私はこの恋がかなわないと知っている

黒猫子猫(猫子猫)

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王女の責務

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 単なる力試しという触れ込みで始まった試合は、死闘かと言いたくなるほど激しいものだった。

 ライナスも、相手の男も、一歩たりとも引かない。

 剣と剣がぶつかり合う音は止むことがなく、見守る兵士達の目も次第に熱を帯び、時に息を呑み、時に悲鳴を堪える。

 腕前を見るだけであれば十分であるはずだというのに、王は一向に止めさせる気配がない。コレットが十分だと訴えても、「まだまだ」と笑って済ませてしまう。

 相手の男と間合いを取ると、ライナスは顎に滴る汗を無造作に肩で拭った。乱れる息を整えながら、相手の動きを見定める。対する男も、ライナスほどでは無いにしても、汗を滲ませている。

 男は表情一つ変えなかったが、ライナスを黙って見据えたまま、苛立たしげに呟いた。

「……初見の相手に、こうも完璧に対応されるのは初めてですよ」
「そうか。お前はあの中にいなかったのだな」

 ライナスは冷然と返したが、男がその短い会話の間に片手で密かに短剣の拘束を解いた。それは上から見ているコレットの目でも捉え、一気に血の気が引く。

 伝書鳩が彼の元に警告を届けてくれたはずだが、二人きりで言葉を交わすことが許されなかったから、確かめようがない。

 ライナスが男の素振りに対して何ら反応しなかったから、いっそう不安が膨れ上がる。

 後先かまわず声をあげ、制止したい。

 思わず腰が浮きかけたが、背後から聞こえた刃を引き抜く音に震撼する。自分の後ろで日傘をさしているのは、ただの従者ではない。王の命を受けた《盾》は、万が一邪魔をするようならば手を下せと命じているのだろう。

 『供に逝きたのか』と聞いてきた父の声に、なんの躊躇もなかった。

 コレットは声が出なかった。

 たとえここで自分が殺されても、ライナスを狙う《盾》は止まらない。むしろそれに気づいたライナスの動揺の隙すら狙うに違いなかった。

「…………っ」

 私の声は、今日も届かない。

 唇を噛み、涙が溢れそうになった時、次姉の傍で控えていた男が突然台から飛び降りて、地に音もなく着地した。そのまま駆けて、兵士達の間をすり抜けて中央へと躍り出ると、剣を引き抜いた。

 突然の乱入者に驚いたのは、ライナスだけではない。

 彼の相手となっていた盾までもぎょっとした顔をして、思わず柄から手を離す。

「俺がやる」

 短い言伝と共に、男とライナスの刃が激突した。
 この事態に、王もまた目を見張った。

「シオン! 貴様、どういうつもりだ!」

 声を上げて詰った王に、ロベリアが沈黙を破った。

「わたくしが命じましたの」
「なに⁉」

「我が国の《剣》の力でねじ伏せた方が、格差を思い知らせるのによいかと思いまして」
「……ふむ」

 王は一先ず怒気をおさめたが、それというのも、《剣》と《盾》が二人がかりでライナスに襲い掛かったからだ。一転して防戦一方となるライナスに、彼の部下達から悲鳴があがったが、それも長くは続かなかった。

 そして、コレットの姿も高台になかった。

 《剣》が飛び降りたのを見て、コレットはもう堪えられなかった。

 彼の後を追って高台から飛び降りたが、かなりの高さがあったうえ、鍛え抜かれた騎士とは違って、足に傷を抱える身である。着地の衝撃で古傷に激痛が走り、だがそれでも必死で駆けた。

「コレット!」

 滅多に声を出さない次姉の悲鳴が聞こえたが、コレットは無我夢中で兵士達を押しのけた。

 止める。止めてみせる。
 盾の刃をこの身に受けてでも。毒で死にゆく自分の姿は、王がライナスを抹殺しようとした証となる。

 次姉の《治癒》を受けるつもりもない。大好きな姉を、数多の人々から忘れ去られている彼女を、これ以上傷つけさせるものか。

  ――母様が私の治癒を拒んだ理由が……今ならわかるわ。

 『もう傷つかないで』と、コレットを慰め、最後まで治療を拒否したのは、母の矜持だけではなかった。
 娘たちの力を散々に利用する父への戒めだ。死をもって、母は訴えたのだ。

「退いて……っ退いて!」

 声を枯らして、コレットは兵士達を押し退ける。

 本の中で、私は散々思い知った。
 私には何も変えられない。もう誰も救えない。役に立たない。

 本の中で、私の声は届かなかった。

 やめてと叫んでも、ライナスの胸に刃が突き立てられた。
 偉そうにディア王女に御託を並べこそしたが、彼を救い責務を果たしたのはディアだ。

 無能であろうが、役立たずであろうが、かまわない。

高貴な者は責任を果たす義務があるノブレスオブリージュ

 王家に産まれた私には、この腐った血まみれの王国の暴走を止める義務がある。
 私達三姉妹の《治癒》は、王者に利用されるために存在するのではない。

 欲に穢れ、属国に恨まれた祖国を《治癒》するために、産まれたのだ。

 広場へと飛び出したコレットの足は、ゆっくりと止まった。

 大粒の涙が止まらない。澄ました王女の仮面ははずれ、彼女は酷い顔になった。髪も、服もぐしゃぐしゃだ。全身を震わせて、唇を噛みしめる。

 男達の刃は地面に全て落ちていた。

 《剣》と《盾》の双方の剣をライナスは叩き落し、更に振るわれた毒刃を弾き飛ばすと同時に、己の剣を投げたのだ。
 三人全員が丸腰の状態で、息を乱しながらも、誰一人として傷一つ負わずに立っていた。

「……見事だ」
「くそ……っ」

 シオンは感嘆の声をもらし、もう一方は忌々し気に舌打ちしたが、明らかに勝負がついてシオンも刃をもっていない状態でまた刃を向ければ、疑いの目は避けられない。

「そこまでよ!」

 ロベリアの声が、止めとなった。

 そして、その瞬間、ライナスは動いた。その場に跪いた《剣》と《盾》を無視して駆け、今にも倒れそうなコレットの元へと駆け寄ると、思いっきり抱きしめた。

「――――っ無茶をするな。貴女は足が悪いんだぞ!」

 激闘の末の男であるにも関わらず、いつもと変わらぬ調子のライナスに、コレットは泣き笑いの顔を浮かべながら頷いた。

「……貴方が本の中で倒れた姿が……よぎったわ……本当に怖かった」

 そう何とか言葉を振り絞ると、ライナスは名残惜しそうに彼女から手を離しつつ、苦々し気に言った。

「同じ動きをしてくる敵相手に、未来の妻の眼前で二度も負けるわけにいくものか。そっちの方が恐怖だ」

 わざとらしく身震いしたライナスに、コレットはようやく顔を綻ばせた。
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