猫になった悪女 ~元夫が溺愛してくるなんて想定外~

黒猫子猫(猫子猫)

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魔術師達の大作戦【前編】

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 床に伏したディアナは意識がある間、ルベウスを呼び戻すことを固辞し続けた。彼女が危篤状態に陥った時になって、ようやく宰相の判断により彼に急使が派遣された。

 侍女リーリアは、ディアナの傍にいる事が許されなかった。

 いよいよ危ういからと医師たちに一度追い出されたせいだが、リーリアと入れ違いに、王家づきの魔術師達がディアナの寝室を訪れたのを目撃している。

 リーリアが次に入室を許された時には、ディアナの身体は恐ろしく冷たくなっていた。僅かに胸が上下して呼吸をしているのを確かめるまで、リーリアは彼女が死んでしまったと思うほどだ。
 傍を離れている間に、ディアナの容体が一気に悪化したのを感じて、自分を追い出した医師たちに凄まじい敵意を抱くと共に、魔術師たちにも疑念を抱いた。

 ディアナは自分の死を覚悟していたし、『不治の病よ』と話していた。ならば彼女に必要なのは医学であるはずだ。

 それなのに、なぜ魔術師が呼ばれたのか。

 リーリアは宰相に疑問をぶつけたが、彼はのらりくらりと躱して答えない。

 どうしたものかと思っていた時、天敵――――もとい、ルベウスに呼ばれ、ディアナの最後を聞かれた。リーリアは口をきくのも嫌だったが、何か解決の糸口になればと、仔細を話していた。

『魔術師達の様子が妙でしたわ』

 侍女の証言を受けたルベウスは、宰相やディアナの側近たちに尋ねてみたが、やはり誰も彼も『知らない』と言い張る。
 だが、格下の侍女ならば強く出て黙らせればよかったが、ルベウスは簡単ではない。鋭い眼光で彼らの挙動を見定める。彼らの目が僅かに泳いだのも、見逃すはずもない。
 嘘だとルベウスは気づいたが、問い質しても無駄だった。自分は王配だと初めて立場を使ってみても、彼らは頑として口を割らない。しつこく尋ねると、ようやく宰相が『女王陛下の命令です』とだけ答えた。

 ディアナは瀕死とはいえ、まだ生きている。主君の命は続いているといる理論である。

 ルベウスは諦めずにジェミナイに調べさせたが、空振りに終わった。分かったのは、魔術師達が王宮の一角にある彼らの研究室に立てこもり、何やら深刻そうな顔をして話し合っている姿が度々目撃されていることだけだった。ルベウスは彼らも問い詰めたが、やはり誰も何も言わなかった。

 そのまま、時だけが過ぎていってしまったが――――ルベウスは、ディアナに関して新たな情報を手に入れている。



 研究室を訪れたルベウスは、ジェミナイを下がらせると、魔術師たちを統括する長官を呼んだ。長年王家に仕えた老紳士だが、すでに顔がひきつっている。

「こ、これはルベウス様……何か御用でしょうか」
「ディアナに何があった」

「またそのご質問ですか。陛下のお身体が『仮死状態』になられたということ以外、我々でも何も分かりません」
「私がディアナに会ったと言ってもか」

「どちらにいらっしゃいましたか!?」

 長官はかつてない程の大声を出す。彼のみならず、室内で机に向かい、仕事をしている振りをしていた魔術師たちまでも椅子を蹴って立ち上がり、食い入るようにルベウスを見た。

 そんな彼らをルベウスが冷ややかに見返すと、全員が気まずげに目を逸らす。白状したも同然である。

「寝室だ」
「そ、そうですか……」

 罠にかけられたと思ったのか長官の顔が曇り、魔術師たちは失望を隠せない様子で座ったが。

「身体とは別の方とも会った」
「ルベウス様!」

 半泣きになった長官と、椅子から転げ落ちそうになった魔術師達を見据え、ルベウスは唸るように言った。

「教えてほしければ、いい加減、私に隠すのを止めろ」

 低い声に底知れぬ覇気を感じ、長官は息を呑む。ルベウスは王配となった後も傲慢になることもなく、以前と変わらず温厚な男だった。むしろ大人過ぎるくらいだ。容赦のない女王という目の上のたんこぶがいなくなってから、口さがない貴族たちが『あの軟弱者』と陰口を叩く事さえあった。

 しかし、この男はけして気が弱くない。周りが怯えるから、外に出さないだけだ。
 そして、忍耐の限界に達したらしきルベウスの目は、周囲を容易く圧倒する。

 もはや、隠し立てする事は不可能だと、長官は重い口を開いた。

「ディアナ様は今、身体から魂が抜け出してしまい、体の方は『仮死状態』にあるとお話いたしましたな」
「……あぁ」

 全ての命の身体には生命力の源となる『魂』が存在する。どれほど身体が健やかでも、魂を傷つけられ、もしくは穢されれば、長くは持たないというものだ。
 魔術師は生来、自分や他者の魂を見定める力に長け、ディアナがわずか十二歳で『貴女の魂は持ってあと十年だ』と彼らは見定め、彼女に伝えたという。

