私はこの恋がかなわないと知っている

黒猫子猫(猫子猫)

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コレットの予知

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 日暮れを前にして、二人は王都へと戻った。ライナスは宿屋の厩に馬を再び預けると、待っていたコレットに声をかけた。

「そろそろ帰る気になったか?」
「いいえ、帰らないわ」

 正直に答えてしまい、密かに溜め息をつく。

 もう既に、護衛も無しに街を一人でふらふら歩いているのを咎められている。いくら気晴らしだと言い逃れても、街に泊まるような真似をする王女はいないだろう。

 さりとて一緒に王城に戻ってしまったら、事情を知らない人々もいるから、コレットが王女の侍女にすぎない事が露見しかねない。

 何とかして王都に留まる理由をつけなければと焦りだした時、コレットは背筋にぞわりと悪寒が走った。思わずライナス越しに街の通りへ視線を向ければ、数人の若者達が談笑しながら、歩いてくるのが見えた。

 決して目立つ者達では無く、どこにでもいるような市民だ。

 だが、コレットの心臓は早鐘を打つ。

 彼らは暗殺や調略など、いわゆる裏の仕事をする玄人だと、自分の直感が伝えてくる。

 まもなく街は夜の闇に呑まれ、人目につきにくくなる。彼らのような人間達にしてみると、夜は絶好の時間帯だ。まだ明るい今でも街の誰も気付く者はいないが、コレットには分かってしまう。

 愛想の良い笑みを浮かべていたり、とぼけたような顔をしたりしていても、その眼は油断なく周囲を見据えていた。滲み出る空気は異質だ。

 彼らはまだ自分達に気付いていない。でも、確実に自分とライナスに近寄ってきている。

 コレットは顔を歪め、彼らに背を向けているライナスを見上げた。

「どうした?」

 不思議そうな彼の手を取って、宿屋に飛びこんだ。不意を突かれたこともあって、ライナスは彼女にされるままだ。入り口から更に奥へと進み、外の様子を伺いながら、コレットは詰め寄った。

「貴方の部屋はどこ。まだ引き払っていないでしょう?」

 厩に馬を預けられるならば、そうに違いないと思ったし、ライナスも驚いた顔をしつつ頷いて、答えた。

「二階の一番奥だが……」
「今すぐ、行きましょう」

 半ば引きずられる形で二階へと上がっていくライナスを見て、近くに居た他の宿泊客は目を見張りつつ、『最近の若い子は積極的だ』などと言い合った。

 そんな呑気な会話は宿屋の前を通り過ぎた者達にも届いたが、彼らはそのまま黙って通り過ぎて行った。



 部屋の前に着くと、ライナスを急かして鍵を開けさせ、コレットは躊躇いなく中へと入り、彼も招き入れると、すぐに扉を閉めて鍵をかけた。

 そうしてようやく安堵の息を吐いたが、その横からライナスが何とも嬉しそうな声で、
「ここまで熱烈に誘って貰えるとは思わなかった」
 などと言ってきた。

 一気に緊張の糸が切れて、コレットはその場に座り込みたくなった。

「貴方って、のん気よね……」

 つい軽く睨みつけたが、不意に抱き締められて、息を呑む。

「何か怖いものでもみたのか?」
「いいえ……放して」

「私に嘘はつかなくて良いと言っているだろう。震えているぞ、怯えているのか?」

 言われてようやく、コレットは自分が震えている事に気付いて、泣きたくなった。この程度の事で動揺してしまうなんて情けない。ああいう種の者達が現れる事を、自分は『わかっていた』はずなのに、いざ目の当たりにしただけでこれだ。

「いいえ、平気よ」
「コレット。それは、駄目だ」

 身を離そうとしたが、むしろ強く抱き締められてしまう。逞しい腕と温もりの中、ライナスの声にまた強い思いを感じて、拒もうとする気力がわいてこない。

 ――――私は貴方が守るべき『王女』でも、『大聖女』でもないのに。

 特別な感情を抱く事は許されないと分かっていても、コレットは彼の腕の中に留まり続けてしまった。

「……以前、私の故郷には《剣》と《盾》の概念があると言ったわよね」
「ああ。それが?」

「王家にも《剣》と《盾》の役割を担う者がいるわ」
「…………」

「《剣》が戦場で敵に向かっていくけれど、《盾》はどんな手段を使ってでも、主家を守るのよ」
「納得した。護衛も無しに出歩いていた訳ではなかったんだな」

「……そうよ」

 あの能天気な国王一家が、調略や暗殺などを担う『影』を使うわけが無いが、異国人であるライナスは特に疑う様子はない。

「だから、私は街にいても平気なの」
「それならいい。しかし、今まで全く気配を感じさせなかったぞ。私は勘が良い方なんだがな・・・」

 首をかしげるライナスに、コレットはぎゅっと服を握りしめた。嫌な汗が、じんわりと滲む。

「ええ。とても強いの。だから――――」

 貴方はこの後、彼らに負けるのよ。騎士として、致命的な傷を負うの。

「……ん?」
「――――だから、彼らが本気で私を連れ戻そうとしてくると、困るのよ」

 心の中で呟いた事と全く異なる言葉を、コレットは告げた。



 ライナスの部屋に転がり込む形になってしまったコレットだったが、彼らが近くにいる内はとても外を出歩く気になれず、そうしている内に夜になった。

 王城の門は閉ざされ、街の店や宿屋も同様だ。ライナスの口利きで、コレットは宿屋に常備されていた女性用の着替え一式を買いそろえ、一階に備え付けられている大浴場も使う事ができた。

 大浴場を出る時には、気分も大分上向いていたのだが。

「……待っていなくていいって言ったのに」

 浴室の出入り口の傍で、先に入浴を終えたらしきライナスが立って待っていた。濡れ髪をタオルで拭うコレットを見て、すぐに彼女の手を取ると、廊下を歩き始める。

「湯上り姿の女性を眺めようとする男は多いからな」
「そうなの? 変わったご趣味ね」

 コレットは不思議そうな顔をしたが、ライナスは敏感に視線を察知していて、地を這う声でぼそりと「斬り捨てられたいのか」と呟いた。蒼白になって慌てて明後日の方へと視線を向ける宿泊客の男達は一人や二人では無い。


 ライナスはコレットを部屋に連れ戻して鍵をかけると、そのまま寝室へと直行した。コレットが我に返った時には、もう身体は寝台の上である。

 しかも、彼が押し倒してきて、頬を真っ赤に染めた。

「まさかと思うけど、二晩連続なんて言わないわよね?」
「まさかと思うが、女と二人きりになって、男が何もしないと思っているのか。私を誘ったのは、貴女だぞ?」

 確かに彼の手を取り、駆けこんだのはコレットである。うっと言葉に詰まり、半泣きになったが、彼はくすくすと笑って続けた。

「一緒に寝るだけというのはどうだ」
「絶対に嘘よね⁉」

「いや。私が気配を感じ取れない連中がいるとなると、気が散る」
「そ、そう……」

 コレットは一先ず安堵したが、ライナスが傍らに寝転がって、また抱き締めて来たので目が泳ぐ。ただ、それ以上の接触はしてこなかった。大きな手で優しく背中を擦るくらいだ。

 いつしかその温もりに慣れて、コレットがまどろみはじめた頃、ライナスが静かに訊ねた。

「明日はどこにいく?」
「……どこにもいかないわ」

「何故だ?」
「しばらく、雨だから」

 そう呟いて、静かな寝息を立て始めたコレットを見て、ライナスは彼女の身体に毛布をかけてやった。

 そして、窓の方へと視線を向け、困惑した。

 昼間はよく晴れていたし、夕暮れ時になってもおよそ天気が崩れそうな気配はなかった。

 天気が悪いと古傷が痛むという話は聞いた事があったから、コレットも足が痛んだのかもしれない。

「それとも……『予知』か?」
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