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21 心の奥
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睨み合うレオンハルトとルイーズに、アルエがまた吹き出しそうになり、懸命に堪えつつ、澄ました顔をしているリュンクスに話を振った。
「君の姉上は、とても愉快な人だね」
「ええ、素直な方ですよ。それは私が保証します。ですから、姉を試すような真似は止められた方が良いですよ、時間の無駄ですから」
「君も、本心のようだね。姉君に言われた武官達では無く、僕や兄上を質にとってでも姉上を護ると思うだけはあるよ。手向かうと斬られそうだったしね」
「まさか。そんな事をしてしまったら、私は反逆者ではありませんか」
優美に微笑むリュンクスが、それと同時に心で思った返答を読んだアルエは、小さくため息をついた。
「そんな風に僕の力を使わないでよ。何の証拠にもならないからね」
「結構な事です」
「そうでも無い。だから、厄介なんだよ――――」
そう言って、兄と睨み合っているルイーズに視線を戻す。
「兄上が僕を軽んじているように見せかけているのは、故意だよ。この王宮で僕の事を誰よりも案じてくださっているのは、兄上なんだから」
「どうして、そのような事をされているのですか」
「それはね、兄上を王太子の地位から引きずり降ろして、僕を据えようとする馬鹿な連中がいるからさ」
ルイーズは目を瞬いて、苦々しい顔をしているレオンハルトを見やり、頷いた。
「成る程。それで努力不足だと猛省されている訳ですね」
「お前な……っ……まあ、良い―――」
話が進まないと思い直したのか、レオンハルトは苦情をぐっと堪える。
「―――事の発端は、グルナ家が突然弟の後見を申し出て来たことだ。父上が何度も固辞したが、何だかんだと理由をつけられて、結局押し切られた」
「……殿下も王族ですし、後見を得られる自体は問題ないのではありませんか?」
「大ありだ。アルエはこういう政争に巻き込ませないために、故意に弱い立場に置いてきた。腹の内を探られるのが困る奴なんて、腐る程いるからな。異能の力は、それだけ危険が大きい」
これに眉をひそめ、異論を唱えたのはリュンクスだった。
「お言葉ですが、殿下が心を読まれる事は、王宮でかなり噂になっていますよ」
「ああ、漏らされたんだ。弟の力を知っているのは、王宮でもほんの一握りだった。弟の世話をする女官や侍従、護衛官達は全員白だった―――」
彼らはアルエが幼い頃から傍にいる者達ばかりで、彼の異能を知っても恐れずに長年仕えている忠誠心の持ち主である。
それでも念の為に調べ、またアルエ自身も彼らの心中を本意では無いが読んだが怪しい者は誰一人として現れなかったのだと言う。
「―――方々手を尽くして調べた結果、残ったのが五大家だ。挙動がおかしいのは、グルナとジェイド、そしてロワ」
ルイーズとリュンクスは思わず顔を見合わせたが、失笑気味にアルエが言った。
「実は、君達の家が一番良く分からなかったんだよ。君達は田舎から出て来たばかりで、社交場なんてこの間の夜会が初めてだった。リュンクスは王宮に出仕しているけど、隙が全く無かったからね。かといって、縁戚の心中を探ってみても、まあ……ぐっちゃぐちゃで」
嘆息するアルエに、ルイーズは目を瞬く。
「恐れながら殿下、それはどういう事でしょうか」
「人って冷静になると、考えたり、逆に見直したり、自身を見つめ返す事が出来るでしょう? 逆に、激しく動揺したり、窮地に立たされると思考が中断する事はままある。僕は心を読めるけど、本人の精神状態に大きく影響を受けるんだよ。大混乱を起こしている人の心は、大混乱のままだからね」
「ははあ……心の中を全て読める訳では無いのですね」
「僕が簡単に読めるのは、実はほんの一部の上辺だけなんだ。人って何か大きな秘密を抱えると、心の底に仕舞ってって言うでしょう? それと同じで、奥に秘めているものは、その人が許してくれないと中々読めるものじゃないんだよ。だから、探りを入れたい時は、上辺に出てきている断片的なものを匂わせたりする訳さ」
「閉ざされている事は分かるのですか?」
「それくらいはね。勿論、そう言う人の全部が二心を抱えている訳じゃない。ただ単に自制心が高くて、沈着冷静で隙の無い人なんて、読み難いね。例えば君の弟みたいな人だよ」
「恐れながら殿下、リュンはとても素直な良い子ですよ?」
「誉めているんだよ。彼が野心家でも何でも無いのは、君と一緒にいる時に良く分かったから」
ルイーズは目を瞬き、優美に微笑んでいるリュンクスを見返した。
「リュン。私が一緒にいると、何か貴方に影響があるみたいなんだけど、大丈夫?」
「勿論ですよ、姉上。姉上がいらっしゃると、こんな王宮でも至上の楽園のようです」
さらりと言い切ったリュンクスに、ルイーズは安心して顔を和らげたが、黙って聞いていたレオンハルトは顔をしかめ、アルエに言った。
「おい、今こいつ、さらっと『こんな王宮』と言いやがったぞ」
「薄汚い溝鼠の集まりのような、が付きましたよ、兄上」
「……容赦ないな。リュンクスが王宮に出仕して、何人視線だけで凍死させられたか、きりがない」
レオンハルトは閉口しつつ、二人の世界を作り出しつつある姉弟に言った。
「ロワ家の連中の心中がズタボロなのは、アルエが断片的に読み取った所によれば、お前達が原因だと分かった。だから、お前らの動向を探ったんだ」
ルイーズは改めてレオンハルトを見返して、平然と言い切った。
「それは、ご苦労様でした。何か分かりました?」
「ああ……お前が嫁の貰い手があるのかと、親類一同全員から思われている理由が良く分かった」
「な……っ!?」
思わずアルエを見返せば、少年が笑って頷いている。
「面白いよね。彼らは君達姉弟をどうしたものかとか、色々それぞれ悩んでいるんだけど、君の嫁ぎ先という事だけは全員が心配していた」
帰ったら全員に改めて文句を言おうとルイーズは固く誓った。
「君の姉上は、とても愉快な人だね」
「ええ、素直な方ですよ。それは私が保証します。ですから、姉を試すような真似は止められた方が良いですよ、時間の無駄ですから」
「君も、本心のようだね。姉君に言われた武官達では無く、僕や兄上を質にとってでも姉上を護ると思うだけはあるよ。手向かうと斬られそうだったしね」
「まさか。そんな事をしてしまったら、私は反逆者ではありませんか」
優美に微笑むリュンクスが、それと同時に心で思った返答を読んだアルエは、小さくため息をついた。
「そんな風に僕の力を使わないでよ。何の証拠にもならないからね」
「結構な事です」
「そうでも無い。だから、厄介なんだよ――――」
そう言って、兄と睨み合っているルイーズに視線を戻す。
「兄上が僕を軽んじているように見せかけているのは、故意だよ。この王宮で僕の事を誰よりも案じてくださっているのは、兄上なんだから」
「どうして、そのような事をされているのですか」
「それはね、兄上を王太子の地位から引きずり降ろして、僕を据えようとする馬鹿な連中がいるからさ」
ルイーズは目を瞬いて、苦々しい顔をしているレオンハルトを見やり、頷いた。
「成る程。それで努力不足だと猛省されている訳ですね」
「お前な……っ……まあ、良い―――」
話が進まないと思い直したのか、レオンハルトは苦情をぐっと堪える。
「―――事の発端は、グルナ家が突然弟の後見を申し出て来たことだ。父上が何度も固辞したが、何だかんだと理由をつけられて、結局押し切られた」
「……殿下も王族ですし、後見を得られる自体は問題ないのではありませんか?」
「大ありだ。アルエはこういう政争に巻き込ませないために、故意に弱い立場に置いてきた。腹の内を探られるのが困る奴なんて、腐る程いるからな。異能の力は、それだけ危険が大きい」
これに眉をひそめ、異論を唱えたのはリュンクスだった。
「お言葉ですが、殿下が心を読まれる事は、王宮でかなり噂になっていますよ」
「ああ、漏らされたんだ。弟の力を知っているのは、王宮でもほんの一握りだった。弟の世話をする女官や侍従、護衛官達は全員白だった―――」
彼らはアルエが幼い頃から傍にいる者達ばかりで、彼の異能を知っても恐れずに長年仕えている忠誠心の持ち主である。
それでも念の為に調べ、またアルエ自身も彼らの心中を本意では無いが読んだが怪しい者は誰一人として現れなかったのだと言う。
「―――方々手を尽くして調べた結果、残ったのが五大家だ。挙動がおかしいのは、グルナとジェイド、そしてロワ」
ルイーズとリュンクスは思わず顔を見合わせたが、失笑気味にアルエが言った。
「実は、君達の家が一番良く分からなかったんだよ。君達は田舎から出て来たばかりで、社交場なんてこの間の夜会が初めてだった。リュンクスは王宮に出仕しているけど、隙が全く無かったからね。かといって、縁戚の心中を探ってみても、まあ……ぐっちゃぐちゃで」
嘆息するアルエに、ルイーズは目を瞬く。
「恐れながら殿下、それはどういう事でしょうか」
「人って冷静になると、考えたり、逆に見直したり、自身を見つめ返す事が出来るでしょう? 逆に、激しく動揺したり、窮地に立たされると思考が中断する事はままある。僕は心を読めるけど、本人の精神状態に大きく影響を受けるんだよ。大混乱を起こしている人の心は、大混乱のままだからね」
「ははあ……心の中を全て読める訳では無いのですね」
「僕が簡単に読めるのは、実はほんの一部の上辺だけなんだ。人って何か大きな秘密を抱えると、心の底に仕舞ってって言うでしょう? それと同じで、奥に秘めているものは、その人が許してくれないと中々読めるものじゃないんだよ。だから、探りを入れたい時は、上辺に出てきている断片的なものを匂わせたりする訳さ」
「閉ざされている事は分かるのですか?」
「それくらいはね。勿論、そう言う人の全部が二心を抱えている訳じゃない。ただ単に自制心が高くて、沈着冷静で隙の無い人なんて、読み難いね。例えば君の弟みたいな人だよ」
「恐れながら殿下、リュンはとても素直な良い子ですよ?」
「誉めているんだよ。彼が野心家でも何でも無いのは、君と一緒にいる時に良く分かったから」
ルイーズは目を瞬き、優美に微笑んでいるリュンクスを見返した。
「リュン。私が一緒にいると、何か貴方に影響があるみたいなんだけど、大丈夫?」
「勿論ですよ、姉上。姉上がいらっしゃると、こんな王宮でも至上の楽園のようです」
さらりと言い切ったリュンクスに、ルイーズは安心して顔を和らげたが、黙って聞いていたレオンハルトは顔をしかめ、アルエに言った。
「おい、今こいつ、さらっと『こんな王宮』と言いやがったぞ」
「薄汚い溝鼠の集まりのような、が付きましたよ、兄上」
「……容赦ないな。リュンクスが王宮に出仕して、何人視線だけで凍死させられたか、きりがない」
レオンハルトは閉口しつつ、二人の世界を作り出しつつある姉弟に言った。
「ロワ家の連中の心中がズタボロなのは、アルエが断片的に読み取った所によれば、お前達が原因だと分かった。だから、お前らの動向を探ったんだ」
ルイーズは改めてレオンハルトを見返して、平然と言い切った。
「それは、ご苦労様でした。何か分かりました?」
「ああ……お前が嫁の貰い手があるのかと、親類一同全員から思われている理由が良く分かった」
「な……っ!?」
思わずアルエを見返せば、少年が笑って頷いている。
「面白いよね。彼らは君達姉弟をどうしたものかとか、色々それぞれ悩んでいるんだけど、君の嫁ぎ先という事だけは全員が心配していた」
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