 まだ少女の頃から死の宣告を受けていたことを知ったルベウスは――――その日の夜はとても眠れず、妻の顔をずっと見つめてしまった。

 どんな思いで生きてきたのだろう。何を考えていたのだろう。そんな事を問いかけ、さりとて返事はない。

 ディアナと向き合わずにきたことへの後悔ばかりが募って、朝を迎えたものだった。

「十二歳になられた時、魂に大きな傷が見つかったディアナ様は、本来は二十二歳になられた今、お亡くなりになっていたはずでした」

 ルベウスは心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚えた。だが、長官の話の先を聞きたくて、冷静さを保ちながら頷いて応える。

「ですが……四年前、我々はまだこの世に留まれる術を見いだしたのです。ディアナ様は『転生などごめんだ』とおっしゃって渋っておられましたが、そうではありません。生と死を操ることは、神の御業。わたしどもが出来る事は、あくまで助力することだけです」

 医師は身体の病や傷を癒すが、患者の体力や生命力が治療の可否を決める。
 同様に、魔術師達は魂を助けはするが、やはり対象者が生来持ちうる力が頼りだ。

「……ディアナを仮死状態にしたのは、お前たちだったのか?」
「はい。ディアナ様のお身体を蝕んでいたのは、魂なのです。ですから、分離してしまえば、身体の治癒は進みます。我々はディアナ様の意識がなくなった後、魂を取り出させていただきました」

 長官の言葉に嘘がないことは、ルベウスがよく分かっていた。寝室で眠るディアナの身体は、リーリアが懸命に世話をしてくれていることもあって、日ごとに身体に肉もついてきていた。浅く弱い呼吸を繰り返していることを除けば、今にも目を覚まして動き出しそうにも見えた。

 だが、ディアナはそれでも瀕死である。仮死状態も長くは続かないからだ。

「ディアナは承知の上か」
「延命処置なんていらないと、ものすごく嫌がっておられましたが……最終的には渋々ながら受けてくださいました。その……魂の傷を癒す力の持ち主が一か月ほど前にやっと見つかったのです。それにも関わらず死なれると、後々大問題になると申し上げまして、ようやく」

「確かに。女王を見捨てた、と言われてもおかしくないからな」
「……はい。もしもうまくいかなくても、あくまで手を尽くしたが残念ながら……という態をとれれば、と重ねて説得しました」

「失敗を前提に話をしているように聞こえるが?」
「……そうでもなければ、ディアナ様は首を縦に振られなかったでしょう」

 長官だけでなく、魔術師達も全員が半泣きである。よほど説得は難航したらしい。ルベウスはため息を吐いた。

「ディアナは余程その癒し手とやらに、汚名を着せまいとしていたんだな」
「……さようでございます。なにしろ分かったのが……結婚された直後でしたので」

 四年前に、彼女の魂を救う術があると分かってから、魔術師達は必死で癒しの力を持つ者を探していた。その間にもディアナの身体はどんどん蝕まれ、彼らは焦った。国内だけでなく、国外にまで探索の手をのばして、何とかしようとしていた。
 だが、灯台下暗しともいおうか。よりにもよって、彼女が結婚した直後、その者の力が発動したのだという。

「いつ分かったかなんて、関係ないだろう。一刻も早く、ディアナの魂をその者に治癒させればいい」
「それが、そのう……」

「拒否でもしているというのか? それとも難しい術なのか?」
「いえ、難しくはありません。触れ合っていれば自然と回復を促せます……。一夜を共にしていただけたら、なおよかったかと」

「…………。治療のためだ、仕方がない」
「ですので、ディアナ様は絶対に嫌だと」

「……触れるだけなら、かまわない」
「それも、嫌だと」

 ルベウスは渋い顔になった。ディアナは他人から触れられるのを嫌い、世話役も限っていたという話を聞いていた。痩せた体を隠すためもあったのだろうが、いつも手袋をしていたし、ルベウスも彼女の身体に触れた事はない。それでも、自分の命がかかっていれば、少しは譲歩するものではないだろうか。

「よっぽど、その癒し手を嫌っていたのか?」
「そうではないような気もしますが……心の内を容易く明かされる方ではありませんでしたので、分かりかねます。ただ……自分も嫌だが、相手はもっと嫌だろうとだけおっしゃっていました」

「…………。ディアナは私が説得する。癒し手の方は脅してでも手伝わせる。拒否などさせない――――誰だ」

 ルベウスの気配はいよいよ物騒なものになってきた。

 しかし、魔術師達の目は泳ぎ、長官はもの凄く気まずそうな顔をして、答えない。煮え切らない態度を取る彼らにルベウスは苛立ちを増したが、ふと全員の視線が自分に集まったことに気づく。

「もしかして、ディアナに拒絶された癒し手というのは……私か?」

 全員が一斉に頷き、ルベウスを奈落の底に突き落とした。
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