は人目を引くものだった。
兄たちと殆ど変わらないくらい背も高い。胸は大きく、腰はしっかりとくびれて、尻は大きい。男の情欲をこれでもかと煽ってくるような、麗しい肢体である。つやつやの赤毛は腰ほどまであり、彼女の性格を表すように、真っすぐだ。気立ては優しく、何ごとにも屈託なく明るく笑い、素直に話を聞くことでも評判だった。
そんな彼女は、実は大きな悩みを抱えている。
「⋯⋯これから、どうしたらいいのかしら⋯⋯」
夜も更けた王宮の自室で、レオーネは途方に暮れていた。すでに入浴を終え、夜着を纏い、彼女の世話役の侍女達も下がっている。キングサイズの――レオーネだけが寝るにはあまりに大きい――ベッドの端に一人ちょこんと座ったまま、もう一時間だ。
花の顔は憂いを帯び、赤い唇から漏れるのはため息ばかり。
それでも若い男が見れば生唾を飲んでいるに違いなかったが、彼女に求愛する男は、今まで現れていない。レオーネは、少女と言われる年頃からずっと、侯爵家当主の一人息子であるアリエスに夢中だったからだ。
レオーネも、初めはアリエスの事を仲の良い幼馴染という目でしか見ていなかった。だが、レオーネの両親が立て続けに病で亡くなった時、彼は真摯にレオーネを支えてくれた。
いくら大国とはいえ、兄たちはまだ若く、周辺国から侮られた。国を護るために奔走せざるをえなかった彼らに、妹を気にかける余裕はない。レオーネはまだ十四歳になったばかりで、兄たちの政務を手伝うこともできなかった。
ただ、国内外にはあくどい考えを持つ者もいる。
傷心の王女に近づいて、意のままにしようとする者が次々に湧いて出た。王女の身も心も捕えて、利用しようという魂胆だ。そんな彼女を側で支え、護り続けたのが、アリエスだった。両親を失って悲しむ彼女に寄り添い、しかし臣下という域を決して出ず、近寄ろうとする外敵には一切の容赦をしなかった。
レオーネの兄たちは安心して彼に妹を任せ、政務に没頭することができた。数年後、国が安定へ向かい、全員の心に余裕が生まれた時にはもう、レオーネは彼に恋をしていた。
十七の年に思い切って告白し、笑顔で『光栄です』と受け流された。明らかに本気にされておらず、それでもレオーネは挫けずに何度も彼にアタックした。
会うたびに嬉しくなって、好きになったからだ。
だが、彼の答えはいつも同じ――『光栄です』だ。
あまりに聞きすぎて、一時期レオーネはその言葉を聞くだけで切なくなったくらいである。
きっと、まだ結婚して良い年ではないからだ――――レオーネは最後の希望に縋り、時が過ぎるのを待ち、先日ようやく十八歳を迎えたが、やはり彼は変わらなかった。
誕生日に際しても、氷のようだと言われるほど冷静な眼差しでレオーネを見返し、淡々とした口調で『おめでとうございます』と言った後、ありふれた祝いの言葉をかけた後、踵を返して去っていった。
レオーネも、朝一番に廊下でたまたま彼に会えたのは嬉しくて仕方がなかったが、相変わらずの素っ気なさに、心が折れそうになったものである。
「⋯⋯諦めた方がいいわよね⋯⋯」
十八歳ともなれば、成人とみなされる年齢である。アリエスは王女の幼馴染で、長らく後見を務めてきたとはいえ、彼も二十三歳になっていた。
未婚の男女が結婚する気もないというのに、いつまでも一緒にいていいはずもない。
もう彼を自分の子守りから解放しなければ。
頭で分かっていても、レオーネの心と体は、どちらも疼いた。
両親を早くに亡くした不幸はあったが、彼女には二人の優秀な兄がいた。
上の兄は大国リュンヌの王であり、優れた政治手腕をもっている。下の兄は献身的に王を支え、共に国を盛り立てていた。どちらも長身痩躯で、多くの女性を魅了する美貌の主にして、文武両道。
文句をつけるほうが笑われる――ように、他人ならば思う。
妹のレオーネからしてみると、上の兄はいささか適当であるし、下の兄は口が悪い。昔から仲は良いが、他愛のない事で子どものような喧嘩もする。二人とも外見と外面は良いから騙されてしまうのだ。
かくいうレオーネも、兄たちに負けず劣らず、容姿は人目を引くものだった。
兄たちと殆ど変わらないくらい背も高い。胸は大きく、腰はしっかりとくびれて、尻は大きい。男の情欲をこれでもかと煽ってくるような、麗しい肢体である。つやつやの赤毛は腰ほどまであり、彼女の性格を表すように、真っすぐだ。気立ては優しく、何ごとにも屈託なく明るく笑い、素直に話を聞くことでも評判だった。
そんな彼女は、実は大きな悩みを抱えている。
「⋯⋯これから、どうしたらいいのかしら⋯⋯」
夜も更けた王宮の自室で、レオーネは途方に暮れていた。すでに入浴を終え、夜着を纏い、彼女の世話役の侍女達も下がっている。キングサイズの――レオーネだけが寝るにはあまりに大きい――ベッドの端に一人ちょこんと座ったまま、もう一時間だ。
花の顔は憂いを帯び、赤い唇から漏れるのはため息ばかり。
それでも若い男が見れば生唾を飲んでいるに違いなかったが、彼女に求愛する男は、今まで現れていない。レオーネは、少女と言われる年頃からずっと、侯爵家当主の一人息子であるアリエスに夢中だったからだ。
レオーネも、初めはアリエスの事を仲の良い幼馴染という目でしか見ていなかった。だが、レオーネの両親が立て続けに病で亡くなった時、彼は真摯にレオーネを支えてくれた。
いくら大国とはいえ、兄たちはまだ若く、周辺国から侮られた。国を護るために奔走せざるをえなかった彼らに、妹を気にかける余裕はない。レオーネはまだ十四歳になったばかりで、兄たちの政務を手伝うこともできなかった。
ただ、国内外にはあくどい考えを持つ者もいる。
傷心の王女に近づいて、意のままにしようとする者が次々に湧いて出た。王女の身も心も捕えて、利用しようという魂胆だ。そんな彼女を側で支え、護り続けたのが、アリエスだった。両親を失って悲しむ彼女に寄り添い、しかし臣下という域を決して出ず、近寄ろうとする外敵には一切の容赦をしなかった。
レオーネの兄たちは安心して彼に妹を任せ、政務に没頭することができた。数年後、国が安定へ向かい、全員の心に余裕が生まれた時にはもう、レオーネは彼に恋をしていた。
十七の年に思い切って告白し、笑顔で『光栄です』と受け流された。明らかに本気にされておらず、それでもレオーネは挫けずに何度も彼にアタックした。
会うたびに嬉しくなって、好きになったからだ。
だが、彼の答えはいつも同じ――『光栄です』だ。
あまりに聞きすぎて、一時期レオーネはその言葉を聞くだけで切なくなったくらいである。
きっと、まだ結婚して良い年ではないからだ――――レオーネは最後の希望に縋り、時が過ぎるのを待ち、先日ようやく十八歳を迎えたが、やはり彼は変わらなかった。
誕生日に際しても、氷のようだと言われるほど冷静な眼差しでレオーネを見返し、淡々とした口調で『おめでとうございます』と言った後、ありふれた祝いの言葉をかけた後、踵を返して去っていった。
レオーネも、朝一番に廊下でたまたま彼に会えたのは嬉しくて仕方がなかったが、相変わらずの素っ気なさに、心が折れそうになったものである。
「⋯⋯諦めた方がいいわよね⋯⋯」
十八歳ともなれば、成人とみなされる年齢である。アリエスは王女の幼馴染で、長らく後見を務めてきたとはいえ、彼も二十三歳になっていた。
未婚の男女が結婚する気もないというのに、いつまでも一緒にいていいはずもない。
もう彼を自分の子守りから解放しなければ。
頭で分かっていても、レオーネの心と体は、どちらも疼いた。
278
お気に入りに追加
249
あなたにおすすめの小説
お認めください、あなたは彼に選ばれなかったのです
めぐめぐ
恋愛
騎士である夫アルバートは、幼馴染みであり上官であるレナータにいつも呼び出され、妻であるナディアはあまり夫婦の時間がとれていなかった。
さらにレナータは、王命で結婚したナディアとアルバートを可哀想だと言い、自分と夫がどれだけ一緒にいたか、ナディアの知らない小さい頃の彼を知っているかなどを自慢げに話してくる。
しかしナディアは全く気にしていなかった。
何故なら、どれだけアルバートがレナータに呼び出されても、必ず彼はナディアの元に戻ってくるのだから――
偽物サバサバ女が、ちょっと天然な本物のサバサバ女にやられる話。
※頭からっぽで
※思いつきで書き始めたので、つたない設定等はご容赦ください。
※夫婦仲は良いです
※私がイメージするサバ女子です(笑)

