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幼馴染みとの距離。

特別。

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目の前で,ミディアムとボブの揺れる朝。



「ねぇ,昨日のあれ何だったの?! しかも,何気にあれからちょくちょく話してない?」

「そうだよ。あの授業のあと,結城ちゃん髪弄ってて声かけるのやめたまま,聞くの忘れてた」




ドンッと机に腕を立てられ,私はきょとんと2人を見返した。

結奈と莉奈,どちらも高校に来てから出来た友達で,私はいつも,基本的にはこの2人と……



「流石七海。ジュース買いに行ってる間に,小中くんとも仲良くなったの? 
目離すとすぐ友達増やして帰ってくるんだからもう。授業,間に合わないんじゃないかと思ったよ」



猫田 由里子,小学校の頃からの親友と共にいることが多い。



「由里子。えへへ,ごめんーー」



後ろからハグをするように腕を回されて,私はそのネックレスを右手で掴まえて由里子を見上げる。



「でも違うんだ~。由里子も覚えてないかな,小雪くん,小学校の時転校しちゃったんだけど」



今思えば,同じ高校に通えるくらいには,そんなに大した距離じゃないけど。

その頃の私達にはとても遠くに思える距離だった。



「転校……? あ,あーー。そんなことがあったような無かったような。っていうかさ,そういえば七海がそいつとばっかいたから,私達が友達になったの2年からなんじゃない?」



そ,それはあるかも~!!

由里子とはいつの間にかずっと友達だったと思ってたけど,確かに2の最初の頃までは,特別仲良しって程では無かったのかもしれない。



「えじゃあ,小学校同じだったの?」

「あの時のって言うなら,そうかも。私はね」



結奈が前のめりに聞いてくる。

由里子はさらりと答えて,私から腕を外した。



「私は保育園から」



えへへと促されて答える。

すると今度は莉奈が驚いたように私を見た。



「でも凄いね。小学校2年生……? よく覚えて」

「うん,私もそう思う。私は覚えてはいても,同じ人だなんて分からなかった」

「ってことは小中くんの方から?」



全員が,揃って名雪くんを向く。



「あーあの顔。思い出してきたわ。結城からずっといたっていうより」



由里子の声や2人の動きにつられて顔を向けると,流石に名雪くんも気がついて。

私がへにゃりと笑うと,同じ様に笑顔を返して,名雪くんはまた友達と話を始めた。




「小中くん,こっち向いてたね……! 一瞬だけど! 話聞こえちゃったのかな」

「見てたから気付かれたんじゃないかな」



そして直ぐに,私も莉奈と顔を見合わせて笑った。

お昼ご飯の前には,全員トイレの水道で手を洗う。

そこから教室までの廊下に名雪くんを見つけて,私達はまた軽い会話を始めた。



「ねえ朝,なんで俺の方見てたの?」

「え? んー,いつ仲良くなったの? って」

「話したんだ」

「うん」



名雪くんはにこりとして,納得したように頷く。



「結城ちゃん,まだクマ好きなの?」



そういって名雪くんが指したのは,私の持つハンカチ。

茶色いクマの刺繍が入った暖かい色のハンカチは,ふわふわで水気をよく吸いとってくれる。

私のお気に入り。



「うん,ちっちゃい時から,なんでかウサギやネコよりクマがいいと思っちゃうんだよね~。あ,うちの"真琴くん"は別だけどね」

「あー。あの黒くてでっかかった犬! まだ元気してる?」


名雪くんは私のことだけじゃなくて,その家族まで覚えていてくれたらしい。



「ぎりぎり。でもそんなに大きくないよ。私達が小さかっただけ」

「なるほどねー,そう言えばそうだ。こんど写真見せて」



いいよ,と頷いた。

名雪くんは私が思っているよりもずっと多くのことを憶えていて,そのお陰か,友達だった頃より離れてからの方が長いなんて事実は気にもならない。



「結城ちゃん,じゃあ。俺あっちで待たれてるみたいだから」



一瞬見えたスマホの光は,きっとメッセージアプリの物。

だけど私は他のことに気をとられて,思わず名雪くんの姿をじっと見返した。



「あ,うん」



すぐにハッとするけど,それはちょっと名雪くんの気を引く行動だったみたいで。

大したことではなかったのに,名雪くんは足を止めて振り返ってしまう。



「なに?」



優しいなあ。

本当に,大した話じゃないのに。



「ううん。"結城ちゃん"って,男の子に呼ばれることって無かったから」



七海さん,七海,結城さん,結城。

他の人もそうだと思うけど,仲のいい人順に並べるとこんな感じ。

小学校でも,私をちゃん付けしていたのは保育園組の女の子達の中でだって少数で。

小学校·中学年からは,さん付けにするように言われていたのもあって,男の子はそれこそ名雪くんで最後だったように思う。

男の子に自分をちゃん付けで呼ばれるのも,名雪くんが変わらずその呼び方を使うことも,なんだかとても不思議に感じて,ついじっと見てしまったのだ。



「じゃあ"特別"だ」



名雪くんはそう笑うと,今度こそ機嫌良さそうに去っていった。

その滅多に向けられない言葉に面食らって,私はまたねを言い損ねる。

昔は気にならなかったけど……

名雪くんって結構変な人なのかも。

なんて,失礼かな。

私は名雪くんとは別に,また手の拭き残しをハンカチで拭いながら,ゆっくりと教室へ戻った。



「えー? あいつ,ん"ん。小中くんそんなこと言ったの?」

「うん」



……もぐもぐ。



教室に戻ると,待っていたのは由里子1人だった。

他の2人はまだトイレで並んでいるんだろう。



「まあ,なら……七海もその話,あんまりしない方がいいよ。場合によっては自慢してると思われるから」



世間話からの急な方向転換に,少し驚く。



「え,何の」



怖くなって手を止めると,案の定苦笑された。



「うん,まあ,分かんないだろうけども」



子供扱いですか? 由里子さん。

むぅ,と箸を止めて由里子を見る。

すると,由里子はそんな私に気がついて,自分の目をトントンと叩いてやめなさいと伝えてきた。



「小中くんは,たとえ誰の何だとしても,周りから見れば1人の"男子"ってこと。つまり,周りは純の国の人とは文化が違うってことなの。七海はパスポート不所持だから,いつまでもその国にいなさい。ううん,いてちょーだい」

「なーに,やっぱり馬鹿にしてるでしょーっ。私もそっちに飛ぶ!」

「してないってば。何言ってるかも分かってないくせに」



仕方なさそうに笑う由里子とじゃれあっている間に,結奈と瑠菜もお手洗いから戻ってきて。

私達はいつも通り平和なお昼休みを過ごした。

そして



『体育委員の皆さんにお知らせです。先週担任の先生を通して伝えていた通り,放課後は集まりがあるので3:45分までに第一学習室までお願いします。繰り返します……』



「あ」「ねぇ,体育委員って確か」

「結城ちゃんじゃない?」「結城ちゃんじゃなかった?」

「ヤバい……! 遅くなるってままに連絡してない! 自分の駅まで迎えに来て貰ってるのに…っ!!」



忘れていた大事なことを,思い出した。

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