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23 夜に昇る太陽
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ロワ家の現当主ルイーズは、普段は男装の麗人として知られ、王宮でも特に若い令嬢たちから受けが良かった。
既に王宮に出仕し、評価の高い弟のリュンクスともども、田舎で育った者とは到底思えない程、所作は優雅であり、礼儀作法まで完璧だった。宮廷作法など本家に引き取られてから急きょ覚えたに違いないのに、完璧に板についている。
それでいて驕る事はなく、不勉強者でと謙遜し、古参の貴族達の顔を立てた。
五大家の一つであるロワ伯爵家という身分がありながら、その態度は末端の貴族でも分け隔て無かったことから、特に男装するルイーズに眉をひそめていた年配の女性陣達でさえも、一目置いているほどだった。
今や一躍社交界の話題をさらいつつあった、美貌の姉弟。
そんな彼らが初めて夜会に訪れれば、誰もがその動向に注視していたものである。
だから、姉弟が国王や王太子に毅然と挨拶をする姿も、昨今爪弾きにされつつあったアルエ王子に対しても礼を尽くした姿も、全て見られていた。
そして、才覚を果敢なく発揮して既に王の臣下達を圧倒しつつある上に、その美貌で数多の令嬢たちを虜にしつつある男――――表立ってこの男に物申す事など出来ないとさえ言われる程の完璧な王太子に、ルイーズが物を言った事は、その日の夜会で最も語られた事だった。
だから、そんな彼女が王太子レオンハルトに見初められた事は、何ら不思議な話では無かった。
後日、王宮で働く弟に会いに来たルイーズをレオンハルトが呼び止め、自分の宮に招き入れた姿は、多くの王宮の人々の目に留まる事になった。
それ以来、ルイーズは度々レオンハルトの住む王太子宮に出入するようになり、彼女が王宮に滞在している間、レオンハルトが片時も傍から離さなくなった事が決定打となった。
一月も経つ頃には、レオンハルトがルイーズと恋仲になった、と言うのは既定路線となった。
もちろん、ルイーズは大変に不満である。
ある日の朝、館で支度を整え終わっても、彼女はまだ玄関で愚図愚図していた。
「ああ……行きたくない……行きたくないよぅ……」
「姉上、辛抱です。なにもご丁寧に王太子殿下を見てやらずとも良いのです。その周囲には姉上好みの男なり、侍女なりいるでしょう。彼らの方を見て微笑まれれば、やり過ごせます」
「うう……やったよ。でも、最近は『お邪魔になるから』とか言われて、皆出て行っちゃうんだよ! 挙句に、不機嫌な殿下と二人っきりになって、お互い延々と無言だよ。殿下は自分の仕事をしているから良いかも知れないけど、私はただ黙って座っているしか無い! 逆効果だよ、リュン!」
「殿下は置物の熊とでも思われて、一番離れた場所に座って視界に入れず、田舎で可愛がっていらした猫や犬を思い出してはいかがですか」
「そうするしかないかなあ……」
ルイーズがため息をついていると、屋敷の奥から急ぎ足で駆けて来たのは、押しかけてきていた親戚一同である。ありがたくない事に、見送りに来たらしい。
「ルイーズ、今日も王太子殿下に呼ばれているのだな!」
「ええ……う、嬉しい事に」
顔が思いっきり引きつりそうになるのを堪え、最悪な事にと言うのを喉元でとどめ、なんとか笑顔を作ると、彼らはもう感涙しそうな勢いで頷いた。
よもやの事態に完全に舞い上がり、多少のルイーズの不自然さは華麗に流しているらしい。
「ありがたい事だ。お前のような破天荒な娘を気に入って下さるなど、さすが王太子殿下は懐が深くいらっしゃる!」
「このような良縁を逃せば、既に嫁に行き遅れているお前は生涯独身に違いないのだから、心しているように!」
「殿下が笑えとおっしゃれば腹を抱えて笑い、泣けと言えば咽び泣くのだ! 殿下が好きな物を、お前は心から愛していると言うのだぞ。殿下が夜に太陽が昇ると言うなら、それは素晴らしい事ですねと誉めろ! とにかく、絶対にご不興を買う事が無いように!」
「王太子殿下はあの美貌でいらっしゃる。お前を見初められたのは物珍しさだろう。だが、ロワ家の名は、他家の令嬢よりも魅惑的であるはずだ。だから、先に嫁に貰って頂いておけば、いずれ寵愛されなくなったとしても問題ない。お前もそれが当然の事だと諦めて、殿下の女遊びは黙認するように。大事なのは、お前を一刻も早く嫁に貰って貰う事だ! その前に他の女に殿下が手を出しても、決して悋気など抱くでないぞ! 身の程をしれ!」
ルイーズは頭痛を覚えた。
言い返したい事はごまんとある。それこそ、全員の言葉に猛反論したい気分だ。今までであれば、噛みついていただろう。
