6 / 8
幼馴染みのやきもち
初めての告白。
しおりを挟む
約束の日曜日。
まったりとした休日の,朝。
いやーー,困ったな。
名雪くんに頷いたはずの私は,待ち合わせ場所で大和くんを待っていた。
でも,仕方ないよね。
あの日のお昼休みに,私はこっそり隙をついて,やっぱりやめようと声をかけた。
だけど。
あのね,と話し始めようとした途端。
本当に,本当に悲しそうな顔をされたから。
結局言い出せないまま,今日が来てしまったのだ。
でも,だって。
私から言い出したのに,いきなりやめるなんておかしいもん。
今回は約束してたから,だから,だめだって言うなら,今回だけ。
デートなんかじゃない。
友達同士のお出掛けだもん。
下はスカートじゃなくてジーパンだし。
上もゆったりとした大きなプリントTシャツ。
髪は学校でだって結ってるし,問題ないよねっ。
だってデートって,スカートはいてデザインの凝った服を着て,ちょっと高いかかとの靴なんか履いちゃって。
化粧も髪型も気持ちも,全部全部完璧にした女の子と男の子がするものでしょう?
だから,大丈夫!
うん。
そう頷いて,前髪を直した後。
丁度,まだ覚えの新しい低い声が私の名前を呼んだ。
「ごめん,1本早い電車出来たんだけど」
その言葉に,ふっと笑う。
「私も!」
こうして無事に会えた私たちは,近くにある映画館までの道を,2人で歩いた。
「んー。どれにしよっかなぁ。大和くん,先どうぞ」
上映より少し前の映画館は,あんまり混んでなくてとても歩きやすい。
ポップコーンの列に並んで,その間に決められなかった私は,先に大和くんを促す。
限定か,普通のか,量が少ないけど高くて美味しいポップコーンか。
私が迷っていたのは,ポップコーンの種類。
「……おすすめは,ハーフ」
「!」
注文より先に横からかけられた声に,私はぱっと大和くんを見た。
「ふふ。私は塩!」
そしてそのまま店員さんを見る。
「すみません,Mサイズのハーフとメロンソーダ1つ」
「? いいの,塩じゃなくて」
「そういう意味でいったんじゃないよ。ほら,次大和くん」
「……塩Mとコーラで」
無事に受け取って,会場までの時間を端に並んで待つ。
Mサイズのポップコーンは流石に重くて,時々持ち直す。
「大和くんこそ,良かったの? 私のキャラメル,少しあげようか?」
「いや,別に……」
そんな会話をして,上映の10分前。
館内のアナウンスを聞いて,私達は自分達のスクリーンへと歩いた。
来年の映画は,珍しくホラーが沢山あるなぁ。
そんな感想を抱きながら,上映前のCMを眺め,ポップコーンを食べる。
そろそろかなと思い始めた頃には,底が見え始めていた。
ちらりと大和くんを見る。
すると,静かだった大和くんの目は,声が聞こえてきそうな程キラキラしてリラックスしていた。
「いいよね,映画前のこの映像」
ひっそりと声をかけると。
普段の教室では見れない顔で,大和くんはゆったりと微笑んだ。
映画の本編に突入し,メロディーが流れる。
わくわくとその先をただひたすら目で追いかけ,映画館全体から聞こえてくる音や映像を楽しんだ。
静かな静かな館内で,映画だけに集中する。
そんな場所で,大和くんと二人並んで座っていることが,ふと不思議に感じた。
制作者や声優さん達の名前がエンドロールに表示され,そのあとは本編後日の短い映像が流れる。
映画は終わり,明かりがついた。
ぞろぞろとお客さん達が足を外に向ける中で,私もゆっくりと立ち上がった。
「面白かったね!!」
笑顔を向けると,大和くんも
「そうだね」
満足そうに立ち上がる。
ポップコーンのホルダーを手に持ち,私達は揃って劇場を後にした。
