猫になった悪女 ~元夫が溺愛してくるなんて想定外~

黒猫子猫(猫子猫)

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魔術師達の大作戦【後編】

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 絶句するルベウスに、長官は同情的な目を向けながら、慌てて言った。

「癒し手であったから、ルベウス様とご結婚された訳ではないと思います。これは運命だと狂喜乱舞する我々をみて、ディアナ様はもの凄く困った顔をされていましたので!」
「……それは慰めになっていないぞ」
「も、申し訳ありません」

 長官は汗を拭いながら、更に続けた。

「これは推測でしかありませんが……ディアナ様は、あまり長く生きていたくもないと思われていた気がします。我々や宰相様は是が非でも生きていていただきたかったのですが……。申し上げにくいことですが、サフィロス王家の悪名は高く、人々から嫌われております。先代様の業を全て背負われて、そのまま逝かれるつもりであったのではないでしょうか。ディアナ様が最もお父君に傷つけられた方ですのに」

「…………。ディアナの魂を救う術が見つかったのは、四年前と言ったな?」

 ルベウスの目が鋭くなる。国民の窮状に見向きもせずに肥え太り、身体の病であっという間に死んだディアナの父親が亡くなった年だ。

 長官は小さく頷いた。

「ディアナ様の魂のお力は、先代様に搾取されたのです。そうでもなければ、先代様はもっと早く亡くなられていたでしょう」
「娘を犠牲にして、自分が生き延びようとしたのか」
「……そういう御方でした」

 ルベウスはぎりと唇を噛む。先代が悪名高かったせいで、実の娘であるディアナに向けられる目は最初から厳しかったはずだ。自分も虐げられた者だと明かせば、彼女も悪女と謗られずに済んだだろう。

 だが、ディアナはそうしなかった。国王を失い、少なからず混乱が生じた国を導く事に尽力したのだ。

 強張った顔のまま黙り込んだ彼に、長官は続けた。

「身体と魂は本来、長く離れて良いものではありません。それこそ身体という器がない魂は非常に傷つきやすいものですので、ディアナ様の魂がルベウス様の癒しの力を得ず、このまま身体に戻らなければどの道、どちらも死に至ります。先に身体が死に、魂もまた消え去るでしょう。その前に、魂となって放浪されているディアナ様を、ルベウス様に癒して頂ければいいのですが・…」

 ディアナが危篤状態に陥り、ルベウスは彼女の側に戻ってきた。彼の『癒し』の力は注がれたという態がとられ、そのかいもなくディアナの身体が死を迎えれば、彼が見捨てたということにはならない。その間にも、ディアナの遺言は着々と進み、滞りなく政務にあたる彼の名は高まる一方……という彼女が描いた筋書きが、ルベウスには理解できるようになっていた。

 魔術師たちは、身体が死ぬ前になんとか彼に魂を癒して欲しいと思っていた。さりとて、女王が口外を許さなかった。『助かりたくなったら、自分からすぐに触れて貰いにいくわ』と言っていたというが。

「ディアナが、自分から私の元に?」
「……全員、絶対にやる気はないなと思いました」

 むしろ、身体などさっさと死ぬべきだと考えていたに違いない。

 断言されたルベウスだが、猫になった彼女に逃げられそうになっていただけに、言い返せない。

「ディアナの身体から魂を取り出したといったな?」
「はい。身体という器を失い、剥き出しの状態となると、身を護ろうと防衛本能が働きます。何かしら仮初の身体を作り出すのです。当人が望んだ物になることが多いですね。しかし、ディアナ様は……教えてくださいませんでした」

「……なるほど」

 ディアナの魂が彼女の身体から抜け出てきた時、一同は見失うまいと必死で目を凝らした。ディアナはルベウスに治癒してもらう事に消極的だったが、こうなれば強引にでも彼の元に連れて行って、と考えてもいたのだ。

 しかし、彼女はそんな彼らの目論見など看破していたかのように、『じゃあね!』とばかりに、勢いよく飛び出して行ってしまったのだという。女王の箝口令があった上、彼女の魂も見失ってしまったので、彼らは頭を抱える日々だったのだ。

「人のような大きなものになる事は難しいでしょう。誰とも言葉をかわすこともできないはずです」
「確かに。何か言いたげではあるが……手段は全くないのか?」
「そうですね……」

 長官は部下に目配せし、自身の控室から小箱を取ってこさせて、ルベウスに渡した。蓋を開いてみると、サファイアのような大きな丸い石がおさまっていた。その隣には、銀色の腕輪が一緒におさまっている。

「これは魔術を込めた魔導器の一種でして、魂と対話するための道具です。腕輪はだいたいの人の腕に入るように作ってありますので、ルベウス様も問題ないかと思います。こちらの石をディアナ様に身に着けていただければ、お話ができるかと思います」

「ディアナの声が聞こえるのは、私だけか?」
「まぁそうなりますね」

「彼女が何を想っているかも?」
「まぁそうですね」

「……そうか」

 長官は目を瞬いた。ルベウスはなんで満更でもない顔をしているのだろうと思いながらも、最も聞きたかったことを彼に尋ねた。

「それで……ディアナ様は今どちらに?」
「リーリアに預けた。私よりも彼女の所にいた方が良いようだ」
「あぁ、なるほど! リーリアならば納得です!」

 全員が安堵したように笑顔になった。誰もルベウスの言葉を否定せず、『侍女の方がディアナの夫らしい』と言い放った宰相に続いて容赦なく追い打ちをかける。

 しかし、彼は挫けなかった。心を強くもつことにしたのだ。

「……これをつければいいんだな。分かった。魂を癒し、早く戻るよう話をしよう」
「申し上げにくい事ですが……やはりディアナ様は望んでおられないかと思います」

「ならば、王宮に戻ってこなかったはずだ。いつ踏み潰されてもおかしくない弱いものになって、ほそぼそと生きるのが苦しくなったのだろう。私に対して気まずさはあるかもしれないが、我慢して腕の中にいてくれた時もあった。戻りたくなったに違いない」

 大勢の人々にかしづかれて畏怖されていた女王が、薄汚れた猫になってしまった。さぞ、屈辱だっただろう。悔しかっただろう。王宮の庭で猫の姿になっていた彼女に初めて会った時も、ずいぶんと痩せていた。慣れない身体に苦労しているだろうし、食べ物も受けつけないものが多そうだ。

 そのままでいたくないと、思い直してくれたに違いない。

 複雑そうな顔をした彼らを怪訝に思いながらも、ルベウスは続けて断言した。

「彼女は賢明な女王だ。祖国に必要なのは私ではない」

 ルベウスが去っていくのを見送った長官は、深いため息を吐いた。

 ディアナは短命であることを知らされても、『では、王家ともども王国の歴史から消えるわ』と言い切った人である。彼女の潔さは、完璧な身辺整理をして去っていた事からもうかがえるはずだ。遺書も『明瞭簡潔で大変分かりやすく、あまりに事務的すぎる』と宰相が嘆いていたくらいだった。

 女王を元の身体に戻すのは、簡単なことではない。

「ところで、ディアナ様はいったい何になったのだ……?」

 一番肝心な事を聞きそびれた魔術師たちは、揃って頭を抱えた。
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