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ボクのススムミチ。

ボクと,ソレイガイ。

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『返事はいらない。まだ』



その言葉がぐるぐるぐるぐると留まって,全身を循環していく。

求められても,返せなかったけど。

いらないと言われても,戸惑ってしまう。

僕自身,どうしたいのか分からなかった。

だって,僕は知っている。

きっと,リューの気持ちにいつか応えられることを。

お互いだけが,お互いの求める隙間を埋めることが出来ることを。



「何ボーっとしてんだよ」



気もそぞろな僕に,三太がぽりぽりとブロッコリーを咀嚼しながら言った。

思わずえ? っと聞き返してしまう。



「俺たちもあんまり言わないでいるけど……最近多いだろ。1人で帰った日,何かあったのか」



三太に続くように,スズも言った。

三太はそこまで考えていたわけではないだろうけど,どうやら僕は,知らない間に気を使わせていたらしい。

敦までもがちらりと僕をみる。

その延長で,僕はリューと目を合わせてしまった。

つい,ふいと視線をはずす。

こんな風にしたいわけでも,して言いと思っているわけでも無かったけど。

反射的に逸らしてしまうのだからどうにもならない。

そわそわして,どこか気恥ずかしくて。



「何でもないよ。少し考え事をしていただけ」

「本当に? 何かあったら言えよ」



僕は顔を伏せて,前髪に触れた。



「うん。ありがとうスズ」



三太がごきゅごきゅと水分を補給する。

視線を感じて顔を上げると,三太は僕のお弁当を見ていた。

三太はもう,早くも自分の分を食べ終えている。

嫌な予感がして,あげないよと言いかけた。

けれどそれよりも早く,三太が口を開く。



「なー。全然食ってねーじゃん。いらないなら唐揚げだけでもくれね??」



明らかに僕に向けられた言葉だ。

僕はお弁当を守るように腕で囲った。



「だめ。絶対やだ」

「何でだよ,ケチだなー。今度なんか返すから」

「だめ」



僕はマスクの下から食べ物をいれていく。

三太はムッとしたように口をつぐんで,箸を噛んだ。

これ以上明確な拒否を示さないといけないのかと窺いながら,平静を装って僕は食事を続けた。



「三太」



見かねたような声色で,リューが短く三太を見る。

僕がそちらを見ると,三太の空になったはずの弁当箱の上に唐揚げが乗っていた。



「えまじくれんの?」

「わざわざ嫌がってる潔癖の伊織から貰うこと無いだろ」

「そろそろ嫌われるぞ,三太」




庇われたのだと分かる。

スズは空気を読んで和ませるために,からかうような口調で宥めていた。



「え。……ごめん伊織」

「いいよ。僕もごめんね。別に三太を汚いと思ってるわけじゃないから」



僕は言いながらリューを見る。

思えばこんなことが今までも何度もあったような気がする。

三太が絶望的に空気を読めないだけだと思っていたけど……

僕が気づいていないだけで,きっと沢山助け続けてきてくれたんだろう。

そう思うと,何故か唇を噛み締めたくて仕方なくなった。



「伊織」



ドックンと心臓が震える。

顔を上げると,敦が自分の頬をつんつんとつついていた。



「マスク,ついてる」



パッと同じ位置に触れてみる。

そこには米の粒がひとつついていた。



「あ,ありがと」



食事のたびにマスクを外さない僕。

リューは潔癖ってことにしてくれてるけど,そんな奴がマスクをしたままなんてかえって不衛生だ。

そんな変な奴なのに,皆は疑問を口に出さず受け入れてくれている。

僕はとてもいい人たちと友達になれて,良かったと心から思った。



「そう言えば今日の単語テスト,結局やるんだって」



敦の言葉に,スズと三太の肩が跳ねる。