「俺さ,映画……好きなんだ。だから今日,結城さんと来れて良かった」
秘密の話をするように,大和くんは私に言う。
そして,宝物を覗かせる様に,ぽつぽつと話した。
「すごいよな。エンドロールでは凄く沢山の人が関わっているように見えるのに,それでも極一部なんだ。原作や脚本なんて特にそう。世の中には沢山の人がいるのに……ああやって映像になるのは,1本のの映画にひとつだけなんだ」
「そうだよね。私はお話を考えるだけでもすごいと思うのに,それでも映画になるかは分からないんだよね」
笑顔で頷くと,そのまま,小さな声で打ち明けてくれる。
「俺……ほんとは,このまま高校を卒業して,大学に入って普通に就職だけをするんじゃなくて。働きながらでもいいから,映画に採用されるような脚本をかける人になりたかったんだ。でもやっぱり,そう簡単にはいかないよな」
どうして過去形で話すんだろう。
私と違って,先のことまで考えられているのをすごいと思いながら,私は寂しそうなその横顔を眺めた。
「中学の頃は,脚本書いてみたりもしてたけど。やっぱり実際に選ばれて働いてる人には程遠いや」
なんと言って言いか分からなくて,そのまま大和くんの横を歩いていると。
大和くんは正面に見えたお店を指差した。
「お昼,ポップコーン食べたばかりだし,マックでどう?」
いいよと言うと,大和くんが頷く。
話,変えられちゃったな。
私達は,少しだけ混んでいたマックへと入店した。
「大和くん,ポテトだけ?」
注文を終えて,レジの前では聞けなかったことを聞く。
「元々あんまり食べないから」
大和くんはいつも通りなのだと答えた。
「私,セットで頼んじゃった」
そうだよね,大和くん,軽く食べられる場所にここを選んだのに。
私だけガッツリ頼んじゃって恥ずかしい……
男の子ってそういうの気にしそうだし,失敗したな。
大和くんより後に注文すれば私もポテトだけにしたのに……
しゅんと肩を落とすと,気遣うように大和くんが言う。
「俺,ゆっくり食べるから。俺のことは気にせずに,好きなもの好きなだけ食べなよ。ちゃんと待ってるから,大丈夫」
その言葉に安心して,丁度整理番号を呼ばれて受け取りを済ませた。
「さっきの,話なんだけど」
「? ああ」
大きなハンバーガーをもそもそと食べ,顔を隠しながら。
私は慎重に口を開く。
「どうして書くのやめちゃったの。好きなものを好きで,やりたいことをやって。それって何も悪いことじゃないのに。それでたとえ結果が出なくても,大和くんの考えた世界はなくならないよ」
充分だと思う。
映画館で見たような豊かな世界が,ずっと残り続けるなら。
大和くんがこんなにも早く何かを諦める必要は,無いんじゃないかな。
「素敵な夢だと思うな。まだやりたい気持ちが残ってるなら,また書いてみたらいいと思う……って言うのは,よくないのかな」
ちらりと表情を窺うと,大和くんは唇を引き絞ったよく分からない顔をしていた。
怒って,は……ない???
「……うん。結城さんの言う通り,まだ自分でも書ききれてない話が沢山残ってて……だから,もうちょっとだけ頑張ってみる」
その言葉に,私は自分の顔を隠すのをやめる。
「! うん!!! まだまだ若いんだもん。私達まだ,高校生になったばっかりだよ! 頑張れ」
少しだけ流れた不安な空気は一気に流れ去り,私達は他の人達に聞こえないように,映画の感想を交換した。
「そろそろ帰ろうか。今日は夕方までに帰って来なさいってお母さんが」
「そっか。……電車,丁度いいのがありそう」
すぐに時間を調べてくれて,私はお礼を伝える。
電車までの道は,楽しくてあっという間だった。
「……あれ,って」
うちの学年の子,じゃない?
