15 / 30
女王と腹心
しおりを挟む
ルベウスとディアナの縁談が持ち上がった時、伯爵家の多くの者が異を唱えた。悪名高き女王の伴侶となったところで、苦労するのが目に見えているからだ。そうでなくても、ルベウスは大事な跡取り息子である。
ジェミナイも反対派の一人だったし、主君に付き従って王宮へ出入りするようになって、ますます女王への反感が募った。自分から強引に縁談を勧めたというのに、ディアナはルベウスを軽んじているようにしか思えなかったからだ。
強欲でわがままな女――――そんな認識を、ジェミナイは主君同様に日々、根底から覆されている。
特に衝撃だったのは、ルベウスの供をして、宝物庫に収められた大量のサファイアを見た時だ。そこには、傷一つない状態で、ディアナの結婚指輪も安置されていた。
「……指輪の石もサファイアですよね。殿下が選ばれた……」
「いや。彼女がそれが良いと言ったからだ」
「…………。よほど、陛下はサファイアがお好きだったんですね……なんて言ったら、リーリアにまた軽蔑されそうです」
二人は同時にため息を吐いた。
市場でサファイアが高騰している事を知っていたからだ。そして、ディアナの遺言書にもご丁寧に機を狙って全部売れと書いてあった。彼女は大切な結婚指輪さえも、国家の財になることばかりを考えていたのだろう。
そう容易に考えられる程、ディアナの去り際はあまりに潔かった。
ルベウスは自嘲まじりに、
「……青は、ディアナが好きな色ではあるようだがな。最後に着ていた服も……そうだった」
と、言って自分の左手の薬指に嵌まった指輪に目を落とす。
ジェミナイは釣られて見つめ、たいへん気まずくなった。
ディアナが決めたという、ルベウスの結婚指輪の石は赤――――ルビーだったからだ。
青一色の中、異なる赤。
ルベウスを夫にしながら、最期まで拒み続けたディアナの心が透けて見えるようである。
「あの……赤も、かもしれませんよ?」
「……慰めるな、頼むから。……余計に落ち込む」
ルベウスは苦笑いをして話を終わらせ、ジェミナイもかける言葉がみつからなかった。
日に日に憔悴していく主君をどう励ましたものかと、ジェミナイは悩んだ。
そんなある日、廊下を歩いていたリーリアを見つけた。お湯が入った大きな手桶を抱えていて、女王の世話をするためだろうと察しがつく。
リーリアの軽蔑まじりの非難の目を、主君同様に受けているジェミナイは躊躇ったが、それでも女王の事をよく知りえた者だからと意を決して声をかける。聞こえないふりをされそうになったが、しつこく呼びかけると、足を止めてくれた。
ものすごく嫌そうな顔をされたが。
「すまない。一つ聞きたいんだが……ディアナ様は、本当に青がお好きだったのか?」
「えぇ、もちろん」
リーリアは淡々と答えた。しかし、彼女は聞かれた以上の事を口にしない。沈黙と共に、ルベウスに次いでお前が嫌いだといわんばかりの目を向けてくる。心折れそうになりながら、彼は主君のためだと続けて尋ねた。
「青だけか」
リーリアは目いっぱい顔をしかめ、渋々といった様子で答えた。
「……赤もですわ。情熱を感じる温かみのある色だとおっしゃって。痩せた体を隠すために、衣服は膨張色の白をよく選ばれていましたけど、最後は好きな色を……青が良いと望まれました」
「だが、赤も膨張色だろう。なぜ普段から着なかったんだ?」
すると、リーリアの眉間に皺が寄り、何だか悔しそうな顔までして、
「存じ上げませんわ!」
と言い放って、去っていった。
訳が分からないジェミナイは、ひたすら首を傾げたが、そこに何やら急ぎ足で中庭へと向かっていく主君に気づいた。仕事が早く終わると、放浪するくせがつきつつある主君が大変心配だったが、その彼の手には二つの皿があるのが見えた。
――――……殿下は何をされているんだ……?
困惑しながらも、ディアナの私室の鍵が見つかった旨を報告しなければいけない事を思い出し、ジェミナイは後を追った。
やがて庭にいるルベウスを見つけたが、屈んで座っている彼の傍には、一匹の猫がいた。
真っ黒な毛に、蒼い瞳――――ディアナの色だった。
それを見て、ジェミナイはもう何だか同情のあまり、涙が出そうになった。
リーリアは日中ディアナの傍に張りついて、ルベウスを近寄らせない。思い余って、主君はとうとう猫に妻の姿を投影するようになったのかと思ったのだ。
現に、猫を見つめるルベウスの目は、彼女が倒れて以来、一番穏やかなようにも見えた。
――――良かったですね……無関係の猫ですが……!
ジェミナイはそう思いながらも、ルベウスの目を見て気づいた事があった。
そういえば、主君の瞳の色は赤だ。しかも、かなり際立つ鮮やかなルビーのような色で、人目を引きやすい。
女王はルベウスを連想させる赤を敬遠したのか。それとも、間近で見ているから良しと思っていたのか。
彼女が何を思っていたのか、正確に知る術はない。
ただ、結婚が決まって以来、ずっと主君は女王に翻弄され、倒れた後も彼女の事が胸を占め、挙句の果てには毛や瞳の色がそっくりな猫に対しても心を砕いている。
その猫はといえば、まるで愛想というものがなかった。
ルベウスの傍から逃れようとしていたし、リーリアに預けられたはずだというのに、今も抜け出してきたようだ。自分にまでもフンッと鼻を鳴らし、まるで可愛げがない。
――――ルベウス様を容赦なく袖にするところも……。
「……本当によく似ているな」
なんだかおかしくなってきて、ジェミナイは目を細める。
猫に気色悪そうな目で見返され、彼はとうとう吹き出した。
ジェミナイも反対派の一人だったし、主君に付き従って王宮へ出入りするようになって、ますます女王への反感が募った。自分から強引に縁談を勧めたというのに、ディアナはルベウスを軽んじているようにしか思えなかったからだ。
強欲でわがままな女――――そんな認識を、ジェミナイは主君同様に日々、根底から覆されている。
特に衝撃だったのは、ルベウスの供をして、宝物庫に収められた大量のサファイアを見た時だ。そこには、傷一つない状態で、ディアナの結婚指輪も安置されていた。
「……指輪の石もサファイアですよね。殿下が選ばれた……」
「いや。彼女がそれが良いと言ったからだ」
「…………。よほど、陛下はサファイアがお好きだったんですね……なんて言ったら、リーリアにまた軽蔑されそうです」
二人は同時にため息を吐いた。
市場でサファイアが高騰している事を知っていたからだ。そして、ディアナの遺言書にもご丁寧に機を狙って全部売れと書いてあった。彼女は大切な結婚指輪さえも、国家の財になることばかりを考えていたのだろう。
そう容易に考えられる程、ディアナの去り際はあまりに潔かった。
ルベウスは自嘲まじりに、
「……青は、ディアナが好きな色ではあるようだがな。最後に着ていた服も……そうだった」
と、言って自分の左手の薬指に嵌まった指輪に目を落とす。
ジェミナイは釣られて見つめ、たいへん気まずくなった。
ディアナが決めたという、ルベウスの結婚指輪の石は赤――――ルビーだったからだ。
青一色の中、異なる赤。
ルベウスを夫にしながら、最期まで拒み続けたディアナの心が透けて見えるようである。
「あの……赤も、かもしれませんよ?」
「……慰めるな、頼むから。……余計に落ち込む」
ルベウスは苦笑いをして話を終わらせ、ジェミナイもかける言葉がみつからなかった。
日に日に憔悴していく主君をどう励ましたものかと、ジェミナイは悩んだ。
そんなある日、廊下を歩いていたリーリアを見つけた。お湯が入った大きな手桶を抱えていて、女王の世話をするためだろうと察しがつく。
リーリアの軽蔑まじりの非難の目を、主君同様に受けているジェミナイは躊躇ったが、それでも女王の事をよく知りえた者だからと意を決して声をかける。聞こえないふりをされそうになったが、しつこく呼びかけると、足を止めてくれた。
ものすごく嫌そうな顔をされたが。
「すまない。一つ聞きたいんだが……ディアナ様は、本当に青がお好きだったのか?」
「えぇ、もちろん」
リーリアは淡々と答えた。しかし、彼女は聞かれた以上の事を口にしない。沈黙と共に、ルベウスに次いでお前が嫌いだといわんばかりの目を向けてくる。心折れそうになりながら、彼は主君のためだと続けて尋ねた。
「青だけか」
リーリアは目いっぱい顔をしかめ、渋々といった様子で答えた。
「……赤もですわ。情熱を感じる温かみのある色だとおっしゃって。痩せた体を隠すために、衣服は膨張色の白をよく選ばれていましたけど、最後は好きな色を……青が良いと望まれました」
「だが、赤も膨張色だろう。なぜ普段から着なかったんだ?」
すると、リーリアの眉間に皺が寄り、何だか悔しそうな顔までして、
「存じ上げませんわ!」
と言い放って、去っていった。
訳が分からないジェミナイは、ひたすら首を傾げたが、そこに何やら急ぎ足で中庭へと向かっていく主君に気づいた。仕事が早く終わると、放浪するくせがつきつつある主君が大変心配だったが、その彼の手には二つの皿があるのが見えた。
――――……殿下は何をされているんだ……?
