上 下
54 / 179

鍛冶士バルジーニ

しおりを挟む
 拠点で寛いでいた四人は、ジトロ帰還の気配を察知してすかさず風呂から上がり、ジトロの元に向かう。

 もちろん普段はこのような事はしないが、一刻も早く状況を説明したいので、ジトロが通常帰還している時間帯に気配を探っていたのだ。

 探られていたジトロは、拠点内部で気配を察知されるような事はないだろうと思っており、ほぼすべての探知系統の能力は使っていなかったので、帰宅後、即四人が部屋になだれ込んできたのを見て驚いていた。

 口火を切ったのは、交渉役として同行していたイズン。

「ジトロ様、ラグロ王国の工房通りの店、手に入れる事ができそうなのですが、少々問題がありまして」
「うん?あの、初老の鍛冶士が引退しそうだからと言っていた場所?」

 ジトロが、購入するために目をつけていた場所を理解している事を確認した四人。

 引き続き、イズンが話す。 

「そうです。交渉の末、あの場所を我らアンノウンに無償で譲ると言質を頂いたのですが、その条件が、あの工房の所有者である鍛冶士本人が、ナップルさんと共に鍛冶士として働くと言うものだったのです。無償はありがたいのですが、この条件を呑むと、今後の展開によっては鍛冶士本人、バルジーニ氏の安全が脅かされる可能性があります。その為、即答はせずに、一旦持ち帰ってきました」

 突然そう言われたジトロも悩む。

 バルジーニに対して魔獣を護衛に付けてしまうのは簡単だが、そうすると自分達の目的である、奴隷制度の撤廃と言う目的に向かって行動してもらう事が必須となる。

 この組織、アンノウンの全てを理解した上で、秘匿情報を守り続ける必要もあるのだ。

 それに、工房での作業は日中のみ。

 それ以外は、安全のために全員一旦拠点に帰還する予定だった。

 このままの条件で行くと、夜の工房には戦闘能力がほぼ皆無のバルジーニだけが残る事になってしまう。

「う~ん、悩むな。イズンとしては、バルジーニさんをどう見た?」
「はい、あの方は鍛冶にしか興味がなく、極論を申し上げると、鍛冶に全てをかけている方です。その他の事には一切興味がないようで、実際、同じ工房通りにいながら、ナップルさんの事を知っている様子は有りませんでした」

 ナップルが最初の工房に努めていた時のすぐれた作品の数々は、その工房と、奴隷として売られた工房の鍛冶士達によって、ナップルの作品とはされていなかった。

 更に、その作品を購入した冒険者は、頑固オヤジで有名なバルジーニの店には近づかなかったので、バルジーニがナップルに気が付くきっかけすらなかったのだ。

「どう考えても、バルジーニさんだけを工房に残しておく事はできない。ある程度事情を話して、夕方以降はナップル達と共に、こちらに帰還する事が条件だな。但し、彼には魔獣は付けない。今の感じだと、俺達のために諜報活動を行ったりはしてくれそうにないだろ?」
「ええ、その通りです。恐らく、最低限の食事以外は、全て鍛冶を行っていそうな感じです」

 ジトロは悩んだ。

「だが、一番の安全策は、彼に俺達の事を話すのは当然リスクがあるので、少々高めでも、お金を支払う選択だが?」
「それはおそらく無理ですね。既にナップルさんの実力を目の当たりにして、虜になっています。頑としてナップルさんと共に働くという線を譲る事はないでしょう」

 イズンの発言に対して残りの三人が深く頷いたのを見たジトロは、あの場所を購入する事は諦めて、当初の案である、夕刻には帰還させる事、そして、拠点で知り得た情報については完全秘匿とする事を最低条件とした。

 もちろん、このような話をしつつも、他のナンバーズによってバルジーニの身辺調査は行われ、イズンの予想通り、バルジーニは問題なしと判断された。

 その結論をもって、夕刻ではあるが再度ラグロ王国の工房通りに向かった四人。

 工房の扉を開けた途端、奥から転がるようにバルジーニが出てきた。

「おぉ、待っていたぞ。それで、どうだった?お前達の主に聞いたのだろう?結論は?もちろん共にナップルと鍛冶をできるよな??」

 慌ただしいバルジーニに苦笑いをしつつ、イズンが答える。

「基本的には、共にここで作業を行う事になるのですが、私達には数多くの秘密と、そして敵がいます。まずは、私達の秘密を決して洩らさない事。さらには、敵から身の安全を確保するため、鍛冶の作業が終わった段階で、私達の拠点に共に帰還して頂きます。これが主から許可を得た際の最低条件です。これで良ければ話を進め……」
「それで頼む。なんでも言う事は聞くぞ。ナップルと鍛冶ができるのならばな。ハハハハ、よし、早速一仕事するか??」

 イズンの言葉を最後まで聞かずに、あまりの嬉しさからか暴走気味のバルジーニ。

「いえ、今話した通り、既に夕刻を過ぎていますので、身の安全のために、一旦私達の拠点に来ていただきます。そうそう、そこには炎龍がいますので、驚かないでくださいね?」

 イズンは、ナップルを見ながらそう言う。

 ナップルは、初めて炎龍を見たときに、無様を晒した経験があるからだ。

「も~、イズンさん、いじめないでくださいよ!!」

 プク~っと頬を膨らませて文句を言うナップル。

 しかし、その話を聞いたバルジーニは気が気ではなかった。

 伝説ともいえる炎龍が、これから向かう拠点と言う所にいると言うのだ。

 普通は信じる事はできないが、ナップルの技術の高さ、そして、事もなげに持ち込んだ魔力レベル8相当の魔獣の素材。

 それらを目の当たりにしているので、本物の炎龍が見られる事に喜びを隠しきれなくなっていた。

「よし、イズン、早く拠点とやらに連れて行ってくれ。早く炎龍を見たい。ホレ行くぞ。どっちに行けば良い?」

 一人扉を開けて、工房通りの道をどちらに向かえば良いか聞いてくるバルジーニ。

「まったく、このおっさんは……バルジーニさん、こちらに来て扉を閉めてください。もう少しだけ、私達の秘密を説明する必要がありそうです」

 このまま拠点に連れて行くと暴走する事は間違いなさそうなので、イズンはこの場で少しアンノウンの事を説明する事にした。

「……という事なのです。ですから、いちいち外に出て人目にさらされるよりも、直接ここから転移した方が、はるかに早く拠点に戻れます」
「それほどか。だが、ここまでの力があるメンバーの一人ならば、このワシの技術が足元にも及ばないのも頷けるの。いや、あの意匠から察するに、日々の弛まぬ努力もあったのだろうな」

 ほぼ全ての秘密を明かしたイズン。

 それを聞いたバルジーニは、あまり驚いた表情をしていなかった。

 既に、ナップルによって有り得ない力を見せられているから、耐性がついているのもあるし、鍛冶以外にはあまり興味が無いからでもある。

「この秘密、万が一外に漏らしてしまった場合には、それなりの対応をさせて頂きますので、気を付け下さいね~」

 イズンに代わり、同行しているナンバーズのNo.10ツェーンが少々殺気を込めてバルジーニに念を押す。

「お、おう。わかっておるさ。ワシだって、こんなに素晴らしい鍛冶士と共に働ける環境を手放すような事はしたくないからの」

 秘密を漏洩した時には共に仕事ができなくなる程度では済まないのだが、鍛冶にしか興味がないバルジーニは、少々ピントのずれた答えを返す。 
 
「それでは、戻りましょうか?」

 No.10ツェーンの一言と共に、瞬間に拠点に移動した四人とバルジーニ。

 そこに、拠点の番龍である二体が近づいてくる。

「「きゅ~」」
「うぉ~~、本当に炎龍じゃねーか~~!!!鱗に触らせろ~~!!」

 大絶叫のバルジーニと、これを予測しており、あきらめ顔の四人。

 こうして、アンノウンの正式メンバーではないが、協力者と言う位置付けとも言える鍛冶士が、拠点とラグロ王国の工房通りでの生活を始める事になった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?

みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。 なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。 身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。 一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。 ……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ? ※他サイトでも掲載しています。 ※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。

貞操観念が逆転した世界で、冒険者の少年が犯されるだけのお話

みずがめ
恋愛
ノイッシュは冒険者として索敵、罠外し、荷物運び、鑑定などあらゆるサポートをしていた。だが彼がパーティーに求められることは他にもあったのであった……。男一人に美女二人パーティーの非道な日常のお話。 ※貞操観念逆転世界で気弱な男が肉食系の女に食べられちゃうお話です。逆レイプが苦手な方は引き返すなら今ですよ(注意書き)

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【R18】追放される宿命を背負った可哀想な俺、才色兼備のSランク女三人のハーレムパーティーから追放されてしまう ~今更謝ってきても

ヤラナイカー
ファンタジー
 ◯出し◯ませハメ撮りをかまして用済みだからもう遅い!~ (欲張りすぎて、タイトルがもう遅いまで入らなかったw)  よくある追放物語のパロディーみたいな短編です。  思いついたから書いてしまった。  Sランク女騎士のアイシャ、Sランク女魔術師のイレーナ、Sランク聖女のセレスティナのハーレムパーティーから、Aランク|荷物持ち《ポーター》のおっさん、サトシが追放されるだけのお話です。  R18付けてますが、エッチと感じるかどうかは読む人によるかもしれません。

処理中です...