「ああ。俺と同中の女子」
ってことは。
名雪くんの言葉が,突然私の頭の中に流れる。
「み,見られたら誤解されるかな」
不安になって,私は大和くんを見上げた。
「なんて?」
「え,えっと……デート? なんじゃないかって」
電車が到着するアナウンスが流れる。
全て聞き終わって,大和くんはようやく口を開いた。
「……俺は,別にいいけど」
いいって,どうして。
「元々,今日はデートのつもりで誘ったんだ。正直,委員会の日まではなんとも思ってなかったのも事実だけど」
? が頭に飛び散らかって,奥からやってくる電車に視線が奪われる。
「素直で優しくて,一生懸命で……今日だってすごく楽しくて,1人じゃない映画がこんなに楽しいなんて思わなかった」
結城さん,と私を呼ぶ低い声。
どきりとして目を合わせると,真面目な瞳に私が映っていた。
「好きだ。俺と付き合って欲しい」
知らない感情。
どきどきと,今までに聞いたことのない音が聞こえてくる。
これって……告白?
言われなくても,イエスだと分かった。
だけど,初めてのことで。
なんと返せばいいのかも分からない。
電車は到着し,私の後ろで扉が開いた。
「乗ろう,結城さん」
そんな困っている私に気づいてか,大和くんが先導する。
他の人に見られていたのも気がついて,私はそそくさとその後ろをついて座った。
大和くんが,私を好き?
優しいって,一生懸命って。
お互い声をかけられない。
沈黙したまま電車に揺られる。
そわそわするこの気持ちは,一体なんだろう。
嬉しい。
そう思ってしまったことを自覚する。
だけど……
それが"私も大和くんのことが好きだから",なのかはやっぱり分からない。
由里子……
こんな時にいつも話を聞いてくれるのは由里子だったのに,今はいない。
月曜日になっても,勝手に今日のことを話していいのかも微妙なところ。
名雪くんの言う通りだった。
もしかしたら私は,とても思わせ振りなことをしてしまったのかもしれない。
ぐるぐる,ぐるぐる。
そうこうしているうちに,自分の駅が次の駅になってしまう。
大和くんはもう少し先だから,今日は次の駅でお別れすることになる。
このまま黙って帰ってしまっても,いいのかな。
そんな風に思って,3分ほどたった後。
私は勇気を出して大和くんへと話しかけた。
人に聞かれるのも困るから,少しだけ小声で。
「大和くん,あの……返事,なんだけど……やっぱり突然で……」
「うん」
そんな私の言葉を,大和くんは待ってくれた。
「保留にして貰うのはだめかな」
震える声を抑えて,ぽつりと尋ねる。
これが私の精一杯だった。
「……だめって言ったら?」
「え……と。いきなり付き合うとかは……ごめんなさい」
ふっと大和くんが笑う。
「じゃあ,保留にしといて。俺,結城さんの答えが出るまで待ってるから」
恥ずかしくなりながら,こくんと頷く。
「じゃ,じゃあね」
「うん。今日はありがとう。最後の最後に困らせてごめん」
ごめんなんて。
私は顔をみれないまま手を振って,到着した自分の駅で降りた。
まったりとした休日の,朝。
いやーー,困ったな。
名雪くんに頷いたはずの私は,待ち合わせ場所で大和くんを待っていた。
でも,仕方ないよね。
あの日のお昼休みに,私はこっそり隙をついて,やっぱりやめようと声をかけた。
だけど。
あのね,と話し始めようとした途端。
本当に,本当に悲しそうな顔をされたから。
結局言い出せないまま,今日が来てしまったのだ。
でも,だって。
私から言い出したのに,いきなりやめるなんておかしいもん。
今回は約束してたから,だから,だめだって言うなら,今回だけ。
デートなんかじゃない。
友達同士のお出掛けだもん。
下はスカートじゃなくてジーパンだし。
上もゆったりとした大きなプリントTシャツ。
髪は学校でだって結ってるし,問題ないよねっ。
だってデートって,スカートはいてデザインの凝った服を着て,ちょっと高いかかとの靴なんか履いちゃって。
化粧も髪型も気持ちも,全部全部完璧にした女の子と男の子がするものでしょう?
だから,大丈夫!