困惑しながらも、ディアナの私室の鍵が見つかった旨を報告しなければいけない事を思い出し、ジェミナイは後を追った。
やがて庭にいるルベウスを見つけたが、屈んで座っている彼の傍には、一匹の猫がいた。
真っ黒な毛に、蒼い瞳――――ディアナの色だった。
それを見て、ジェミナイはもう何だか同情のあまり、涙が出そうになった。
リーリアは日中ディアナの傍に張りついて、ルベウスを近寄らせない。思い余って、主君はとうとう猫に妻の姿を投影するようになったのかと思ったのだ。
現に、猫を見つめるルベウスの目は、彼女が倒れて以来、一番穏やかなようにも見えた。
――――良かったですね……無関係の猫ですが……!
ジェミナイはそう思いながらも、ルベウスの目を見て気づいた事があった。
そういえば、主君の瞳の色は赤だ。しかも、かなり際立つ鮮やかなルビーのような色で、人目を引きやすい。
女王はルベウスを連想させる赤を敬遠したのか。それとも、間近で見ているから良しと思っていたのか。
彼女が何を思っていたのか、正確に知る術はない。
ただ、結婚が決まって以来、ずっと主君は女王に翻弄され、倒れた後も彼女の事が胸を占め、挙句の果てには毛や瞳の色がそっくりな猫に対しても心を砕いている。
その猫はといえば、まるで愛想というものがなかった。
ルベウスの傍から逃れようとしていたし、リーリアに預けられたはずだというのに、今も抜け出してきたようだ。自分にまでもフンッと鼻を鳴らし、まるで可愛げがない。
――――ルベウス様を容赦なく袖にするところも……。
「……本当によく似ているな」
なんだかおかしくなってきて、ジェミナイは目を細める。
猫に気色悪そうな目で見返され、彼はとうとう吹き出した。
101
お気に入りに追加
213
あなたにおすすめの小説
【連載版】おかえりなさい。どうぞ、お幸せに。さようなら。
石河 翠
恋愛
主人公は神託により災厄と呼ばれ、蔑まれてきた。家族もなく、神殿で罪人のように暮らしている。
ある時彼女のもとに、見目麗しい騎士がやってくる。警戒する彼女だったが、彼は傷つき怯えた彼女に救いの手を差し伸べた。
騎士のもとで、子ども時代をやり直すように穏やかに過ごす彼女。やがて彼女は騎士に恋心を抱くようになる。騎士に想いが伝わらなくても、彼女はこの生活に満足していた。
ところが神殿から疎まれた騎士は、戦場の最前線に送られることになる。無事を祈る彼女だったが、騎士の訃報が届いたことにより彼女は絶望する。
力を手に入れた彼女は世界を滅ぼすことを望むが……。
騎士の幸せを願ったヒロインと、ヒロインを心から愛していたヒーローの恋物語。
この作品は、同名の短編「おかえりなさい。どうぞ、お幸せに。さようなら。」(https://www.alphapolis.co.jp/novel/572212123/981902516)の連載版です。連作短編の形になります。
短編版はビターエンドでしたが、連載版はほんのりハッピーエンドです。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:25824590)をお借りしています。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
悪女と言われた令嬢は隣国の王妃の座をお金で買う!
naturalsoft
恋愛
隣国のエスタナ帝国では七人の妃を娶る習わしがあった。日月火水木金土の曜日を司る七人の妃を選び、日曜が最上の正室であり月→土の順にランクが下がる。
これは過去に毎日誰の妃の下に向かうのか、熾烈な後宮争いがあり、多くの妃や子供が陰謀により亡くなった事で制定された制度であった。無論、その日に妃の下に向かうかどうかは皇帝が決めるが、溺愛している妃がいても、その曜日以外は訪れる事が禁じられていた。
そして今回、隣の国から妃として連れてこられた一人の悪女によって物語が始まる──
※キャライラストは専用ソフトを使った自作です。
※地図は専用ソフトを使い自作です。
※背景素材は一部有料版の素材を使わせて頂いております。転載禁止
愛を語れない関係【完結】
迷い人
恋愛
婚約者の魔導師ウィル・グランビルは愛すべき義妹メアリーのために、私ソフィラの全てを奪おうとした。 家族が私のために作ってくれた魔道具まで……。
そして、時が戻った。
だから、もう、何も渡すものか……そう決意した。
婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?
すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。
人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。
これでは領民が冬を越せない!!
善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。
『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』
と……。
そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。
悪女の秘密は彼だけに囁く
月山 歩
恋愛
夜会で声をかけて来たのは、かつての恋人だった。私は彼に告げずに違う人と結婚してしまったのに。私のことはもう嫌いなはず。結局夫に捨てられた私は悪女と呼ばれて、あなたは遊び人となり、再びあなたは私を諦めずに誘うのね。
悪役断罪?そもそも何かしましたか?
SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。
男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。
あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。
えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。
勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。
貴方に私は相応しくない【完結】
迷い人
恋愛
私との将来を求める公爵令息エドウィン・フォスター。
彼は初恋の人で学園入学をきっかけに再会を果たした。
天使のような無邪気な笑みで愛を語り。
彼は私の心を踏みにじる。
私は貴方の都合の良い子にはなれません。
私は貴方に相応しい女にはなれません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる