私はこの恋がかなわないと知っている

黒猫子猫(猫子猫)

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求愛の歌は聞こえない

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 コレットを前に乗せ、自身は手綱を握って、ライナスは馬を駆けさせた。王都は小高い山の上にあり、周辺国へと続く路から少し外れれば、その周囲は平野が広がっている。

 午後の日差しは少し暑いくらいではあったが、爽やかな風がそれを強く感じさせない。ライナスは王都を出てから更に馬を半時ほど走らせて、大きな木を見つけると、その下で馬を止めた。

 自身が先に馬から降りて、続いたコレットにも手を貸した。コレットは、彼が馬の手綱を木の枝に縛り付けているのを横目に見つつ、遠く離れた王都にも視線を向ける。

「……大きな都ね」

 思わずぽつりと呟く。傍らにやって来たライナスも彼女の視線を追って王都を見た。

「王城からあまり出して貰えなかったと言っていたな。違う景色を見るのは珍しいか?」
「……えぇ。だから、とっても気持ち良いわ」

 ライナスに乗れと言われた時は身構えてしまったものだが、王都の外に連れ出してくれるというのは、ありがたい話だった。
 街中を自由気ままに散策するのも楽しかったが、買い物をしたところで持って帰れない決まりがあるだけに、眺めるだけというのも少しばかりつまらなく感じてもいたからだ。

 実際のところ、王城にあるコレットの私室も、聖女の力を持つからと特別広い部屋を与えられたものの、最低限の物しかない。だから、王女の所有品と入れ替えるのも簡単だった訳だが。

 ただ、それを正直に告げた所で無意味だと黙ってもいた。何故ライナスが急に王都の外まで連れ出してくれたかは分からない。

 コレットはちらりと、彼を見る。

 ――――一体、何を考えているのかしら。

「何を考えている?」

 自分の心の中の呟きを言い当てられ、コレットはどきりとした。

「別に何でもないわ。貴方こそ、どういうつもり?」

 ライナスは黙って見返しただけで、答えない。
 それが歯痒くて、何か言って、と繰り返しそうになり、慌てて言葉をのみこむ。答える気がないならば仕方ないと諦めて、話を変えた。

「もう一つ、聞きたいのだけれど」
「――――……あぁ、なんだ?」

 コレットは苦々し気に思いながらも、ようやくライナスが答えてくれた事が何だか嬉しくて胸を撫で下ろした。

「貴方、王・・・私を追いかけて、騎士団を連れて出て行ったわよね。どうして戻ってきたの?」

 ライナスはまた黙ってしまったが、しばらくして今度は不機嫌そうに呟いた。

「――――勘だ」
「あぁ……そう」

 なんとも適当な返事だと思ったし、そんなはずはないだろうと繰り返し訊ねてみても、また黙ってしまう。

 コレットは仔細を聞く事を諦めたものの、何度も聞かれたのが嫌だったのか、ライナスの空気がまたしても不穏で気圧される。

 若くして騎士団長になっただけはある、と思いながら、コレットはもう一つどうしても聞きたくなった事があった。

「ねえ、貴方……本当に二十四才?」
「…………」

 厳しい面持ちのまま変わらなかった彼の顔が、ぴくりと僅かに引き攣ったのをみて、コレットは確信した。

「やっぱり嘘ね! そうじゃないかと思ったわ! とても落ち着いているし、何だか迫力があるし、私と同い年なんて信じられないもの!」
「…………」

 黙っているという事は、やはりそうだったのだと確信する。
 強く頷いたコレットに、彼は少しばかり情けない顔をして、ぼそりと呟いた。

「本当に、二十四だ」
「えっ」

 思わずまじまじと顔を見つめてしまったコレットに、彼は軽く睨んできた。

 よく見れば、少しばかり涙目だ。

「老け顔だと皆に言われるが……貴女もか!」
「あ、ら……」

「妹には『殿方は紳士の方がいい』と言われて、どんな時も冷静でいられるように努力した。そうしたら、部下達からは『大人し過ぎる。強い男の方がいい』と言われて、身体も鍛えた。そうしたら、どちらも揃ってやり過ぎだと言われ、挙句に冷淡すぎるだの、体力バカだの、獣のようだの、最後には老けているだぞ。あいつら……私にどうしろと言うんだ⁉」

 よっぽど気にしているのか、薄っすらと頬を染め、しかも周囲に誰もいないせいなのか、彼に珍しく絶叫した。何を言っても平然としていた彼だが、この時ばかりはまるで不貞腐れた子供のようにも見えて、コレットは悪いと思いながらも、表情が緩んだ。

「ごめんなさい。ずっと頑張ってきたのね」
「……では、貴女と同い年だと認めてくれ」

「認めるも何も、本当にそうなんでしょう?」
「あぁ。でも貴女と歩いていて、親子と間違われるのは絶対に嫌だ」

「そこまでじゃないわよ」

 なんでそんな事を気にするのだろうと苦笑したが、真剣な顔で悩んでいる彼に、自然と笑みがこぼれた。

「でも、すごいわね。要求された事を、遥かに超えてしまうんですもの」

 柔らかな笑顔を向けたコレットに、彼は頬を薄っすらと染めた。

「諦めが悪いだけだ」
「いいえ。貴方が努力したからよ」

「……そう言って貰えると……ありがたい」

 ライナスはふいと顔を背けたが、耳が薄っすらと赤い。照れているのだと、また分かって、コレットは微笑んだ。改めて広い平野や真っ青な空へと視線を向け、大きく息を吸い込む。

「とっても気持ちが良いわ。連れて来てくれてありがとう」
「街中の方がもっと色々あるとは思うが……私にはよく分からないからな」

「それはそうよ。でも、色んな場所に行ける方が楽しいわ。籠の鳥も、時には人のためだけではなく、自由を求めて歌うのよ」

 今も空には鳥の群れが王都に向かって飛びながら、高い声で鳴いていた。
 仲間を呼ぶためかもしれない。
 もしも籠に入れられた仲間たちにも届いたら、彼らは外に出て一緒に行きたいと応えて鳴くに違いない。

 たとえ、人間からは、籠の鳥は自分のために鳴いていると思われたとしても、心の中は違うのだ。

「……コレット――――」

 強い風が吹き、ライナスが続けた言葉はかき消される。コレットの視線は、空へと向いたままだ。歌をさえずっていた鳥達は、風に流されて、高い場所まで登っている。

「凄い風だったわね……あれでは、歌も届かないわ」
「……そうだな」

 答えつつも、ライナスは複雑な笑みを浮かべた。

 コレット。籠の鳥である貴女も、自由を求めているか?

 もう一度訊ねてみたが、返事は返ってこなかった。
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