うん。
そう頷いて,前髪を直した後。
丁度,まだ覚えの新しい低い声が私の名前を呼んだ。
「ごめん,1本早い電車出来たんだけど」
その言葉に,ふっと笑う。
「私も!」
こうして無事に会えた私たちは,近くにある映画館までの道を,2人で歩いた。
「んー。どれにしよっかなぁ。大和くん,先どうぞ」
上映より少し前の映画館は,あんまり混んでなくてとても歩きやすい。
ポップコーンの列に並んで,その間に決められなかった私は,先に大和くんを促す。
限定か,普通のか,量が少ないけど高くて美味しいポップコーンか。
私が迷っていたのは,ポップコーンの種類。
「……おすすめは,ハーフ」
「!」
注文より先に横からかけられた声に,私はぱっと大和くんを見た。
「ふふ。私は塩!」
そしてそのまま店員さんを見る。
「すみません,Mサイズのハーフとメロンソーダ1つ」
「? いいの,塩じゃなくて」
「そういう意味でいったんじゃないよ。ほら,次大和くん」
「……塩Mとコーラで」
無事に受け取って,会場までの時間を端に並んで待つ。
Mサイズのポップコーンは流石に重くて,時々持ち直す。
「大和くんこそ,良かったの? 私のキャラメル,少しあげようか?」
「いや,別に……」
そんな会話をして,上映の10分前。
館内のアナウンスを聞いて,私達は自分達のスクリーンへと歩いた。
来年の映画は,珍しくホラーが沢山あるなぁ。
そんな感想を抱きながら,上映前のCMを眺め,ポップコーンを食べる。
そろそろかなと思い始めた頃には,底が見え始めていた。
ちらりと大和くんを見る。
すると,静かだった大和くんの目は,声が聞こえてきそうな程キラキラしてリラックスしていた。
「いいよね,映画前のこの映像」
ひっそりと声をかけると。
普段の教室では見れない顔で,大和くんはゆったりと微笑んだ。
映画の本編に突入し,メロディーが流れる。
わくわくとその先をただひたすら目で追いかけ,映画館全体から聞こえてくる音や映像を楽しんだ。
静かな静かな館内で,映画だけに集中する。
そんな場所で,大和くんと二人並んで座っていることが,ふと不思議に感じた。
制作者や声優さん達の名前がエンドロールに表示され,そのあとは本編後日の短い映像が流れる。
映画は終わり,明かりがついた。
ぞろぞろとお客さん達が足を外に向ける中で,私もゆっくりと立ち上がった。
「面白かったね!!」
笑顔を向けると,大和くんも
「そうだね」
満足そうに立ち上がる。
ポップコーンのホルダーを手に持ち,私達は揃って劇場を後にした。
「俺さ,映画……好きなんだ。だから今日,結城さんと来れて良かった」
秘密の話をするように,大和くんは私に言う。
そして,宝物を覗かせる様に,ぽつぽつと話した。
「すごいよな。エンドロールでは凄く沢山の人が関わっているように見えるのに,それでも極一部なんだ。原作や脚本なんて特にそう。世の中には沢山の人がいるのに……ああやって映像になるのは,1本のの映画にひとつだけなんだ」
「そうだよね。私はお話を考えるだけでもすごいと思うのに,それでも映画になるかは分からないんだよね」
笑顔で頷くと,そのまま,小さな声で打ち明けてくれる。
「俺……ほんとは,このまま高校を卒業して,大学に入って普通に就職だけをするんじゃなくて。働きながらでもいいから,映画に採用されるような脚本をかける人になりたかったんだ。でもやっぱり,そう簡単にはいかないよな」
どうして過去形で話すんだろう。
私と違って,先のことまで考えられているのをすごいと思いながら,私は寂しそうなその横顔を眺めた。
「中学の頃は,脚本書いてみたりもしてたけど。やっぱり実際に選ばれて働いてる人には程遠いや」
なんと言って言いか分からなくて,そのまま大和くんの横を歩いていると。
大和くんは正面に見えたお店を指差した。
