私はこの恋がかなわないと知っている

黒猫子猫(猫子猫)

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 コレットは嫁入り前の身として、ありとあらゆる教育もしっかりと受けていた。だから、男と女の身体の構造を始めとして、子の産み方まで熟知していた。

 全ては嫁いだ後、家の恥にならないようにするためだ。

 だから、彼と共に寝室に入り寝台に乗っても、顔色一つ変えなかった。冷然とした態度を貫くコレットに、彼はくすりと笑っただけだ。傍らに座ると、静かに問いかけた。

「傷はどこだ」
「な……に?」

「さっき言っていただろう。身体に傷があるから人に見られたくないと」
「……私は大聖女なのよ、傷も病も癒せるわ。もう消えてしまっているわよ」
 コレットはひやりとした。この男は自分の言っている事を良く聞いて、覚えているようだ。迂闊な事をいえば、あっという間に嘘を暴かれてしまうだろう。

 傷だって顔をはっきり見られたくなくて、言っただけだ。真に受ける必要はないというのに。

「いいから、言え。どこだ」
「無いったら!」

「探すぞ?」
「ちょっと……!」

 コレットの抵抗は、通じ無かった。腕を掴まれて持ち上げられ、隅々まで見られてしまう。覚悟を決めて寝室にまできたというのに、コレットは何だか気恥ずかしくなってきた。
 やがて腕に傷が無いとみるや、今度は脚に視線を落とした。つい反射的に足を曲げて引っ込めると、それに気付いた彼は、自分を軽く睨みつけてきているコレットにくすりと笑った。

「次は足だ」
「傷はないと言っているでしょう。貴方、私をまだ疑っているわね?」

「いや。ただ、聖女の力は無限じゃない。貴女は立て続けに病人を癒したと聞く。さっきは咄嗟に口から出たようだったから、傷を負ったのも事実だろう。ならば、自分の治癒を後回しにしていないかと思ってな」

 聖隷騎士団の長とあって、聖女の力を良く知っているようだ。その口調は真摯なもので、優しい。

 スカートを強引に捲り上げようとする様子は無く、真っ直ぐに己を見返してくる彼に、コレットはなんだか気まずくなって視線を外し、「見せろ」という彼に、しぶしぶ膝までスカートを捲り上げて足を伸ばした。

 彼は腕と同じく、確かめるように足を見つめてきて、コレットは気恥しくなってきた。

「もういいで……っあ⁉」

 コレットはスカートを戻そうとしたが、焦った声が漏れた。それというのも、彼の表情が不意に変わり、膝の裏を覗き込んだからだ。
 彼は笑みを消し、そこに生々しく残る傷跡に顔を歪めた。

「……ここか。傷跡が大きいな。痛かっただろう」

 それは普段であればスカートの下に隠れ、コレットが軽く足を曲げれば、見える事も無い場所だった。ただ、そこには確かに深い傷を負った事を思わせる大きな傷跡が残り、どれ程の激痛を身体の主に与えたかを物語っている。

「もう痛くないわよ。癒えているわ」

 コレットは必死である。自分の力はあくまで病を治すもので、外から負った傷を癒せるわけではない。それを口にする事はできないが、傷自体は跡が残っているくらいで癒えているから言い訳になるだろうと思った。

 だが、男の顔が更に曇り、慰めるようにそっと傷跡を手で撫でた。

「あ……あの」
「よく耐えたな」
「…………」

 男の声は優しい。軽く触れるだけであるにも関わらず、彼の大きな手を肌に感じる度に、コレットの心臓は高鳴った。

「歩くのもままならなかったはずだ」
「……そんな、事は……ないわ」

 痛みには強い方だと、コレットは自負している。だから膝裏に大きな傷を負った時も、動かす度に痛みは覚えたが、誰にも悟られることなく歩けた。だが、彼はそんなコレットの意地を見透かしたかのように、静かに告げる。

「私に嘘はつかなくていい」
「…………」

 温かみのある優しい声に、コレットは何だか涙が出そうになったが、自分が王女という立場を思い出して、必死で堪える。

 ただ、どうしても頬が赤く染まった。そんな彼女に魅入られたように、彼はコレットに顔を近づけてきた。彼が何をしようとしているか気づいたコレットは、ふいと顔を背けた。

「ここは……捧げるつもりは無いわ。私が愛した方のものよ」

 唇は将来の夫の為のものとされる。そして、嘘でも愛していると言うべき男のものだ。家同士の繋がりが大事であり、周囲に『夫を愛している妻』と見られなければならない。

 コレットが心から愛せるかどうかは、問題ではない。

 彼は少し渋い顔をしたが、無理に唇を奪おうとはしなかった。だが、だからといって全てを諦めた訳ではない。燃えるような強い眼差しを向け、告げた。

「では、それ以外は許してもらえるんだな?」
「……えぇ。私たちの『責務』だわ」

 騎士団長として、王女の身代わりとして。自分達には役割がある。
 コレットは彼に押し倒されても、抗う事はなかった。
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