王子様は恋愛対象外とさせていただきます

黒猫子猫(猫子猫)

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22 売られた令嬢

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 アルエは何とか笑いを堪えつつ、更に告げた。

「でも、君達は田舎から出て来たばかりだし、僕の力を知るロワ家の人々はそれどころじゃない感じだったから、今回の一件に加担しているとはあまり思っていなかった。どちらかと言えば、疑わしいのはジェイドとグルナだね」

「突然後見を申し出てきたグルナであれば分かりますが、ジェイド家は王太子殿下の最大の支援者ではないのですか?」

 レオンハルトの生母の実家である。
 幼い頃から彼の後見となって来たし、即位すれば縁戚になるのだから、彼らに損は無いはずだ。レオンハルトを廃嫡させようと試みるものだろうか。

 ルイーズの疑問はもっともであったが、レオンハルトは顔をしかめる。

「確かにジェイド家は俺の後見だが、最大の支持者と言うのは語弊があるな。現に、近年ジェイド家の連中は、俺と距離を取るようになっている」

「何か心当たりがおありに?」

「特にない」

 レオンハルトは一蹴したが、それが全てでは無い事を、ルイーズは言外に感じ取る。

 だが、仔細を突っこんで聞こうとも思わなかった。
 権力の中枢は駆け引きの多い世界だ。たやすく口外できない事もあるだろうし、自分や弟達は完全な部外者だから尚更だろう。

「では、引き続きジェイド家とグルナ家を探られるのですね」

「散々やったが、どちらも尻尾を掴ませないからな。違う手段を取る事にした―――つまり、ロワ家だ」

「……どういうことです?」

「五大家の内、他の二家はそれぞれ俺とアルエについた。つまり丁度五大家は今二分して拮抗している状態だ。そうなると、ロワがどちらにつくかという事になる……なんだ、その迷惑そうな顔は」

 思い切り顔をしかめたルイーズに、レオンハルトが軽く睨む。

「迷惑そうではなく、迷惑なんです」
「では、諦めるんだな」

 あっさりと容赦なく言い切って、彼は逃避を許さない。ルイーズもまた嘆息した。

「……ロワが王太子殿下の支持を公にすれば、よいという事ですか」

 アルエは王位が欲しい訳でもないようであるし、兄を慕ってもいるようだ。
 レオンハルトの素質は知らないが、王太子として任じられ、順当にいけば彼が王位を継ぐことが最も適当である。無駄な血を流す必要など無い。

「そんな事をしたら、間違いなくお前は消されるぞ」

「…………はい?」

 思わず耳を疑ったルイーズに、レオンハルトは淡々と告げた。

「今回、アルエの支持に回ったモールス家は、以前は俺が王位を継ぐのが一番だと特に異議も唱えていなかった。それどころかグルナ家がアルエの後見に回った事を知った当主は、先々国が二分するのを恐れて、いち早く俺の支持を表明しようとした」

「……お待ちを。確か、モールス家のご当主と言えば、半年ほど前に事故で亡くなったとか……」

「そうだ。どこをどう調べても、完璧な事故だった」

「…………」

「だが、当主の息子の怯えは尋常じゃ無くてな。当主の座に就いて早々に、急に態度を変えてアルエの支持に回った」

 兄の言葉を継いで、アルエが憂いを帯びた目で言った。

「彼の心も読んでみようとしたけど、無理だった。彼の中は『自分も殺される』という思いで一杯で、後は僕の力を吹きこまれたのか、硬く閉ざしたきりだ。公の場にも出て来ない。当主の決定だからと一族も従ってはいるけど、その理由は誰も聞けていないらしい。ただ――――ジェイド家の人間と会った後、態度がおかしくなったと口を揃えた」

 リュンクスは眉をひそめた。

「ジェイド家は何と言ってきているのですか?」

「知らぬ存ぜぬだね。あそこの当主は狸だから、簡単に尻尾を掴ませない」

「確かに、何匹狸を飼っているか分からない御仁ではありますね」

 妙に納得してしまったリュンクスは、顔を顰めているルイーズを見返した。

「姉上。どうやら、王太子殿下とアルエ殿下の勢力で、丁度拮抗しているようです。迂闊に崩すと、恨まれますよ」

「それは困る。貴方をモールス家のご子息と同じ目に遭わせる訳にいかないわ」

「まずご自分の身を案じてくださいませんか」
「だって、私なんて所詮貴方が伯爵位を継ぐまでの仮初の立場だよ。私をどうこうした所で、半年も経てば貴方に決定権が移るんだから無駄じゃない」

「それはそうですが……」

 それでも姉の身が心配なリュンクスは顔を曇らせたが、それを黙って聞いていたアルエが、ふと顔を明るくした。

「そうか……そうだね、君達は直ぐに代替わりするんだよ」

 ルイーズは目を瞬いた。それは今に始まった事ではないし、既に周知の事だからだ。

「左様ですが。殿下……?」

 問いかけた彼女は、天使のような微笑みが、初めて悪魔の笑みに見えた。それでも可愛いから許したくなるが。

「ルイーズさん。やっぱり、君の弟は僕が貰うよ」
「なにをおっしゃいます!?」
「僕の教師役にでもなって貰おうと思うんだ。そして、彼を僕に近い所に置いておく」

 目を丸くするルイーズに変わって、王子の考えを理解したリュンクスが心底嫌そうな顔をした。

「お言葉ですが、殿下。それならば私ではなく、姉でもよろしいかと存じます」

「それじゃ駄目だよ。だって、君は半年も経てば伯爵になる。そんな男が兄上の傍にいる事になったら、ロワは兄上についたと見られるよ」

「…………」

「大事なのはね、ロワが兄上と僕、どちらに付いたか分からなくする事だよ」

「……それでも稼げて半年ですよ。私が伯爵位を継げば、同じ事の繰り返しになる」

「時間稼ぎさ。それに、半年あれば十分。それより前に立太子の礼が行われるからね」

 リュンクスは苦い顔をしながらも、黙るしか無かった。
 二人の話を聞いていたルイーズもまた、アルエ王子が何を待っているのかを理解した。

 ラヴール王国の王位を継ぐために必要な手続きは、実は二回ある。

 一度目は、王にもしもの事があった場合に備え、幼少であっても、王太子として先に任じるものだ。
 これが立太子の儀と言われる。これにより、王太子となった者は次期王位継承者として必要な教育を受け、成長に伴って政務を行うなどの権限も与えられ始める。

 ただ、幼少の頃に指名された王太子が、必ずしも真っ当に育つとは限らない。故に、二度目の立太子の礼までの間に、その者の素質を見定める期間が設けられている。

 その間は、王と貴族達でなる議会の判断で、容易く廃嫡される不安定な身である。

 逆に立太子の礼を終えれば、王太子は王に次ぐ者として全権を与えられる。
 余程の事が無い限り廃嫡する事は出来ず、仮にそうなる恐れがある時には、公然と歯向かう事も許されている。

 これは、王太子の立場を護る為と言うよりも、王の専横を防ぐためという趣が強い。

 レオンハルトはこの礼を、この秋に控えている。つまり、リュンクスの誕生日の直前だ。

 ルイーズは、頷いた。

「礼を終えてしまえば、五大家がどう暗躍しようとも容易く揺るがせることは出来ませんね」

「そういう事だよ。だから、この半年で動いてくる。兄上に全権を持たせる前にだ」

「なるほど……そこでリュンが殿下にお仕えするようになれば、彼らを惑わせる事になるでしょうが……一つ大きな問題がございます」

「なあに? ルイーズさん」

 にっこりと微笑む少年に、ルイーズは顔を引きつらせた。
 リュンクスが抗議した意味を彼女は理解しつつある。

 だから言いたくなくて、だが現実を見ようと、レオンハルトを見返せば、彼は彼で甚だ不本意だと言わんばかりの目で睨んできた。

「言っておくが、俺も不満だ」

「結構です。あまり私に近付かないで頂けますか?」

「さっきから俺は一歩も動いて無いだろうが!?」

 レオンハルトの抗議を無視して、ルイーズは半ば懇願する目でアルエを見返した。

「殿下、とても無理です!」

「妙案だと思うよ。君は、兄上の美貌や地位に目が眩んで媚びるような女でも無いし、野心家でもない。好みでもないようだしね。どちらかというと何故か兄上を苦手としている。だから、つかず離れず、適度な距離を保っていられるだろう。そして、君の家格からして、君は王太子妃になるのに十分な立場にある」

「王太子妃!」

 この世の終わりのような絶叫をするルイーズの真っ青な顔に、レオンハルトは更に顔を顰めたが、彼女はそれどころではない。傍目からも分かるほど狼狽する姉に、リュンクスがすかさず慰めた。

「ありえませんから、大丈夫ですよ、姉上」

「そ、そうだよね……そうだよね!?」

 弟に縋る勢いの彼女に、リュンクスは強く頷いた。

「はい。王太子妃には、王太子殿下に良くお似合いな女性がなられる事でしょう。断じて、間違いなく、姉上ではありません」

「リュン……」

「いつも言っているではありませんか。姉上には可愛らしくて優しく、大人しくて小柄な男が似合いです」

「うん……うん」

 優しく宥めるリュンクスの弁を聞いていたアルエは、もう笑いが止まらない。眉間に皺を寄せているレオンハルトを見返した。

「一つも兄上に当てはまらないのが凄いですね。彼の考えた、兄上にお似合いな女性を具体的にお教えしましょうか?」

「黙れ。どうでも良い」

 苛々としたように吐き捨てて、冷静さを取り戻したらしいルイーズに、彼は口を開いた。

「お前のような女に手を出すほど、俺も堕ちていないから安心しろ」

「それは奇遇ですね」

「この……っまあ、良い。アルエの言う通り、お前の家格だけは良いんだ」

「はい、家格だけは!」

 強調するルイーズに、レオンハルトは強く頷き返してやった。

「だから、仮初の伯爵という微妙な立場にいるはずのお前が王太子妃になりえると言う事で、無視できない立場になる。弟が将来の伯爵なら、姉は王太子妃だ。それこそ、ロワがどちらに付いたか分からなくなるだろう」

「……そうなりますねえ」

「どの道、何もしなくてもロワは勢力争いに巻きこまれる。それなら、俺と弟の傍にいたほうが賢明だ。この宮は一見人寂しいが、目が無い訳では無い。むしろ、最小限に絞ってある分、不審者がいれば直ぐに露見する」

 それはルイーズも頷けるところだった。目に見える場所にいるだけが護衛では無いし、現にアルエの背後でずっと息を潜めている者達もいる。自分達のこんな会話を聞いても一切の気配を感じさせず、全く反応すらしない彼らは、かなりの鍛錬を重ねた者達だ。

 そんな護衛に囲まれているアルエの傍にリュンクスを置くことは、安心材料でもある。
 だから、ルイーズは嘆息した。

「では、私は王太子殿下にお付き合いするしか無いのですね……」

「そうなるな。傍目から見ていてもあからさまな程、寵愛してやるから覚悟しろ」

 にやりと笑ったレオンハルトは、それこそ王宮の令嬢たちが顔を真っ赤にして卒倒しそうな程の妖しげな色香を放ったが、ルイーズの反応は真逆である。

 血の気の引いた、今からげっそりとやつれた顔で、盛大にぼやいた。

「売られていく子牛の気分です」
「死ぬよりマシだろう」
「…………」

 さてどっちだろう。

 ルイーズは真剣に悩んだ。

「考えるな! どこまでも失礼な奴だな!」

 そう言って、レオンハルトは、また笑っているアルエを睨みつけ、冷ややかな視線を向けて来るリュンクスを睨み返したのだった。
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