「お昼,ポップコーン食べたばかりだし,マックでどう?」
いいよと言うと,大和くんが頷く。
話,変えられちゃったな。
私達は,少しだけ混んでいたマックへと入店した。
「大和くん,ポテトだけ?」
注文を終えて,レジの前では聞けなかったことを聞く。
「元々あんまり食べないから」
大和くんはいつも通りなのだと答えた。
「私,セットで頼んじゃった」
そうだよね,大和くん,軽く食べられる場所にここを選んだのに。
私だけガッツリ頼んじゃって恥ずかしい……
男の子ってそういうの気にしそうだし,失敗したな。
大和くんより後に注文すれば私もポテトだけにしたのに……
しゅんと肩を落とすと,気遣うように大和くんが言う。
「俺,ゆっくり食べるから。俺のことは気にせずに,好きなもの好きなだけ食べなよ。ちゃんと待ってるから,大丈夫」
その言葉に安心して,丁度整理番号を呼ばれて受け取りを済ませた。
「さっきの,話なんだけど」
「? ああ」
大きなハンバーガーをもそもそと食べ,顔を隠しながら。
私は慎重に口を開く。
「どうして書くのやめちゃったの。好きなものを好きで,やりたいことをやって。それって何も悪いことじゃないのに。それでたとえ結果が出なくても,大和くんの考えた世界はなくならないよ」
充分だと思う。
映画館で見たような豊かな世界が,ずっと残り続けるなら。
大和くんがこんなにも早く何かを諦める必要は,無いんじゃないかな。
「素敵な夢だと思うな。まだやりたい気持ちが残ってるなら,また書いてみたらいいと思う……って言うのは,よくないのかな」
ちらりと表情を窺うと,大和くんは唇を引き絞ったよく分からない顔をしていた。
怒って,は……ない???
「……うん。結城さんの言う通り,まだ自分でも書ききれてない話が沢山残ってて……だから,もうちょっとだけ頑張ってみる」
その言葉に,私は自分の顔を隠すのをやめる。
「! うん!!! まだまだ若いんだもん。私達まだ,高校生になったばっかりだよ! 頑張れ」
少しだけ流れた不安な空気は一気に流れ去り,私達は他の人達に聞こえないように,映画の感想を交換した。
「そろそろ帰ろうか。今日は夕方までに帰って来なさいってお母さんが」
「そっか。……電車,丁度いいのがありそう」
すぐに時間を調べてくれて,私はお礼を伝える。
電車までの道は,楽しくてあっという間だった。
「……あれ,って」
うちの学年の子,じゃない?
「ああ。俺と同中の女子」
ってことは。
名雪くんの言葉が,突然私の頭の中に流れる。
「み,見られたら誤解されるかな」
不安になって,私は大和くんを見上げた。
「なんて?」
「え,えっと……デート? なんじゃないかって」
電車が到着するアナウンスが流れる。
全て聞き終わって,大和くんはようやく口を開いた。
「……俺は,別にいいけど」
いいって,どうして。
「元々,今日はデートのつもりで誘ったんだ。正直,委員会の日まではなんとも思ってなかったのも事実だけど」
? が頭に飛び散らかって,奥からやってくる電車に視線が奪われる。
「素直で優しくて,一生懸命で……今日だってすごく楽しくて,1人じゃない映画がこんなに楽しいなんて思わなかった」
結城さん,と私を呼ぶ低い声。
どきりとして目を合わせると,真面目な瞳に私が映っていた。
「好きだ。俺と付き合って欲しい」
知らない感情。
どきどきと,今までに聞いたことのない音が聞こえてくる。
これって……告白?
言われなくても,イエスだと分かった。
だけど,初めてのことで。
なんと返せばいいのかも分からない。
電車は到着し,私の後ろで扉が開いた。
「乗ろう,結城さん」
そんな困っている私に気づいてか,大和くんが先導する。
他の人に見られていたのも気がついて,私はそそくさとその後ろをついて座った。
大和くんが,私を好き?
