王子様は恋愛対象外とさせていただきます

黒猫子猫(猫子猫)

文字の大きさ
上 下
7 / 26

7 三倍まし

しおりを挟む
 そんな矢先、王太子の登場で華やいでいた会場の空気が一気に冷めたものになり、ざわめきに変わった。

 怪訝に思って人々の視線を追うと、遅れてやって来た一人の少年がいた。

 王族という身分にありながら同伴者さえおらず、彼はただ一人だった。

 国王と王太子たちが大歓迎された後であったために、尚更、現れた少年への周囲の態度の差が目立つ。

 男達は険しい表情を浮かべ、あからさまに視線を逸らす者もいた。
 令嬢達は引きつった顔を扇で隠して視線を逸らし、少年がただ近くを通っただけで、後ずさりする者もいた。

 明らかに存在が浮いていて、誰一人として少年を歓迎していない。

 少年が国王や王太子と共にやってくればここまで冷遇もされなかっただろうが、同行はしなかった。
 父や兄達から煙たがられ、拒絶されたのかもしれない。そんな空気すら滲ませていた。

 少年は、自分への不躾な視線に対して、何ら感情を示さなかった。

 顔立ちは兄同様に整った美貌の主であるにも関わらず、無表情で周囲をじろりと見やる不躾さや、肌の色も青白くておよそ不健康な印象が、陰鬱さを感じさせた。

 少年は遠くで令嬢達に囲まれている兄の王太子を一瞥し冷笑を浮かべると、彼や父王から最も離れた窓の片隅に立った。

 そんな彼を見ていたリュンクスは、顔をしかめるのをこらえた。

(……ここまであからさまとはな)

 王宮に出仕するようになって、弟王子の悪評は耳に入っていた。それ故に、父王や兄王太子からも冷遇されていると専らの噂だ。
 母親は低い身分であり、既に他界しており、彼はただ国王が父親だと言うだけの者だった。

 将来を嘱望されている訳でもない。
 既にレオンハルトが王太子として、次期国王としての地位を確固たるものにしつつあるからだ。王妃の座を狙う令嬢達にとっては、後回しにされる相手である。

 リュンクスは、少年が周囲から忌避される理由がそれだけでは無い事も知っていたが、それにしても誰も彼も酷い態度だと義憤にも駆られている。

 だが、自分は田舎から出て来たばかりであるし、今伯爵家を背負っているのは姉である。

 勝手な振る舞いは出来ないのだが、それでも姉に口添えをしても良いだろうか――――。

 そんな葛藤をしながら、リュンクスが改めて姉を見た時、彼は呆気に取られた。

「あ、姉上……?」

「……リュン。わ、私は変かしら」

「は?」

「勿論こんな格好をしているから、変わっていると思われても致し方ないのだろうけれど、それ以外は大丈夫かしら!」

 真剣そのものの姉の顔が心なしか火照っている。

 いつもなら眼光鋭い漆黒の瞳が、不安もあるのか少し潤んでいた。実の姉でなければ即刻口説きたくなる程の美しさだが、彼女らしからぬ動揺ぶりである。

「姉上はいつもよりも三倍増しでお美しいと思いますが……」

「三倍くらいは、マシなのね!?」

「いや……姉上?」

「ああ、リュン。どうしよう。声をかけても良いと思う? あの面倒……っごほん! 王太子殿下よりも先に話しかけるのは失礼よね。待った方が良いかな!?」

 今、間違いなく王太子を面倒臭いと言ったな、とリュンクスは思いつつ、驚きを隠せない。

「殿下方はご令嬢の応対に忙しいようですし構わないと思いますが……、アルエ殿下とお話がしたいのですか?」

「もちろん。私は、今日そのためだけに来たようなものよ!」

 夜会への参加にも妙に乗り気であったのは、この為か。

 落ち着きなさげにアルエを気にする姉に、リュンクスはふと合点が行った。

「よもや、姉上が以前見かけられたと言うのは、アルエ殿下のことでしたか」

「そうなのよ! もう……何というか、後光が見えたわ!」

 頬を染めて、バシバシとリュンクスの肩を叩くルイーズは、さながら恋する乙女である。

 しかも、痛い。

 自分と一緒に師に鍛え抜かれた姉は、見かけ以上に力も強いのだ。

「ああ……納得しました。失礼しました。おかしいと思ったんですよ、姉上の好みとは真逆の方でしたから」

「さっきから、一体何の話をしているの?」

「何でもありません。アルエ殿下は今お手すきのご様子ですし、参りましょう。声をかけていただけるといいですね」

「う、うん!」

 手に汗握るように服の裾を握りしめる姉に、リュンクスは目を細めた。

 アルエならば、彼も不穏な感情を抱かなかった。十も年が下の少年は、姉の恋人にはならないからだ。

 だから、リュンクスも心穏やかに、少年の元に歩み寄った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

聖女のわたしを隣国に売っておいて、いまさら「母国が滅んでもよいのか」と言われましても。

ふまさ
恋愛
「──わかった、これまでのことは謝罪しよう。とりあえず、国に帰ってきてくれ。次の聖女は急ぎ見つけることを約束する。それまでは我慢してくれないか。でないと国が滅びる。お前もそれは嫌だろ?」  出来るだけ優しく、テンサンド王国の第一王子であるショーンがアーリンに語りかける。ひきつった笑みを浮かべながら。  だがアーリンは考える間もなく、 「──お断りします」  と、きっぱりと告げたのだった。

好きな人の好きな人

ぽぽ
恋愛
"私には10年以上思い続ける初恋相手がいる。" 初恋相手に対しての執着と愛の重さは日々増していくばかりで、彼の1番近くにいれるの自分が当たり前だった。 恋人関係がなくても、隣にいれるだけで幸せ……。 そう思っていたのに、初恋相手に恋人兼婚約者がいたなんて聞いてません。

すべてを奪われた少女は隣国にて返り咲く

狭山ひびき@バカふり160万部突破
恋愛
サーラには秘密がある。 絶対に口にはできない秘密と、過去が。 ある日、サーラの住む町でちょっとした事件が起こる。 両親が営むパン屋の看板娘として店に立っていたサーラの元にやってきた男、ウォレスはその事件について調べているようだった。 事件を通して知り合いになったウォレスは、その後も頻繁にパン屋を訪れるようになり、サーラの秘密があることに気づいて暴こうとしてきてーー これは、つらい過去を持った少女が、一人の男性と出会い、過去と、本来得るはずだった立場を取り戻して幸せをつかむまでのお話です。

交換された花嫁

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」 お姉さんなんだから…お姉さんなんだから… 我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。 「お姉様の婚約者頂戴」 妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。 「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」 流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。 結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。 そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

処理中です...