背伸びだとしても,私だって恋がしたいっ

不破 海美ーふわ うみー

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幼馴染みのやきもち

初めての告白。

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約束の日曜日。

まったりとした休日の,朝。

いやーー,困ったな。

名雪くんに頷いたはずの私は,待ち合わせ場所で大和くんを待っていた。

でも,仕方ないよね。

あの日のお昼休みに,私はこっそり隙をついて,やっぱりやめようと声をかけた。

だけど。

あのね,と話し始めようとした途端。

本当に,本当に悲しそうな顔をされたから。

結局言い出せないまま,今日が来てしまったのだ。

でも,だって。

私から言い出したのに,いきなりやめるなんておかしいもん。

今回は約束してたから,だから,だめだって言うなら,今回だけ。

デートなんかじゃない。

友達同士のお出掛けだもん。

下はスカートじゃなくてジーパンだし。

上もゆったりとした大きなプリントTシャツ。

髪は学校でだって結ってるし,問題ないよねっ。

だってデートって,スカートはいてデザインの凝った服を着て,ちょっと高いかかとの靴なんか履いちゃって。

化粧も髪型も気持ちも,全部全部完璧にした女の子と男の子がするものでしょう?

だから,大丈夫!

うん。

そう頷いて,前髪を直した後。

丁度,まだ覚えの新しい低い声が私の名前を呼んだ。



「ごめん,1本早い電車出来たんだけど」



その言葉に,ふっと笑う。



「私も!」



こうして無事に会えた私たちは,近くにある映画館までの道を,2人で歩いた。



「んー。どれにしよっかなぁ。大和くん,先どうぞ」



上映より少し前の映画館は,あんまり混んでなくてとても歩きやすい。

ポップコーンの列に並んで,その間に決められなかった私は,先に大和くんを促す。

限定か,普通のか,量が少ないけど高くて美味しいポップコーンか。

私が迷っていたのは,ポップコーンの種類。



「……おすすめは,ハーフ」

「!」



注文より先に横からかけられた声に,私はぱっと大和くんを見た。



「ふふ。私は塩!」



そしてそのまま店員さんを見る。



「すみません,Mサイズのハーフとメロンソーダ1つ」

「? いいの,塩じゃなくて」

「そういう意味でいったんじゃないよ。ほら,次大和くん」

「……塩Mとコーラで」



無事に受け取って,会場までの時間を端に並んで待つ。

Mサイズのポップコーンは流石に重くて,時々持ち直す。



「大和くんこそ,良かったの? 私のキャラメル,少しあげようか?」

「いや,別に……」



そんな会話をして,上映の10分前。

館内のアナウンスを聞いて,私達は自分達のスクリーンへと歩いた。

来年の映画は,珍しくホラーが沢山あるなぁ。

そんな感想を抱きながら,上映前のCMを眺め,ポップコーンを食べる。

そろそろかなと思い始めた頃には,底が見え始めていた。

ちらりと大和くんを見る。

すると,静かだった大和くんの目は,声が聞こえてきそうな程キラキラしてリラックスしていた。




「いいよね,映画前のこの映像」



ひっそりと声をかけると。

普段の教室では見れない顔で,大和くんはゆったりと微笑んだ。

映画の本編に突入し,メロディーが流れる。

わくわくとその先をただひたすら目で追いかけ,映画館全体から聞こえてくる音や映像を楽しんだ。

静かな静かな館内で,映画だけに集中する。

そんな場所で,大和くんと二人並んで座っていることが,ふと不思議に感じた。

制作者や声優さん達の名前がエンドロールに表示され,そのあとは本編後日の短い映像が流れる。

映画は終わり,明かりがついた。

ぞろぞろとお客さん達が足を外に向ける中で,私もゆっくりと立ち上がった。



「面白かったね!!」



笑顔を向けると,大和くんも



「そうだね」



満足そうに立ち上がる。

ポップコーンのホルダーを手に持ち,私達は揃って劇場を後にした。



「俺さ,映画……好きなんだ。だから今日,結城さんと来れて良かった」



秘密の話をするように,大和くんは私に言う。

そして,宝物を覗かせる様に,ぽつぽつと話した。



「すごいよな。エンドロールでは凄く沢山の人が関わっているように見えるのに,それでも極一部なんだ。原作や脚本なんて特にそう。世の中には沢山の人がいるのに……ああやって映像になるのは,1本のの映画にひとつだけなんだ」

「そうだよね。私はお話を考えるだけでもすごいと思うのに,それでも映画になるかは分からないんだよね」



笑顔で頷くと,そのまま,小さな声で打ち明けてくれる。



「俺……ほんとは,このまま高校を卒業して,大学に入って普通に就職だけをするんじゃなくて。働きながらでもいいから,映画に採用されるような脚本をかける人になりたかったんだ。でもやっぱり,そう簡単にはいかないよな」



どうして過去形で話すんだろう。

私と違って,先のことまで考えられているのをすごいと思いながら,私は寂しそうなその横顔を眺めた。



「中学の頃は,脚本書いてみたりもしてたけど。やっぱり実際に選ばれて働いてる人には程遠いや」



なんと言って言いか分からなくて,そのまま大和くんの横を歩いていると。

大和くんは正面に見えたお店を指差した。



「お昼,ポップコーン食べたばかりだし,マックでどう?」



いいよと言うと,大和くんが頷く。

話,変えられちゃったな。

私達は,少しだけ混んでいたマックへと入店した。



「大和くん,ポテトだけ?」



注文を終えて,レジの前では聞けなかったことを聞く。



「元々あんまり食べないから」



大和くんはいつも通りなのだと答えた。



「私,セットで頼んじゃった」



そうだよね,大和くん,軽く食べられる場所にここを選んだのに。

私だけガッツリ頼んじゃって恥ずかしい……

男の子ってそういうの気にしそうだし,失敗したな。

大和くんより後に注文すれば私もポテトだけにしたのに……

しゅんと肩を落とすと,気遣うように大和くんが言う。



「俺,ゆっくり食べるから。俺のことは気にせずに,好きなもの好きなだけ食べなよ。ちゃんと待ってるから,大丈夫」



その言葉に安心して,丁度整理番号を呼ばれて受け取りを済ませた。



「さっきの,話なんだけど」

「? ああ」



大きなハンバーガーをもそもそと食べ,顔を隠しながら。

私は慎重に口を開く。



「どうして書くのやめちゃったの。好きなものを好きで,やりたいことをやって。それって何も悪いことじゃないのに。それでたとえ結果が出なくても,大和くんの考えた世界はなくならないよ」



充分だと思う。

映画館で見たような豊かな世界が,ずっと残り続けるなら。

大和くんがこんなにも早く何かを諦める必要は,無いんじゃないかな。



「素敵な夢だと思うな。まだやりたい気持ちが残ってるなら,また書いてみたらいいと思う……って言うのは,よくないのかな」



ちらりと表情を窺うと,大和くんは唇を引き絞ったよく分からない顔をしていた。

怒って,は……ない???


「……うん。結城さんの言う通り,まだ自分でも書ききれてない話が沢山残ってて……だから,もうちょっとだけ頑張ってみる」



その言葉に,私は自分の顔を隠すのをやめる。



「! うん!!! まだまだ若いんだもん。私達まだ,高校生になったばっかりだよ! 頑張れ」



少しだけ流れた不安な空気は一気に流れ去り,私達は他の人達に聞こえないように,映画の感想を交換した。



「そろそろ帰ろうか。今日は夕方までに帰って来なさいってお母さんが」

「そっか。……電車,丁度いいのがありそう」



すぐに時間を調べてくれて,私はお礼を伝える。

電車までの道は,楽しくてあっという間だった。



「……あれ,って」



うちの学年の子,じゃない?



「ああ。俺と同中の女子」



ってことは。

名雪くんの言葉が,突然私の頭の中に流れる。



「み,見られたら誤解されるかな」



不安になって,私は大和くんを見上げた。



「なんて?」

「え,えっと……デート? なんじゃないかって」


電車が到着するアナウンスが流れる。

全て聞き終わって,大和くんはようやく口を開いた。



「……俺は,別にいいけど」



いいって,どうして。



「元々,今日はデートのつもりで誘ったんだ。正直,委員会の日まではなんとも思ってなかったのも事実だけど」



? が頭に飛び散らかって,奥からやってくる電車に視線が奪われる。



「素直で優しくて,一生懸命で……今日だってすごく楽しくて,1人じゃない映画がこんなに楽しいなんて思わなかった」



結城さん,と私を呼ぶ低い声。

どきりとして目を合わせると,真面目な瞳に私が映っていた。



「好きだ。俺と付き合って欲しい」



知らない感情。

どきどきと,今までに聞いたことのない音が聞こえてくる。

これって……告白?

言われなくても,イエスだと分かった。

だけど,初めてのことで。

なんと返せばいいのかも分からない。

電車は到着し,私の後ろで扉が開いた。



「乗ろう,結城さん」



そんな困っている私に気づいてか,大和くんが先導する。

他の人に見られていたのも気がついて,私はそそくさとその後ろをついて座った。

大和くんが,私を好き?

優しいって,一生懸命って。

お互い声をかけられない。

沈黙したまま電車に揺られる。

そわそわするこの気持ちは,一体なんだろう。

嬉しい。

そう思ってしまったことを自覚する。

だけど……

それが"私も大和くんのことが好きだから",なのかはやっぱり分からない。

由里子……

こんな時にいつも話を聞いてくれるのは由里子だったのに,今はいない。

月曜日になっても,勝手に今日のことを話していいのかも微妙なところ。

名雪くんの言う通りだった。

もしかしたら私は,とても思わせ振りなことをしてしまったのかもしれない。

ぐるぐる,ぐるぐる。

そうこうしているうちに,自分の駅が次の駅になってしまう。

大和くんはもう少し先だから,今日は次の駅でお別れすることになる。

このまま黙って帰ってしまっても,いいのかな。

そんな風に思って,3分ほどたった後。

私は勇気を出して大和くんへと話しかけた。

人に聞かれるのも困るから,少しだけ小声で。



「大和くん,あの……返事,なんだけど……やっぱり突然で……」

「うん」



そんな私の言葉を,大和くんは待ってくれた。



「保留にして貰うのはだめかな」



震える声を抑えて,ぽつりと尋ねる。

これが私の精一杯だった。



「……だめって言ったら?」

「え……と。いきなり付き合うとかは……ごめんなさい」



ふっと大和くんが笑う。



「じゃあ,保留にしといて。俺,結城さんの答えが出るまで待ってるから」



恥ずかしくなりながら,こくんと頷く。



「じゃ,じゃあね」

「うん。今日はありがとう。最後の最後に困らせてごめん」



ごめんなんて。

私は顔をみれないまま手を振って,到着した自分の駅で降りた。

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