だが、甚だ不本意であるが、レオンハルトと相思相愛の態を取らなくてはいけないし、それを差しおいても、連日の呼び出しに疲れてもいた。
「ああ……はいはい、分かりました。今日も淑女然としておきます」
「頼んだぞ!」
全員の言葉が揃ったところで、大変心配そうなリュンクスに手を振って、半ば逃げるように館から出る。
息を吐くと、一人付いてきた侍女のローナが、親戚たちが後に続く前に扉を閉めてくれた。中ではリュンクスが彼らを宥めているに違いない。
「大騒ぎですね、無理もありませんけれど」
「早く半年過ぎないかなあ……」
「そうなれば、リュンクス様は伯爵になられて、無事に弟君の成人を見届けられた貴女様は、晴れて王太子妃ですね。王太子殿下も立太子の礼を終えられていますから、殿下が是非にと望めば、お断りできませんわ」
「ローナ……ぁああ……」
いっそ情けない顔をしたルイーズに、ローナは澄ました顔である。
王太子と王子たちとの話に、ルイーズとリュンクスは、最も信頼を置く剣の師ソロとローナには話してあった。
あくまで時間稼ぎの行為であるし、ロワが政権争いに加担する訳でもない。親類一同に知らせれば話はややこしくなるに違いなく、半年ほどの事なので内々におさめる事にしたのだ。
それでもソロは大騒ぎになる事は目に見えていたからか良い顔をしなかったし、ローナも同様であったが、最終的には自分達の身を護る為になると納得してくれた。
こうしてローナの嫌味が度々飛んでくる程度には、だが。
「あれから考えてみたのですが、一時の事であれば、別に悪い事ばかりでもありませんわ。レオンハルト殿下は、確かに私事では数多の美姫達と一時の逢瀬を楽しまれてもいたようですけど、公務に一切私情を挟まれない御方です。職務はきちんとされているようですし、完璧と言われる所以でしょうね」
「確かに黙々と仕事をしているけれど、だからと言って気まずくないわけが無い」
「逆に饒舌に話しかけられても困るのではないですか?」
「うっ!」
痛い所を突かれて、頭を抱えるルイーズに、ローナは嘆息して気遣う視線を向けた。
「気鬱なのは分かりますが、王太子妃は無いにしても、いつまでも縁談を避けていられるものでもありませんよ。リュンクス様は貴女様は田舎でまたのんびり暮らした方が良いとおっしゃっていましたけど、仮にも伯爵令嬢になるのですから難しいかと思います」
「……覚悟はしているつもりなんだけどね」
ルイーズは嘆息する。ずっと傍らに居てくれたローナは心底心配してくれている事も理解していたが、やはり憂鬱なのだ。
「でしたら、レオンハルト殿下で慣れると良いですわ。殿下は立場上かなり相手は慎重に選ぶ方ですから、間違いなんて起こさないと思います」
「……? 何だか殿下の事を良く知っているように話すね」
ルイーズが目を瞬くと、ローナは一瞬言葉に詰まり、曖昧に笑った。
「昔、私は父様と王都で暮らしていたからです。色々と噂話を聞いたりしたんです」
「そうなの。きっとろくでもない噂だっただろうね」
「いいえ、そうでも無いですわ。むしろ貴女様がそこまで敬遠する理由が、分からないくらいです」
「私はいくらでも説明できるよ」
ルイーズは従者に出立を促され、ローナとの会話はそこで立ち消えになった。
既に王宮に出仕し、評価の高い弟のリュンクスともども、田舎で育った者とは到底思えない程、所作は優雅であり、礼儀作法まで完璧だった。宮廷作法など本家に引き取られてから急きょ覚えたに違いないのに、完璧に板についている。
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五大家の一つであるロワ伯爵家という身分がありながら、その態度は末端の貴族でも分け隔て無かったことから、特に男装するルイーズに眉をひそめていた年配の女性陣達でさえも、一目置いているほどだった。
今や一躍社交界の話題をさらいつつあった、美貌の姉弟。
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だから、そんな彼女が王太子レオンハルトに見初められた事は、何ら不思議な話では無かった。
後日、王宮で働く弟に会いに来たルイーズをレオンハルトが呼び止め、自分の宮に招き入れた姿は、多くの王宮の人々の目に留まる事になった。
それ以来、ルイーズは度々レオンハルトの住む王太子宮に出入するようになり、彼女が王宮に滞在している間、レオンハルトが片時も傍から離さなくなった事が決定打となった。
一月も経つ頃には、レオンハルトがルイーズと恋仲になった、と言うのは既定路線となった。
もちろん、ルイーズは大変に不満である。
ある日の朝、館で支度を整え終わっても、彼女はまだ玄関で愚図愚図していた。
「ああ……行きたくない……行きたくないよぅ……」
「姉上、辛抱です。なにもご丁寧に王太子殿下を見てやらずとも良いのです。その周囲には姉上好みの男なり、侍女なりいるでしょう。彼らの方を見て微笑まれれば、やり過ごせます」
「うう……やったよ。でも、最近は『お邪魔になるから』とか言われて、皆出て行っちゃうんだよ! 挙句に、不機嫌な殿下と二人っきりになって、お互い延々と無言だよ。殿下は自分の仕事をしているから良いかも知れないけど、私はただ黙って座っているしか無い! 逆効果だよ、リュン!」
「殿下は置物の熊とでも思われて、一番離れた場所に座って視界に入れず、田舎で可愛がっていらした猫や犬を思い出してはいかがですか」
「そうするしかないかなあ……」
ルイーズがため息をついていると、屋敷の奥から急ぎ足で駆けて来たのは、押しかけてきていた親戚一同である。ありがたくない事に、見送りに来たらしい。
「ルイーズ、今日も王太子殿下に呼ばれているのだな!」
「ええ……う、嬉しい事に」
顔が思いっきり引きつりそうになるのを堪え、最悪な事にと言うのを喉元でとどめ、なんとか笑顔を作ると、彼らはもう感涙しそうな勢いで頷いた。
よもやの事態に完全に舞い上がり、多少のルイーズの不自然さは華麗に流しているらしい。
「ありがたい事だ。お前のような破天荒な娘を気に入って下さるなど、さすが王太子殿下は懐が深くいらっしゃる!」
「このような良縁を逃せば、既に嫁に行き遅れているお前は生涯独身に違いないのだから、心しているように!」
「殿下が笑えとおっしゃれば腹を抱えて笑い、泣けと言えば咽び泣くのだ! 殿下が好きな物を、お前は心から愛していると言うのだぞ。殿下が夜に太陽が昇ると言うなら、それは素晴らしい事ですねと誉めろ! とにかく、絶対にご不興を買う事が無いように!」
「王太子殿下はあの美貌でいらっしゃる。お前を見初められたのは物珍しさだろう。だが、ロワ家の名は、他家の令嬢よりも魅惑的であるはずだ。だから、先に嫁に貰って頂いておけば、いずれ寵愛されなくなったとしても問題ない。お前もそれが当然の事だと諦めて、殿下の女遊びは黙認するように。大事なのは、お前を一刻も早く嫁に貰って貰う事だ! その前に他の女に殿下が手を出しても、決して悋気など抱くでないぞ! 身の程をしれ!」
ルイーズは頭痛を覚えた。
言い返したい事はごまんとある。それこそ、全員の言葉に猛反論したい気分だ。今までであれば、噛みついていただろう。
だが、甚だ不本意であるが、レオンハルトと相思相愛の態を取らなくてはいけないし、それを差しおいても、連日の呼び出しに疲れてもいた。
「ああ……はいはい、分かりました。今日も淑女然としておきます」
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全員の言葉が揃ったところで、大変心配そうなリュンクスに手を振って、半ば逃げるように館から出る。
息を吐くと、一人付いてきた侍女のローナが、親戚たちが後に続く前に扉を閉めてくれた。中ではリュンクスが彼らを宥めているに違いない。
「大騒ぎですね、無理もありませんけれど」
「早く半年過ぎないかなあ……」
「そうなれば、リュンクス様は伯爵になられて、無事に弟君の成人を見届けられた貴女様は、晴れて王太子妃ですね。王太子殿下も立太子の礼を終えられていますから、殿下が是非にと望めば、お断りできませんわ」
「ローナ……ぁああ……」
いっそ情けない顔をしたルイーズに、ローナは澄ました顔である。
王太子と王子たちとの話に、ルイーズとリュンクスは、最も信頼を置く剣の師ソロとローナには話してあった。
あくまで時間稼ぎの行為であるし、ロワが政権争いに加担する訳でもない。親類一同に知らせれば話はややこしくなるに違いなく、半年ほどの事なので内々におさめる事にしたのだ。
それでもソロは大騒ぎになる事は目に見えていたからか良い顔をしなかったし、ローナも同様であったが、最終的には自分達の身を護る為になると納得してくれた。
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「でしたら、レオンハルト殿下で慣れると良いですわ。殿下は立場上かなり相手は慎重に選ぶ方ですから、間違いなんて起こさないと思います」
「……? 何だか殿下の事を良く知っているように話すね」
ルイーズが目を瞬くと、ローナは一瞬言葉に詰まり、曖昧に笑った。
「昔、私は父様と王都で暮らしていたからです。色々と噂話を聞いたりしたんです」
「そうなの。きっとろくでもない噂だっただろうね」
「いいえ、そうでも無いですわ。むしろ貴女様がそこまで敬遠する理由が、分からないくらいです」
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