彼を愛した前夜祭

七海みなも

文字の大きさ
上 下
3 / 6

彼を愛した前夜祭3

しおりを挟む
 失恋が確定したあの日以来、アヤさんは愚痴こそ零してくれないが、恋人だという男の話をぽつぽつしてくれるようになった。
 それだけ信を寄せてくれているのかと思うと嬉しい——が、少々複雑な気分というのが本音である。
 けれど一つ、嬉しい誤算があった。
 サークル棟の空き部屋でだらだら駄弁った後、肩を並べて帰路につくようになったのだ。今までは適当なところで別れていたのに。
 秘密の共有とは、こんな効果も齎してくれるらしい。
 今日も二人、帰路を行く。歩く道の先は十字路。普段ならアヤさんは住宅街へ向かって右折するのだが、この日は俺と共に直進して来た。

 「あれ? どっか寄るの?」
 「うん。スーパー行きたくって」
 「あ、分かった。今日は可愛い恋人さんが来るんでしょ」
 「えへへ……、当たり」

 おねだりされちゃったからさぁ、とくふくふ笑う彼に相槌を打ちながら、俺の眼は白い首に向いていた。
 傷一つない、真っ白で綺麗な項。けれどそこが荒らされてしまう場所であると、俺は知っている。
 ずるいよなあ——と、的外れな思いが頭を過ぎる。
 俺は触れることが精一杯なのに、恋人の座に着く名前も知らぬ男は堂々と、彼の全てを愛せるのだ。

 「——だからね、どっちを作ろっかなあって……ちょっと傑、聞いてる?」
 「聞いてる聞いてる。てか、その恋人さんはアヤさんのご飯なら何でも美味しく食べるんじゃない?」
 「んぅ……嬉しいけど、何でも良いが一番困る……」
 「ははっ、アヤさんを悩ませるなんて贅沢者だ」

 ほんと、贅沢者。
 だってその恋人さんが喰べるのは晩ご飯だけじゃないんでしょ……とは口が裂けても言えないけれど。
 存外照れ屋で奥手な彼は一度も話題に上げないが、身体の関係もあるのだろう。
 あんな場所——項の付け根に噛み付き、吸い上げる状況。俺の脳みそが劣情に沸いていなければ、つまりそういう事だ。
 アヤさんに気づかれないよう数度、深呼吸をして煩悶を胸の奥へ押し込む。
 この切り替えも初めこそ苦しかったが、今は慣れつつある。

 「アヤさんはさ、明日の前夜祭どうするの?」
 「俺? 参加するよー、最後だもん。傑は?」
 「屋台の準備が残ってるから強制参加。だからさ、準備が終わったら一緒にキャンプファイヤー見ようよ」
 「あ、解った。文字通り高みの見物する気なんだ?」
 「そういうこと。グラウンドは人混みで酷い目に遭うでしょ」
 「ふふっ、傑はおっきいから邪魔な柱扱いされるもんね」
 「そうそう、でけーよ邪魔だよって顔される」
 「縮めないのにね、あれ酷いよ」

 酷いと言いつつ、おかしそうに笑うアヤさんにつられて、俺も少し笑った。
 歩く先。まだまだ小さかった筈の看板が、直ぐそこまで迫って来ている。
 折角楽しくなって来たというのに。
 まだ離れたくない、なんて。
 そんな願いは叶う筈もなく——愛しい人は、じゃあねと手を振り去って行く。
 俺は薄っぺらい笑顔で手を振り返して見送りながら、心の端がじくじくと傷んでいくのを感じていた。
 彼はこれから『彼氏』の為に買い物をして、晩ご飯の準備をして——愛されるのか。

 「……やめよ」

 これ以上考えても虚しいだけだ。
 前夜祭を共にする約束が出来ただけ良いてはないか。彼の最後の前夜祭を独り占め出来るのだから、それで十分ではないか。
 そう叱咤する自分と、ならこの痛みをどう癒すのかと叫ぶ自分が、胸の奥でいがみ合う。

 「ははっ、どっちに転んでも辛いっつーの」

 それでも彼の傍から離れようとしないのだから、自分の諦めの悪さに辟易しそうだ。
 足早にスーパーへ向かう彼の背中は、期待と幸せに満ちている。


 彼に恋人がいるという事実より、彼の心をそこまで弾ませているのが自分でないことが悔しいのだと、今、知った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】はじめてできた友だちは、好きな人でした

月音真琴
BL
完結しました。ピュアな高校の同級生同士。友達以上恋人未満な関係。 人付き合いが苦手な仲谷皇祐(なかたにこうすけ)は、誰かといるよりも一人でいる方が楽だった。 高校に入学後もそれは同じだったが、購買部の限定パンを巡ってクラスメートの一人小此木敦貴(おこのぎあつき)に懐かれてしまう。 一人でいたいのに、強引に誘われて敦貴と共に過ごすようになっていく。 はじめての友だちと過ごす日々は楽しいもので、だけどつまらない自分が敦貴を独占していることに申し訳なくて。それでも敦貴は友だちとして一緒にいてくれることを選んでくれた。 次第に皇祐は嬉しい気持ちとは別に違う感情が生まれていき…。 ――僕は、敦貴が好きなんだ。 自分の気持ちに気づいた皇祐が選んだ道とは。 エブリスタ様にも掲載しています(完結済) エブリスタ様にてトレンドランキング BLジャンル・日間90位 ◆「第12回BL小説大賞」に参加しています。 応援していただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。 ピュアな二人が大人になってからのお話も連載はじめました。よかったらこちらもどうぞ。 『迷いと絆~友情か恋愛か、親友との揺れる恋物語~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/416124410/923802748

Endless Summer Night ~終わらない夏~

樹木緑
BL
ボーイズラブ・オメガバース "愛し合ったあの日々は、終わりのない夏の夜の様だった” 長谷川陽向は “お見合い大学” と呼ばれる大学費用を稼ぐために、 ひと夏の契約でリゾートにやってきた。 最初は反りが合わず、すれ違いが多かったはずなのに、 気が付けば同じように東京から来ていた同じ年の矢野光に恋をしていた。 そして彼は自分の事を “ポンコツのα” と呼んだ。 ***前作品とは完全に切り離したお話ですが、 世界が被っていますので、所々に前作品の登場人物の名前が出てきます。***

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

林檎を並べても、

ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。 二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。 ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。 彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。

楽な片恋

藍川 東
BL
 蓮見早良(はすみ さわら)は恋をしていた。  ひとつ下の幼馴染、片桐優一朗(かたぎり ゆういちろう)に。  それは一方的で、実ることを望んでいないがゆえに、『楽な片恋』のはずだった……  早良と優一朗は、母親同士が親友ということもあり、幼馴染として育った。  ひとつ年上ということは、高校生までならばアドバンテージになる。  平々凡々な自分でも、年上の幼馴染、ということですべてに優秀な優一朗に対して兄貴ぶった優しさで接することができる。  高校三年生になった早良は、今年が最後になる『年上の幼馴染』としての立ち位置をかみしめて、その後は手の届かない存在になるであろう優一朗を、遠くから片恋していくつもりだった。  優一朗のひとことさえなければ…………

【BL】記憶のカケラ

樺純
BL
あらすじ とある事故により記憶の一部を失ってしまったキイチ。キイチはその事故以来、海辺である男性の後ろ姿を追いかける夢を毎日見るようになり、その男性の顔が見えそうになるといつもその夢から覚めるため、その相手が誰なのか気になりはじめる。 そんなキイチはいつからか惹かれている幼なじみのタカラの家に転がり込み、居候生活を送っているがタカラと幼なじみという関係を壊すのが怖くて告白出来ずにいた。そんな時、毎日見る夢に出てくるあの後ろ姿を街中で見つける。キイチはその人と会えば何故、あの夢を毎日見るのかその理由が分かるかもしれないとその後ろ姿に夢中になるが、結果としてそのキイチのその行動がタカラの心を締め付け過去の傷痕を抉る事となる。 キイチが忘れてしまった記憶とは? タカラの抱える過去の傷痕とは? 散らばった記憶のカケラが1つになった時…真実が明かされる。 キイチ(男) 中二の時に事故に遭い記憶の一部を失う。幼なじみであり片想いの相手であるタカラの家に居候している。同じ男であることや幼なじみという関係を壊すのが怖く、タカラに告白出来ずにいるがタカラには過保護で尽くしている。 タカラ(男) 過去の出来事が忘れられないままキイチを自分の家に居候させている。タカラの心には過去の出来事により出来てしまった傷痕があり、その傷痕を癒すことができないまま自分の想いに蓋をしキイチと暮らしている。 ノイル(男) キイチとタカラの幼なじみ。幼なじみ、男女7人組の年長者として2人を落ち着いた目で見守っている。キイチの働くカフェのオーナーでもあり、良き助言者でもあり、ノイルの行動により2人に大きな変化が訪れるキッカケとなる。 ミズキ(男) 幼なじみ7人組の1人でもありタカラの親友でもある。タカラと同じ職場に勤めていて会社ではタカラの執事くんと呼ばれるほどタカラに甘いが、恋人であるヒノハが1番大切なのでここぞと言う時は恋人を優先する。 ユウリ(女) 幼なじみ7人組の1人。ノイルの経営するカフェで一緒に働いていてノイルの彼女。 ヒノハ(女) 幼なじみ7人組の1人。ミズキの彼女。ミズキのことが大好きで冗談半分でタカラにライバル心を抱いてるというネタで場を和ませる。 リヒト(男) 幼なじみ7人組の1人。冷静な目で幼なじみ達が恋人になっていく様子を見守ってきた。 謎の男性 街でキイチが見かけた毎日夢に出てくる後ろ姿にそっくりな男。

素直じゃない人

うりぼう
BL
平社員×会長の孫 社会人同士 年下攻め ある日突然異動を命じられた昭仁。 異動先は社内でも特に厳しいと言われている会長の孫である千草の補佐。 厳しいだけならまだしも、千草には『男が好き』という噂があり、次の犠牲者の昭仁も好奇の目で見られるようになる。 しかし一緒に働いてみると噂とは違う千草に昭仁は戸惑うばかり。 そんなある日、うっかりあられもない姿を千草に見られてしまった事から二人の関係が始まり…… というMLものです。 えろは少なめ。

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

処理中です...