さよなら私の愛しい人
ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。
※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます!
※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。

婚約解消は君の方から
みなせ
恋愛
私、リオンは“真実の愛”を見つけてしまった。
しかし、私には産まれた時からの婚約者・ミアがいる。
私が愛するカレンに嫌がらせをするミアに、
嫌がらせをやめるよう呼び出したのに……
どうしてこうなったんだろう?
2020.2.17より、カレンの話を始めました。
小説家になろうさんにも掲載しています。


あの子を好きな旦那様
はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」
目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。
※小説家になろうサイト様に掲載してあります。

[完結] 私を嫌いな婚約者は交代します
シマ
恋愛
私、ハリエットには婚約者がいる。初めての顔合わせの時に暴言を吐いた婚約者のクロード様。
両親から叱られていたが、彼は反省なんてしていなかった。
その後の交流には不参加もしくは当日のキャンセル。繰り返される不誠実な態度に、もう我慢の限界です。婚約者を交代させて頂きます。

私は愛する婚約者に嘘をつく
白雲八鈴
恋愛
亜麻色の髪の伯爵令嬢。
公爵子息の婚約者という立場。
これは本当の私を示すものではない。
でも私の心だけは私だけのモノ。
婚約者の彼が好き。これだけは真実。
それは本当?
真実と嘘が入り混じり、嘘が真実に置き換わっていく。
*作者の目は節穴ですので、誤字脱字は存在します。
*不快に思われれば、そのまま閉じることをお勧めします。
*小説家になろうでも投稿しています。

番?呪いの別名でしょうか?私には不要ですわ
紅子
恋愛
私は充分に幸せだったの。私はあなたの幸せをずっと祈っていたのに、あなたは幸せではなかったというの?もしそうだとしても、あなたと私の縁は、あのとき終わっているのよ。あなたのエゴにいつまで私を縛り付けるつもりですか?
何の因果か私は10歳~のときを何度も何度も繰り返す。いつ終わるとも知れない死に戻りの中で、あなたへの想いは消えてなくなった。あなたとの出会いは最早恐怖でしかない。終わらない生に疲れ果てた私を救ってくれたのは、あの時、私を救ってくれたあの人だった。
12話完結済み。毎日00:00に更新予定です。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる