私はこの恋がかなわないと知っている

黒猫子猫(猫子猫)

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剣と盾

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 深夜になって人々が寝静まった頃、コレットは窓を開けた。そして、相棒を失ってから何度も哀し気に鳴いて鳩をなだめて声をかけた。

「必ずまた会わせてあげるから……お願い、ライナスに届けて。私と一緒にいた人よ」

 じっと見つめてきた鳥に、コレットは言葉を重ねる。

「ライナスよ。良いわね」

 コレットは盾の執念深さを知っていた。姉と伝書鳩を介して連絡を取り合っている事も察知されているだろうから、いつも文面には気をつけていた。それもあって黙認されてきたのかもしれないが、今回はライナスが関わってきている。

 必ず探りを入れてくるに違いないと見越し、手紙を運べない鳩の方へと手紙を括りつけていた。彼らが連れ去ったのも、そちらの方だ。

 コレットの元に残ったのは、手紙は運べるが、相棒の道案内がないと迷ってしまう困りものだ。

 でも、この鳩にはもう一つ特性がある。

 場所を指示するとすぐに迷うが、人を誤ることはない。

 小さく答えるように鳴いて、一羽になってしまった鳩は夜の闇へと舞い上がった。



 コレットの部屋から飛び出した一羽の鳩は、夜の暗さをものともせずに王城の上空を飛んだ。外は闇だが、中は明かりが灯っているために、城内で行き交う人々の姿は容易く目に入った。

 やがてその眼が部屋の窓辺に立つ男を捕らえた時、迷うことなく鳥は降下した。

「いつまでそこに突っ立っているんですか? 暇さえあればずっと空ばかり見て」

 背後から声をかけられたライナスは、苦々し気に振り返り室内にいる部下達を軽く睨んだ。

「私は物思いに耽っているんだ、邪魔をするな」

 王城に着いた後、一時行方不明になった事に対して、部下達から散々小言をくらったライナスである。お陰でコレットとの一時への余韻に浸る暇も中々なかった。

 彼らから逃げるように窓辺に行って外を眺めていたが、本の中で何度も空を見ていた所為か、どうしても視線が向く。

 仕方がない事とはいえ、コレットを一人残してしまった事が、ライナスには気がかりで仕方がない。明日に会えるとは言え、彼女が今も一人で胸を痛めていないかと心配になる。

 全くデリカシーの無い部下達を睨みつつ、ライナスは再び窓に視線を向けた時、彼は軽く眉を顰めた。

「……なんだ?」

 少し離れた場所に集まっている男達は、ライナスにはもう見慣れたものだ。何しろ警護と称して自分の傍を纏わりついている者達だからだ。手を出してくる様子は無いが、ライナスは己の一挙手一投足を見られている事を感じていた。特に、彼らを率いている長身の男は、一切の隙が無い。一見しただけで優れた武人だと分かる。

 窓を開け放って部下達が慌てるのを他所に、軽々と庭へと出ると、彼らに声を掛けた。

「そこで何をしている?」
「妙な鳥が近付いてきたので、捕らえた所ですよ。どうやら迷いこんで来たようです。こいつは方向音痴だそうですので」

 そう告げる男の手にもがき暴れる鳥がいたが、それを見た瞬間、ライナスは息を呑んだ。コレットの伝書鳩だ。

「どうする気だ?」

「大切な慶事が控えておりますから、殺生は控えたい所です。かと言って、あまりこの周囲をうろつかれるのも困りますね」

「では、私が預かろう。明日、殿下にお会いするから、お返しする」

 男は少し考える様子を見せたが、ライナスが更に繰り返すと、鳩を渡して引き下がった。


 鳩を抱えて部屋に戻ったライナスは、窓を閉めた後、中へと離した。散々暴れていた鳩は、そのまま部屋の一角にある椅子へと止まり、じっとライナスを見つめた。

「なんです、こいつは?」

 部下達が不思議がる中、ライナスはなるべく小声で告げた。

「コレットの伝書鳩だ。昨日、部屋に二羽の番で来ていた所を見たんだが……一羽しかいない上に、方向音痴だとか言っていたな」

「何も身に着けていませんから、迷ったんでしょうね」

「待て。私が帰ったせいで、コレットが寂しくなって寄越したという可能性もある。そうに違いない。コレットは意地っ張りだが、本当に可愛いからな」

 真顔で頷くライナスに、部下達は呆れ半分失笑した。



 窓と一緒にカーテンを閉められた事で、外から中の様子は見えない。男は黙って部屋を見据えていたが、やがて闇の中からぬっと姿を見せた者がいる。足音一つさせず、突然姿を見せた男に、だが彼は驚かなかった。

「お前の言っていた通り、コレット殿下の鳩がもう一羽飛んで来たぞ」
「やはりな。手紙は奪い取ったか?」

「あぁ。お前が奪った物と全く同じ内容だ。毒への警告文だった」
「懲りない王女様だ」

 くつくつと喉を鳴らした彼に、男は呆れた顔をした。

「一度希望を持たせておいて、密かに始末するお前もよくやる」
「俺は《盾》だからな。裏で潰すのは得意技だ。鳩はどうした?」

「リーシュ王が、明日コレット殿下に直に返したいというから渡した。それくらいはかまわないだろう?」
「ああ。せいぜい短い逢瀬を楽しむといい」

 ひらひらと手を振って、男は再び闇に溶けた。



 夜が更けても、ライナスは眠れなかった。寝室で一人、寝台の上で身体を横たえていたものの、目は開いたままだ。隣室に寝ずの番をしている部下達がいるが、気心も知れた仲であるし、睡眠の邪魔になるものではない。

 コレットの事が気がかりなのもあったが、静かな寝室で鳥の鳴き声がして、眠りに落ちかける度に意識がそちらにもっていかれる。

 しかも、彼女の伝書鳩は、よりにもよって彼の顔の直ぐ傍で鳴くのだ。

 じっと自分を見てくる鳥と目が合って、いささか睡眠不足気味のライナスは小さくため息をつくと、上体を起こして、胡坐をかいた。

「よし分かった。徹夜で語り合おうじゃないか」

 真夜中に、鳥相手に真面目腐った顔をして告げる。もちろん返事を期待した訳ではないのだが、穴が開く程見つめられると、一方的になったとしても何か言わないと居心地が悪い。

「お前も大事な者が傍にいなくて寂しいんだろう。それは、本当に、よく分かる」

 短い間とは言え、本の中ではずっとコレットと二人きりだったせいか、離れると思った以上に堪えるからだ。

「私もずっと腕に抱いていたい。だが、今は我慢だ」

 正式に婚姻が認められさえすれば、彼女の夫となりさえすれば――――コレットを守る大義名分を得られる。大手を振って、可愛がれるというものだ。

 この国は、コレットにとって大切な祖国だ。だが、今は彼女を悩ませ、傷つけるばかりの地でもある。彼女を一緒に連れて帰るというのは、もうライナスの中で決定事項である。

 そして、本の世界で見た時を越えるような、様々な彼女の表情が見たいと願った。

 現実の世界でも、まだまだ求愛の歌が思う存分届けられてはいないが、ライナスは悲観したりはしなかった。

「お前の想いも、きっと相棒に届いている。私の真実の名が、コレットに届いたのだからな」

 そう告げると、黙って聞いていた鳥がぴくりと反応したように身じろぎした。
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