優しいって,一生懸命って。
お互い声をかけられない。
沈黙したまま電車に揺られる。
そわそわするこの気持ちは,一体なんだろう。
嬉しい。
そう思ってしまったことを自覚する。
だけど……
それが"私も大和くんのことが好きだから",なのかはやっぱり分からない。
由里子……
こんな時にいつも話を聞いてくれるのは由里子だったのに,今はいない。
月曜日になっても,勝手に今日のことを話していいのかも微妙なところ。
名雪くんの言う通りだった。
もしかしたら私は,とても思わせ振りなことをしてしまったのかもしれない。
ぐるぐる,ぐるぐる。
そうこうしているうちに,自分の駅が次の駅になってしまう。
大和くんはもう少し先だから,今日は次の駅でお別れすることになる。
このまま黙って帰ってしまっても,いいのかな。
そんな風に思って,3分ほどたった後。
私は勇気を出して大和くんへと話しかけた。
人に聞かれるのも困るから,少しだけ小声で。
「大和くん,あの……返事,なんだけど……やっぱり突然で……」
「うん」
そんな私の言葉を,大和くんは待ってくれた。
「保留にして貰うのはだめかな」
震える声を抑えて,ぽつりと尋ねる。
これが私の精一杯だった。
「……だめって言ったら?」
「え……と。いきなり付き合うとかは……ごめんなさい」
ふっと大和くんが笑う。
「じゃあ,保留にしといて。俺,結城さんの答えが出るまで待ってるから」
恥ずかしくなりながら,こくんと頷く。
「じゃ,じゃあね」
「うん。今日はありがとう。最後の最後に困らせてごめん」
ごめんなんて。
私は顔をみれないまま手を振って,到着した自分の駅で降りた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

こちら御神楽学園心霊部!
緒方あきら
児童書・童話
取りつかれ体質の主人公、月城灯里が霊に憑かれた事を切っ掛けに心霊部に入部する。そこに数々の心霊体験が舞い込んでくる。事件を解決するごとに部員との絆は深まっていく。けれど、彼らにやってくる心霊事件は身の毛がよだつ恐ろしいものばかりで――。
灯里は取りつかれ体質で、事あるごとに幽霊に取りつかれる。
それがきっかけで学校の心霊部に入部する事になったが、いくつもの事件がやってきて――。
。
部屋に異音がなり、主人公を怯えさせる【トッテさん】。
前世から続く呪いにより死に導かれる生徒を救うが、彼にあげたお札は一週間でボロボロになってしまう【前世の名前】。
通ってはいけない道を通り、自分の影を失い、荒れた祠を修復し祈りを捧げて解決を試みる【竹林の道】。
どこまでもついて来る影が、家まで辿り着いたと安心した主人公の耳元に突然囁きかけてさっていく【楽しかった?】。
封印されていたものを解き放つと、それは江戸時代に封じられた幽霊。彼は門吉と名乗り主人公たちは土地神にするべく扱う【首無し地蔵】。
決して話してはいけない怪談を話してしまい、クラスメイトの背中に危険な影が現れ、咄嗟にこの話は嘘だったと弁明し霊を払う【嘘つき先生】。
事故死してさ迷う亡霊と出くわしてしまう。気付かぬふりをしてやり過ごすがすれ違い様に「見えてるくせに」と囁かれ襲われる【交差点】。
ひたすら振返らせようとする霊、駅まで着いたがトンネルを走る窓が鏡のようになり憑りついた霊の禍々しい姿を見る事になる【うしろ】。
都市伝説の噂を元に、エレベーターで消えてしまった生徒。記憶からさえもその存在を消す神隠し。心霊部は総出で生徒の救出を行った【異世界エレベーター】。
延々と名前を問う不気味な声【名前】。
10の怪異譚からなる心霊ホラー。心霊部の活躍は続いていく。
山姥(やまんば)
野松 彦秋
児童書・童話
小学校5年生の仲良し3人組の、テッカ(佐上哲也)、カッチ(野田克彦)、ナオケン(犬塚直哉)。
実は3人とも、同じクラスの女委員長の松本いずみに片思いをしている。
小学校の宿泊研修を楽しみにしていた4人。ある日、宿泊研修の目的地が3枚の御札の昔話が生まれた山である事が分かる。
しかも、10年前自分達の学校の先輩がその山で失踪していた事実がわかる。
行方不明者3名のうち、一人だけ帰って来た先輩がいるという事を知り、興味本位でその人に会いに行く事を思いつく3人。
3人の意中の女の子、委員長松本いずみもその計画に興味を持ち、4人はその先輩に会いに行く事にする。
それが、恐怖の夏休みの始まりであった。
山姥が実在し、4人に危険が迫る。
4人は、信頼する大人達に助けを求めるが、その結果大事な人を失う事に、状況はどんどん悪くなる。
山姥の執拗な追跡に、彼らは生き残る事が出来るのか!
瑠璃の姫君と鉄黒の騎士
石河 翠
児童書・童話
可愛いフェリシアはひとりぼっち。部屋の中に閉じ込められ、放置されています。彼女の楽しみは、窓の隙間から空を眺めながら歌うことだけ。
そんなある日フェリシアは、貧しい身なりの男の子にさらわれてしまいました。彼は本来自分が受け取るべきだった幸せを、フェリシアが台無しにしたのだと責め立てます。
突然のことに困惑しつつも、男の子のためにできることはないかと悩んだあげく、彼女は一本の羽を渡すことに決めました。
大好きな友達に似た男の子に笑ってほしい、ただその一心で。けれどそれは、彼女の命を削る行為で……。
記憶を失くしたヒロインと、幸せになりたいヒーローの物語。ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:249286)をお借りしています。
がきあみ ―閻魔大王がわたしたちに運命のいたずらをした―
くまの広珠
児童書・童話
「香蘭ちゃん、好きだよ。ぼくが救ってあげられたらいいのに……」
クラスメイトの宝君は、告白してくれた直後に、わたしの前から姿を消した。
「有若宝なんてヤツ、知らねぇし」
誰も宝君を、覚えていない。
そして、土車に乗ったミイラがあらわれた……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『小栗判官』をご存知ですか?
説経節としても有名な、紀州、熊野古道にまつわる伝説です。
『小栗判官』には色々な筋の話が伝わっていますが、そのひとつをオマージュしてファンタジーをつくりました。
主人公は小学六年生――。
*エブリスタにも投稿しています。
*小学生にも理解できる表現を目指しています。
*話の性質上、実在する地名や史跡が出てきますが、すべてフィクションです。実在の人物、団体、場所とは一切関係ありません。
守護霊のお仕事なんて出来ません!
柚月しずく
児童書・童話
事故に遭ってしまった未蘭が目が覚めると……そこは死後の世界だった。
死後の世界には「死亡予定者リスト」が存在するらしい。未蘭はリストに名前がなく「不法侵入者」と責められてしまう。
そんな未蘭を救ってくれたのは、白いスーツを着た少年。柊だった。
助けてもらいホッとしていた未蘭だったが、ある選択を迫られる。
・守護霊代行の仕事を手伝うか。
・死亡手続きを進められるか。
究極の選択を迫られた未蘭。
守護霊代行の仕事を引き受けることに。
人には視えない存在「守護霊代行」の任務を、なんとかこなしていたが……。
「視えないはずなのに、どうして私のことがわかるの?」
話しかけてくる男の子が現れて――⁉︎
ちょっと不思議で、信じられないような。だけど心温まるお話。
盲目魔女さんに拾われた双子姉妹は恩返しをするそうです。
桐山一茶
児童書・童話
雨が降り注ぐ夜の山に、捨てられてしまった双子の姉妹が居ました。
山の中には恐ろしい魔物が出るので、幼い少女の力では山の中で生きていく事なんか出来ません。
そんな中、双子姉妹の目の前に全身黒ずくめの女の人が現れました。
するとその人は優しい声で言いました。
「私は目が見えません。だから手を繋ぎましょう」
その言葉をきっかけに、3人は仲良く暮らし始めたそうなのですが――。
(この作品はほぼ毎日更新です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる