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【勇者の館】
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所変わって、【癒しの雫】から【勇者の館】に戻ってきた冒険者のマルガ。
「只今戻りました、ルーカス様」
「……で、成果は?」
このマルガは駆け出しの冒険者と言う立場だが、町の外壁に近い位置に居を構えているギルド【癒しの雫】に所属していた最後の冒険者であり、少々強引に【勇者の館】に引っ張ってきたのだ。
そもそも駆け出しである為に実力を認めて引き抜いたわけではない。
もちろん、ダイヤの原石であるからと言う素晴らしい理由でもない。
単純に【勇者の館】に所属する冒険者が狩ってくる素材の買い取場所に適した場所のギルドを潰して、その手に収めたいと考えた末の行動だ。
町の外周、防壁近くの場所には【勇者の館】関連の建屋は無い。
そのような場所は、栄えあるギルドである【勇者の館】に相応しくないと思っていたからだ。
しかし実用面から行くと、中心部にあるギルドに素材を持ち込むのは非常に効率が悪く、その素材を加工する際の廃棄物の処理にも手間がかかり、更には少々匂いもするので、気にならない場所に拠点が必要になったのだ。
「ハイ。相変わらず冒険者は一人もおらず、間もなく潰れるはずです。ですが、あのクオウがいた事だけが少々気になります」
「あ?クオウ?そうか。あんな無能がいようが何も変わらない。いや、ギルドが潰れるのが早くなるか?だが【勇者の館】としてグズグズしてはいられない。マルガ、わかっているだろうな。なんとしても早くあの場所を手に入れろ」
ギルドは、本部に登録する資金さえあれば誰でも立ち上げる事が出来るのだが、維持するのは非常に難しい。
何も仕事をしないギルドを継続させるわけには行かないので、ギルド本部も設立の期間に応じた実績を内々で調査している。
立ち上がり直後のギルドであればある程度実績は免除されるが、【癒しの雫】のように本来は軌道に乗っているはずの期間が経過しているギルドに対しては、それなりの成果が求められる。
その成果が得られていないと判断された場合、ギルドカードを作成する魔道具は没収され、当然その魔道具から発行されたカードも無効化される。
つまりはギルドが廃止されるのだ。
長くギルドを営んでいる者程、その現実を周囲で目の当たりにしている。
当然【勇者の館】のギルドマスターであるルーカスも知っており、【癒しの雫】から強引な冒険者引き抜きを行ったのだ。
手足がなければ依頼は達成できないのは道理で、既に【癒しの雫】は設立当初のFランクにまで落ちている。
ルーカスの経験上、そう遠くない内に【癒しの雫】はギルドとしての立ち位置を失う事になる。
その後あの場所を手に入れるには、冒険者を利用したあの手この手……を使えば良いと考えていた。
マルガが部屋から出て行き、一人になるルーカス。
まだ手に入れていない【癒しの雫】のある場所を効率的に活用するための手法を考えていた。
「ギルマス!」
そこに、ギルドの事務職である一人の男が飛び込んできた。
クオウとは違い受付を統括させている男で、ルーカスから見ればクオウよりも100倍頼りになる男なのだが、その男が慌ててギルドマスターの個室に飛び込んできたのだ。
「どうした、ルーニー?お前がそこまで慌てるのも珍しいな」
「それが……見た事も無いような女が、クオウを出せと暴れているんです。受付に来ていただけますでしょうか?」
ルーカスは内心舌打ちする。
既にギルドメンバーからは外しているのだが、所属時も全く使えないくせに自分に対して文句ばかり言っていたクオウ。
所属を外したこの時でさえ、迷惑をかけて来るのかと苛立つ。
「どこまで迷惑を掛ければ気が済むんだ、クオウ!」
そう吐き捨てると、慌てるルーニーの後ろを悠々とついて行くルーカス。
このルーカス、魔王抹殺の功績が認められ、ギルド本部、ひいては国家より個人としても、ギルドとしてもSランクが与えられている最強の男だ。
自分自身でも最強であると認識しているので、どれ程ルーニーが慌てていようが焦る事は無い。
やがてギルドの受付に到着したルーカスの目に入ったのは、赤目・金髪の誰もが一瞬で虜になってもおかしくないような美貌とプロポーションの女性が、その細腕で屈強な男を軽く持ち上げている所だった。
「だ・だから、言っているだろう。クオウはもうここにはいない!」
片手で持ち上げられている【勇者の館】所属の冒険者の一人が苦しそうに叫んでいる。
ルーカスの記憶によれば、【勇者の館】で認定したBランクの猛者のはず。
その状況を見てルーカスはこう判断した。
あのような美しい女性に無暗に手を出さずに、冒険者は堪えている……と。
現実は、何故片手で悠々と持ち上げられているのか等おかしなところはあるのだが、ギルドで認める事が出来る最高ランクの冒険者が、手も足も出なかったとは思えないのだ。
「失礼。私はこの偉大なるギルド【勇者の館】ギルドマスターで<勇者>のルーカスだ。先ずは我らの仲間を放していただけるかな?」
口調は少々丁寧だが、少しの威圧を掛けて女性に話しかけるルーカス。
自らが<勇者>の一人であるという事を付け加える事も忘れない。
このルーカスは<勇者>として称えられているだけであり、その称号によって何があると言う訳ではないのだが……
そうは言っても、実際にある程度の実力があるSランクの威圧である為、少しの力でも周囲の冒険者は無意識に後退しているのだが、目の前の女性はジロリとその赤目でルーカスを睨むと、男を持ち上げていたその手を放す。
ドサッっと音がして冒険者が尻餅をつくのだが、女性は一切気にしていないようでルーカスに視線を合わせる。
「ねぇ、ここにクオウ様がいらっしゃるはずなのですけれど、あなたギルドマスターならどこにいらっしゃるか知っているわよね?」
ルーカスは自分の威圧が一切効いていない事、そして目の前の美しい女性が使えない男であるクオウに対して“様”をつけている事に眉を顰める。
「さっきその男が言っていた通り、もうクオウはここにはいない。我らの得た情報によれば、町の外れにある【癒しの雫】と言う、間もなく潰れるギルドにいる様だ」
「やっと見つけた!」
クオウの居場所をルーカスが告げると、目の前の女性は今までの態度が嘘のように変わって、本当に嬉しそうに微笑んだ。
その微笑みは、見る者全てを魅了すると言っても過言ではない程の笑顔だったのだ。
思わずルーカスも、無意識のうちに目の前の女性を【勇者の館】に勧誘していた。
それも、普段使わないような丁寧な言葉で。
「貴方のお名前は何と言うのでしょうか?ご存じの通りここは栄えあるギルド【勇者の館】。 このジャロリア王国最強のギルドです。貴方の様なお方に相応しい場所だと思いませんか?あなたであれば、この国家で最も信頼を得ている【勇者の館】でBランクに認定させる事も可能ですが?」
誰もが欲しがる高ランクの証明。
それも、ルーカスが言う通り国家最強であると認識されているために信頼度が突出している【勇者の館】での認定だ。
本来は実力を測らない内にこのような行為を行う事は決してない【勇者の館】。
信頼問題になるのだが、それすら忘れるほどに目の前の女性に惹かれたのだ。
「只今戻りました、ルーカス様」
「……で、成果は?」
このマルガは駆け出しの冒険者と言う立場だが、町の外壁に近い位置に居を構えているギルド【癒しの雫】に所属していた最後の冒険者であり、少々強引に【勇者の館】に引っ張ってきたのだ。
そもそも駆け出しである為に実力を認めて引き抜いたわけではない。
もちろん、ダイヤの原石であるからと言う素晴らしい理由でもない。
単純に【勇者の館】に所属する冒険者が狩ってくる素材の買い取場所に適した場所のギルドを潰して、その手に収めたいと考えた末の行動だ。
町の外周、防壁近くの場所には【勇者の館】関連の建屋は無い。
そのような場所は、栄えあるギルドである【勇者の館】に相応しくないと思っていたからだ。
しかし実用面から行くと、中心部にあるギルドに素材を持ち込むのは非常に効率が悪く、その素材を加工する際の廃棄物の処理にも手間がかかり、更には少々匂いもするので、気にならない場所に拠点が必要になったのだ。
「ハイ。相変わらず冒険者は一人もおらず、間もなく潰れるはずです。ですが、あのクオウがいた事だけが少々気になります」
「あ?クオウ?そうか。あんな無能がいようが何も変わらない。いや、ギルドが潰れるのが早くなるか?だが【勇者の館】としてグズグズしてはいられない。マルガ、わかっているだろうな。なんとしても早くあの場所を手に入れろ」
ギルドは、本部に登録する資金さえあれば誰でも立ち上げる事が出来るのだが、維持するのは非常に難しい。
何も仕事をしないギルドを継続させるわけには行かないので、ギルド本部も設立の期間に応じた実績を内々で調査している。
立ち上がり直後のギルドであればある程度実績は免除されるが、【癒しの雫】のように本来は軌道に乗っているはずの期間が経過しているギルドに対しては、それなりの成果が求められる。
その成果が得られていないと判断された場合、ギルドカードを作成する魔道具は没収され、当然その魔道具から発行されたカードも無効化される。
つまりはギルドが廃止されるのだ。
長くギルドを営んでいる者程、その現実を周囲で目の当たりにしている。
当然【勇者の館】のギルドマスターであるルーカスも知っており、【癒しの雫】から強引な冒険者引き抜きを行ったのだ。
手足がなければ依頼は達成できないのは道理で、既に【癒しの雫】は設立当初のFランクにまで落ちている。
ルーカスの経験上、そう遠くない内に【癒しの雫】はギルドとしての立ち位置を失う事になる。
その後あの場所を手に入れるには、冒険者を利用したあの手この手……を使えば良いと考えていた。
マルガが部屋から出て行き、一人になるルーカス。
まだ手に入れていない【癒しの雫】のある場所を効率的に活用するための手法を考えていた。
「ギルマス!」
そこに、ギルドの事務職である一人の男が飛び込んできた。
クオウとは違い受付を統括させている男で、ルーカスから見ればクオウよりも100倍頼りになる男なのだが、その男が慌ててギルドマスターの個室に飛び込んできたのだ。
「どうした、ルーニー?お前がそこまで慌てるのも珍しいな」
「それが……見た事も無いような女が、クオウを出せと暴れているんです。受付に来ていただけますでしょうか?」
ルーカスは内心舌打ちする。
既にギルドメンバーからは外しているのだが、所属時も全く使えないくせに自分に対して文句ばかり言っていたクオウ。
所属を外したこの時でさえ、迷惑をかけて来るのかと苛立つ。
「どこまで迷惑を掛ければ気が済むんだ、クオウ!」
そう吐き捨てると、慌てるルーニーの後ろを悠々とついて行くルーカス。
このルーカス、魔王抹殺の功績が認められ、ギルド本部、ひいては国家より個人としても、ギルドとしてもSランクが与えられている最強の男だ。
自分自身でも最強であると認識しているので、どれ程ルーニーが慌てていようが焦る事は無い。
やがてギルドの受付に到着したルーカスの目に入ったのは、赤目・金髪の誰もが一瞬で虜になってもおかしくないような美貌とプロポーションの女性が、その細腕で屈強な男を軽く持ち上げている所だった。
「だ・だから、言っているだろう。クオウはもうここにはいない!」
片手で持ち上げられている【勇者の館】所属の冒険者の一人が苦しそうに叫んでいる。
ルーカスの記憶によれば、【勇者の館】で認定したBランクの猛者のはず。
その状況を見てルーカスはこう判断した。
あのような美しい女性に無暗に手を出さずに、冒険者は堪えている……と。
現実は、何故片手で悠々と持ち上げられているのか等おかしなところはあるのだが、ギルドで認める事が出来る最高ランクの冒険者が、手も足も出なかったとは思えないのだ。
「失礼。私はこの偉大なるギルド【勇者の館】ギルドマスターで<勇者>のルーカスだ。先ずは我らの仲間を放していただけるかな?」
口調は少々丁寧だが、少しの威圧を掛けて女性に話しかけるルーカス。
自らが<勇者>の一人であるという事を付け加える事も忘れない。
このルーカスは<勇者>として称えられているだけであり、その称号によって何があると言う訳ではないのだが……
そうは言っても、実際にある程度の実力があるSランクの威圧である為、少しの力でも周囲の冒険者は無意識に後退しているのだが、目の前の女性はジロリとその赤目でルーカスを睨むと、男を持ち上げていたその手を放す。
ドサッっと音がして冒険者が尻餅をつくのだが、女性は一切気にしていないようでルーカスに視線を合わせる。
「ねぇ、ここにクオウ様がいらっしゃるはずなのですけれど、あなたギルドマスターならどこにいらっしゃるか知っているわよね?」
ルーカスは自分の威圧が一切効いていない事、そして目の前の美しい女性が使えない男であるクオウに対して“様”をつけている事に眉を顰める。
「さっきその男が言っていた通り、もうクオウはここにはいない。我らの得た情報によれば、町の外れにある【癒しの雫】と言う、間もなく潰れるギルドにいる様だ」
「やっと見つけた!」
クオウの居場所をルーカスが告げると、目の前の女性は今までの態度が嘘のように変わって、本当に嬉しそうに微笑んだ。
その微笑みは、見る者全てを魅了すると言っても過言ではない程の笑顔だったのだ。
思わずルーカスも、無意識のうちに目の前の女性を【勇者の館】に勧誘していた。
それも、普段使わないような丁寧な言葉で。
「貴方のお名前は何と言うのでしょうか?ご存じの通りここは栄えあるギルド【勇者の館】。 このジャロリア王国最強のギルドです。貴方の様なお方に相応しい場所だと思いませんか?あなたであれば、この国家で最も信頼を得ている【勇者の館】でBランクに認定させる事も可能ですが?」
誰もが欲しがる高ランクの証明。
それも、ルーカスが言う通り国家最強であると認識されているために信頼度が突出している【勇者の館】での認定だ。
本来は実力を測らない内にこのような行為を行う事は決してない【勇者の館】。
信頼問題になるのだが、それすら忘れるほどに目の前の女性に惹かれたのだ。
応援ありがとうございます!
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