「まじかよ」

「やんないって言ったのに嘘つきじゃんっっ!!」



僕は肩を竦めて2人へ言った。



「今からやればいいんだよ。なんなら別に昼休み終わったあとの10分でも十分間に合うでしょ」



言いながら,僕は少しドキドキしていた。

何故か,リューだけじゃなく,敦の顔までもが見れない。



「いいよなー。伊織は何だかんだ運動以外は完璧だもんな。どこにそんな記憶力が詰まってんだよ」

「俺も少し位予習·復習した方がいいのかな」



気落ちする2人には申し訳ないけど。

僕は予習も復習もしたことがない。

S·Pは生まれたその時から,ある程度の学習能力を保証されている。

だから某有名大学や某研究所への進学·就職も国によって決められているし。

決められているから,進路に迷うこともない。

つまり,僕たちは政府の目の届くところに,永遠と閉じ込められ続けるのだ。

ーキーンコーンカーンコーォォォォン

チャイムがなる。

いつもよりゆっくりだったお昼休みも,もうおしまいだ。

僕はお弁当箱を片付けながらほっと息を吐いた。

こんな日常が,ずっと続けばいいのに。

引き出しから進路希望の調査用紙を取り出して,僕はそれを2つ折りにする。

5限の古典が終わると,6限は数学だ。

開始前にやって来て早々,数学係だからと呼ばれ,僕はため息をついた。

せめて事前に言っておくか,始まってからにしてくれたら良かったのに。



「竜之介,お前の羽村と仲良かったよな。手伝ってやれ」



その一言に,身体が止まる。

僕は気にしないようにと心で唱えながら,呼ばれた場所へと向かった。

リューとふたりきりになるのは,あれ以来初めての事だった。



「運が悪かったな」

「いや,別に」




てくてくと会話をして歩く。

リューは振る舞い方の分からない僕と違って,真っ直ぐ僕をみていた。

答えを出すなと言ったのはリューの方だ。

僕も,もっと自然にしていいんだろう。



「お昼,ありがとう。リューは僕にも言わずに沢山助けてくれてたんだなって,ようやく気づけたよ」



これだけは,言っておこうと思っていた。

リューは僕の秘密をダシにして幾らでも僕の信用も接触も得られたのに。

ただひたすら静かに僕を助けてくれていた。

それはとてもすごいことだと思う。

真っ直ぐなリューだから出来ることだ。



「おー丁度来たか。これで全部な」



視線だけ寄越したリューと共に職員室へ辿り着いた。

すると出席番号順に直していたと思われる担当が,ドンッとリューの腕に4/5ほどを積む。



「りゅ,リュー」



僕は担当の教師の目にすら細腕で軟弱な男に見えたらしい。

少しの迷いもないその判断に,はたして僕が本当に必要だったかと言う疑問が湧く。



「行くぞ」



僕だって別に,クラス全員分のワークを運ぶくらいわけはない。

リューから負担を回収しようとしたけれど,それに気づいたリューは素早く踵を返して僕を促した。



「ねぇ」



聞いてはいけない気がしていた。

だけどどうしても,それを聞かないままにしておくことは出来なかった。



「リューは……僕のどこが好きだったの」



素直で元気で身体能力もコミュニケーション能力も優れて可愛げのある三太でも。

気配りやでスマートなスズでも……穏やかで優しくて完璧な敦でも。

他の女の子や男の子でもなく。

僕だった理由は,何なんだろう。

たとえ根底にあるのがお互いの抱える秘密や,分かりあえる苦悩の日々なのだとしても……

リューの中にはリューなりの答えがあるんじゃないのか。

だから僕に,告げてしまおうと思えたんじゃないか。

僕は少しも重たくないワークを抱えて,リューを見上げた。

今はもうとっくに鐘もなり,どこもかしこも授業中。

体育で出払っている学年の前を通りながら,僕はリューの言葉を待つ。

リューも同じ様に,一切の躊躇いなく僕を見た。



「不器用で……気遣い屋なところ。素直で,自然体な笑顔を浮かべるところ」



僕のしらない,僕の姿。

並べられた言葉に,思わず唇を噛む。

聞いたのは僕なのに,それがこんなにも恥ずかしいとは思わなかった。



「それから,一途なところ」



目を見開いて,咄嗟にリューを見る。

そしてその意味を理解した途端,僕は赤面した。

百合川さんに詰め寄られた時とは違う。

恐怖や焦燥より先に,僕は素顔を表に出してしまった。

リューは僕の事を本当に全部,分かってたんだ。



「だから返事はいらないって言ったんだ。でも……そうやって一瞬でも真面目に俺の事を考えて,気にして,そうゆう質問してくれるのは嬉しい」

「りゅ」



リューはワークを抱え直して,僕のそばに寄る。

僕は思わずたじろいで,一歩後ろに下がった。

けれどリューはそこで止まらず,最初から分かっていたかのように僕を追い詰める。

机もなにも置かれていない廊下で僕は,目をつむって背中を壁につけた。

こ,れって……

まさか自分にそんな日が来るとは思わなかった。

無意識に自分にあてられたワークをぎゅっと両手で抱える。

リューは僕の真っ赤な耳の横に手を置いて,そっと近付いてきた。

リューの胸板が肩に触れて,頭の横にリューの呼吸を感じる。

数秒して,リューは静かに頭を持ち上げた。

ど,どうしよう。

1度したとは言えあれは事故だ。

"される"のとは違う。

それに僕はまだどうしたいのか分からない。

拒否しようにも戸惑ってしまう。

だってリューは

大事な,大事な友達……で。

目を開けられない,上げられない。

リューにとっては残酷なことを唱えながら,僕は敦や皆との日々を思い出した。

そして,リューに告白されたときのことも。



「緊張してる?」



強張ってるけど,と触れられた肩は,何故かじんわりと熱を持っていく。

僕がふいとようやく顔を逸らすと,リューは僕を解放した。



「伊織の反応は正しい。だから俺の前で気を抜くな。だけど……余裕があるなら,もっと見て」



リューは1人で歩きだしてしまう。

僕はずるりと身体を動かして,時期にこつこつとあとを追った。

こんなの,これじゃあまるで。

学生のピュアな告白と言うよりもっとずっと深い……

愛の言葉みたいだと思った。

……

ートン,トントン。

ふと後ろから聞こえる足音を消したような音。

僕は顔を上げて,不思議に思いながら後ろを見ると相手は男だった。

細身で身長が高くて,体型だけならスズに近い。

咄嗟ながら僕がそんなことまで把握したのは,その男が僕に覆い被さるように傾いたからだ。



「ぅわっ」

「っわぁっ」

「? どう」



流れるように起きた接触。

どうやら僕は,躓いた誰かの転倒に巻き込まれた様。

一体どれだけボーッとしてたら広い廊下で目の前の人間を巻き込んで躓けるんだ……っっ。

なんとかワークも散らばさず,自分も転ばず踏みとどまる。

驚いた瞳のまま相手の顔を見ると,相手も僕を見ていた。



「あぁ,ごめんごめん。うっかりしてたわ」



言葉の割に落ち着いた声に,僕の方が困惑してしまう。



「いや,別に」



何かあったわけでもないしな。



「怪我がないみたいで良かったよ」

「ああ。ごめんなぶつかってまって」



どこの方言だろうと,なんとなく僕はまた相手の顔を見た。

ついこの間ぶつかられた時はろくな事がなかったから,少し身構えてしまったのかもしれない。



「大丈夫か,伊織」

「うん」



お互い何事もなかったように別れる。



「戻ってくる前に配るか」

「そうだね」



僕はクラスへと足を踏み入れながら,違和感を感じて振り返った。

……さっきの人,いない?

引き返したのかな。

僕はどこか首の後ろが痒いような気持ちになりながら,視界からはずれるまで辿ってきた廊下を見つめた。




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