王子様は恋愛対象外とさせていただきます

黒猫子猫(猫子猫)

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10 策士

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 改めてアルエ王子を見返すと、少年の目はどこか冷たいものに変わっていた。口元は先ほどと同じ優しい笑みを浮かべているにも関わらず、距離をとられたように感じる。

「成る程? 貴女は中々の策士かな」
「策……でございますか―――」

 言われている真意は分からないが、策士とまで言わなくても、策を練るのは不得意では無い。
 むしろ、得意な部類に入る。

 自分と弟の師匠であるソロは、いわゆる万能の人だった。
 自分達は彼から様々な事を学んだが、いつも弟と同じ指導を受ける訳では無かった。背丈は同じでも、男女の差と言うものはどうにもならず、ルイーズは弟よりも力が劣る。

 だから、師はルイーズには積極的に策略を教えこんだ。
 直接戦う事よりも、敵の隙を突き、混乱を招く手段だ。姉が敵を混乱に陥れ、武で勝る弟が一気に敵を叩く。それが姉弟の常套手段だった。

「―――確かに、不得手な方ではございません。貴族の家に産まれた者の習いでしょう」
「それもそうだね。でも、それを言ってしまう所がまだまだ甘いと思うけど」
「さようですか」

 ルイーズは目を瞬いた。

 武芸をたしなむ事は、王都であまり口外しない方が良いらしい。
 なるほど、確かに夜会に来ても、誰も彼も煌びやかな格好をして優雅に微笑み、戦場を匂わせるような言動は誰一人としていない。

 無粋なのだろう。

 家格はともかくとして、領主となる貴族は領内を守護する義務があると、ルイーズとリュンクスはソロから厳しく教わった。

 姉弟が育った田舎も治安が悪い訳では無かったが、そうは言っても敵国との国境線に近いという事もあって、野盗や不法侵入が後を絶たなかった。

 ソロと彼に付き従って来た十数人の使用人達、そして姉弟達の護衛の兵士達と共に、何度となく敵を追い払ったものだった。

 だが、それは貴族の責務である。確かにアルエの言う通り、大っぴらにするものでもない。

「勉強になりました」

 自分よりも遥かに年下なのに、しっかりした少年だ。

 ルイーズの好感度はうなぎのぼりであり、満面の笑みを浮かべる彼女に、アルエはまた困惑した顔をした。

「……本心みたいだね」
「勿論です」

 きっぱり言い切ったルイーズに、アルエは小さくため息をつき、必死で笑いをこらえているリュンクスを軽く睨んだ。

「何がおかしいのかな」
「いいえ」

 優美な笑みを零すリュンクスに、アルエは更に追及してやりたくなったが、ルイーズが少年を放っておかなかった。

「殿下は、私達のような田舎者にも、丁寧に物事を教えて下さるなんて、本当にお優しいですね!」

「いや、別に僕は何も教えてないんだけど……でも、貴女達は不思議だね。つい最近王都に出て来たばかりだというのに、所作が鄙びた所が全く無い」

「滅相もありません。弟ともども必死でとりつくろっているだけですよ。そう出来るのも、師のお陰ですが」
「へえ、良い教師に恵まれたのかな?」
「はい、とっても」

 ルイーズは即答したが、リュンクスは何とも複雑そうな顔をしている。アルエがそれを視線で問うと、彼はその理由を教えてくれた。

「確かに、私達の師はとても優れた御仁です。ですが、相手が老若男女、誰であっても手を抜きません。その為、我々は実に逞しく育ったといっても過言ではないでしょう」

「誉めている……訳じゃなさそうだね」

「姉を鍛える過程で、散々泣かせた男ですからね」

 リュンクスの笑みはそれはもう極寒である。ルイーズはそれを見て、苦い顔をした。

「そういう事を言わないの。加減はいらないと言ったのは私なんだから」

「分かっていますよ。ですが、それも時と場合によると思います。私は教師として尊敬はしていますが、男としては最低だと思っています。いつか必ず叩きのめします」

「貴方もまだまだ子供だね」
「姉上」

 雷が落ちてきそうな気配を感じて慌てたルイーズは、アルエに逃げた。

「殿下は、お勉強はお好きですか?」
「好きでも嫌いでも無いね。でも、僕の教師は長続きしてくれないから困るけど」
「長続きしない……?」

 まだ年若い王子である。
 学ぶ事は多いだろうに、教師が早々に辞めてしまうと言うのは一体どう言う事だろう。困惑するルイーズに、少年は少し寂し気に笑った。

「僕のせいだね」

 それを聞いて、ルイーズはぴんと来た。

「分かりました。殿下があまりに可愛らしいからですね!」

「ええと……」

「教師達も気になって仕方が無いのでしょう。ですが、お気を落とさないで下さい。それは、宿命です」

 真顔で言いきられ、アルエは真剣に反応に困った。

 どこをどう見ても、彼女が本気だったからだ。 

 だから、とうとう返す言葉に迷ったが、返答する必要はなくなった。

「――――ずいぶんと楽しそうだな」

 低い男の声が、ルイーズの背後からしたからだ。

 その声音は低音のバリトンで、どこか色っぽい声音だ。

 無駄に色香を放つ男の声に、ルイーズは心外ながら覚えがあった。
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