猫になった悪女 ~元夫が溺愛してくるなんて想定外~

黒猫子猫(猫子猫)

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私の秘密を見ないで

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「殿下、ディアナ様の私室の鍵が見つかりました」

 ディアナの心中など知り得ないジェミナイは、そうルベウスに告げた。

「……そうか」

「陛下は商人達から色々と買い集めていたようですので、一度、中のご確認を」

 それを傍らで聞いていたディアナは、しみじみと呟いた。

 ――――あの人達との戦いも、終わったのねぇ……。

 ディアナが女王であった時いくつもの商談が持ち込まれたが、商人達が辟易とする程、徹底的に物を見定めた。

 国は史上例に見ない程の財政難であり、支出できる額も限られていたから出来る限り値切ったものだった。

 父親の目はザルで、定価を遥かに超える値段を吹っかけられても気付かず、商人達に自尊心をくすぐられて不要な物も次々に買っていた。そのせいで商人達も娘の代に変わっても、すっかり奢っていた。

 そんな彼らとの値段交渉は当初から容易ではなく、一種の戦いである。

 女王の権限で安く買い叩くことも出来たし悪評を恐れていた訳では無かったが、優れた商人は計算高くて客を見定めてくるから、下手をすると売って貰えなくなる。

 感情論では中々動かないから、徹底的な交渉が必須だった。

 いかに良質で将来の財産になりそうな物を、適正な範囲内で安く買うか――――ディアナは毎日苦心して、商談が終わると、疲れきっていたものだった。

 だが、自室に戻って寝台に寝転がっても中々気が休まらなかったのは、両親の寝室を使っていたからだ。

 父親の代に買い集めた品を、ディアナは全て換金して懐を温めた。寝台など真っ先に売りに出したいものだったが、両親の寝室に置かれていた調度品はどれも王家の紋章が入れられていた。己の権力を誇示したいがあまり特注させたというが、売る際には邪魔でしかない。

 王家の紋が刻まれた品が世に流れれば、王家の威光も地に落ちると臣下達から反対されてしまってもいた。

 かと言って、あんな悪趣味な寝室をルベウスに使わせる訳にはいかない。自分用にして耐えたものだが、ようやく解放された。

 己が死んで王家の血筋は絶えたのだから、臣下達も過去の遺物にこだわることはないだろう。
 自分が使っていた品々は、これからルベウスの一声で破棄されるか、売り飛ばして貰えるに違いない。

 ぜひそうして欲しい。

 ディアナは期待を込めて、彼を見上げたものの、何故かルベウスの表情は険しさを増した。

「……彼女には部屋に入るなと言われたんだ」

『死んだから良いわよ、遠慮しないで』

「遠慮なさらなくてもよいかと思いますよ。ご自分の私物の処分は全て殿下に任せると、手紙にも書いてあったではありませんか」

 ジェミナイはあっさりとしたものであるし、ディアナも渋い顔のままのルベウスに一言鳴いた。

 それでも彼は躊躇っていたが、やがて意を決したように「分かった」とだけ短くジェミナイに告げると、身を屈めてディアナに微笑みかけた。

「ゆっくり食べろよ」

『いいえ、早く食べて帰るわ』

 これ以上ここにいると、毛が爆発しそうだ。

 ルベウスに目もくれず、ディアナは食事を再開させ、彼は少し名残惜しそうにしながらも腹心と一緒に立ち去って行った。

 ディアナはそんな彼らの後姿をちらりと一瞥したが、動じなかった。

 見られて困るような品など無い。

 そう思って、またミルクに口をつけたが、はっと息を呑んだ。

『いけない……あれを捨てるのを忘れたわ!』


 ルベウスはジェミナイを伴って、初めて王宮の一角にある妻の私室に入った。

 ディアナが公務の時以外は、よく滞在していたという部屋であったから、寝室同様にさぞ豪華絢爛な事だろうと思ったが、呆気に取られる。

 室内は驚く程、物がなかった。

 執務机と椅子に、壁づけされたクローゼットと本棚だけだ。机と椅子は至って質素なもので、本棚も数冊置かれていただけで、ほぼ空だ。

 一方でクローゼットを開けてみれば、数々の派手なドレスがかけられていた。その中にはルベウスが見慣れたものもあったが、どれもよく手入れがされていて、染み一つない。

 ディアナは潔癖で、宴でも手や服が汚れると言って嫌がって一切食事を摂らなかったからだろう。そもそも夫婦として二人だけで彼女と食事を共にした事など無かったから、普段どんな物を食べていたのかも知らなかった。

 ただ、食事を嫌ったのも、ドレスを汚さないようにしていたのかもしれなかった。
 彼女が残した手紙には、ドレスは全て売れると書いてあったからだ。
 それとも、食事が思うように摂れぬ身になっていたからかもしれない。

 ルベウスの顔は固くなる一方で、ジェミナイを控えさせて一人室内を進む。

 物が少ないだけに、他に見るものとなれば、机くらいしか無かった。

 机の引き出しも殆どが空か必要最低限の文具しかなかったが、一番下を開けた時、小さな小瓶が転がり出てきた。

 手に取って、瓶のラベルに書かれた薬品名を見て息を呑む。

 戦場に立つこともあったルベウスは、兵士達の最期を看取る事もあった。だから、その劇薬の名前も知っていたし、その薬を必要とする者にどれ程の苦痛があるかも理解していた。

 薬の中身は半分程にまで減っていたから、彼女は服用していたのだろう。時々気だるげにしていたが、眠気を誘うという副作用がある事を考えれば当然といえる。

 だが、ディアナは悟らせなかった。臣下達にも、民にも、そして――――夫である己にさえも。

 彼女は一人で耐え抜いてしまった。

 ルベウスは深いため息をついた。

「君は……何を考えていたんだ」

 引き出しを閉めようとしたが、ふと奥に入っていたものが目に止まる。取り出してみると丁寧に折りたたまれた紙で、何か書いてあるのが透けて見える。

 困惑しつつ紙を開こうとした時、背後から猫の咎めるような鋭い鳴き声が響いた。

 必死で王宮を駆け抜けてきたディアナは、ルベウスの手にあったものを見て、思わず絶叫した。

『何で狙いすましたように、それを見つけるのよ!』
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