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私はイズン(1)
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私はアンノウンゼロのイズン。
ジトロ様率いるアンノウンの金庫番を仰せつかっているイズンだ。
実は私だけは、いや、私とノエルは、このアンノウンの中で自らの名前を憶えていた。
そして、ナンバーズやジトロ様には当然明らかになっているのだろうが、私は貴族の出身だ。
アンノウンの一員となる時、ナンバーズによる身元確認が行われているのは知っている。
あの力を使えば、私の正体などは全て明らかになっていると考えて良いだろう。
私は貴族の出ではあるのだが、魔力レベルはゼロ。
その事実が判明した後は、兄弟や両親、挙句の果てには使用人にまで馬鹿にされるようになっていた。
一度そのように坂道を下れば、後は更に勢いを増して転がるだけ。
使用人達の嫌がらせも苛烈を極め、食事に汚物を入れられる時すらあった。
もちろんあれほどの状態だったので、両親はその事実を知っていたはずだ。
にも拘わらず、使用人を咎めるような事を一切しなかったため、増長したのだろう。
長きにわたり劣悪な環境にいたせいか、いつの日からか私の専属メイドが変わっているのにも気が付かなかったほどだ。
「イズン様、どうぞこちらをお食べ下さい」
ある日、いつもの通り俺の部屋に投げ込まれた汚物まみれの食事をみて、その使用人は自分の食事を差し出してきた。
その時に初めてその使用人を認識したのだが、服は薄汚れており、奴隷の首輪をしていた。
おそらく、ゴミのような扱いの俺の使用人は奴隷で十分という事なのだろう。
「いや、私は大丈夫だ。お前こそ、かなり痩せているように見える。しっかり食べているのか?」
「私は奴隷ですから。それに、イズン様のそのお姿を見ていられません」
目に涙を溜めながら話す使用人。
なぜここまで親身になってくれるのかが理解できなかった。
血の繋がった家族すら見捨て、本来主従の関係にある使用人すらゴミのように扱ってくる今の私を心配しているのだ。
「フン、お前に心配されずとも問題ない。私にはまだこれがあるからな」
そう言って、まだこのような扱いになる前に貰っていたお小遣いの一部分を見せる。
自分で言うのもなんだが、両親が真面に接していた頃から私はお金については非常に厳しかった。
お金は人を狂わせるし、強大な力にもなり得るからと理解していたからだ。
「これで夜中に抜け出して、時々食料を仕入れているからな。それと、ここを出ても生活できるように、町での仕事についても勉強しているところだ。だからな、その食事はお前が食べるべきだ」
私としては当たり前の事を言っているつもりだ。
彼女の食事は彼女が食べる。まして、見るからに痩せているし、私に進めてくれた食事もお世辞にも良い物とは言い難い。
だが、彼女は中々口にしようとしない。
「は~、わかった。じゃあ私も食べるとしよう。丁度昨日仕入れておいた食事もあるんだ。二人で分けて食べようか」
正直あまりお腹は空いていないのだが、彼女だけが食事をするという事ができなさそうなので、明日食べようかと思っていた食事を今食べる事にした。
明らかに彼女が手にしているよりも豪華な食事をとりだす。
だが、保存ができるような食事になっているので、温かくもなければ柔らかくもないが、それでも彼女の持っている食事よりは遥に良い品だ。
「せっかくだから、私はそっちを貰うぞ!」
「あっ!」
有無をも言わさず、余り栄養のなさそうなパンを彼女から奪い取り、口にする。
う~ん、はっきり言って不味い。
だが、彼女は私が食事をしている姿を見るだけで、自分の前に置かれた私の準備した食事に手を付けようとはしてくれない。
「どうした?お前も食べてくれないと、私がお前の食事を盗んだ事になってしまう。早く食べてくれ」
ここまで言うと、ようやく彼女は食事を口にした。
一瞬目が開いたので、きっと味に感動しているのだろうと推測した。
私は、彼女の食事の邪魔にならないようにそっと移動してその姿を見る。
改めて見ると、やはり痩せこけていて服は汚れている。
所々に傷が見え、痣もある。
あの首輪から察するに、かなり劣悪な環境に置かれていたのだろう。
そして、誰も世話をしたがらない私の専属になった……と。
一応今の私でも貴族の身分を持っているので、専属のメイドがいないと体裁が悪いと考えたのは、きっと両親だな。
本当に意味のない体裁には無駄にこだわる人だと思っていたが、ここまでだとは予想の遥上を行く。
そんな事を考えている間も、彼女は夢中で食事をしていた。
あれほど空腹なのに、私の為に食料を差し出そうとした崇高な心。
両親や兄弟、そして使用人共に爪の垢を飲ませたいほどだ。
さてどうするか。
私にも余裕がなかった事がわかった。
彼女が私の専属になったのは、昨日や今日ではないだろう。
そのような変化にも気が付かない程、私自身にもダメージが蓄積されていたのだろう。
彼女のおかげで少しだけ自分を見つめ直す事ができた。
彼女の食事が終われば今日はゆっくり休んで、明日はお互いを少しでも良く知る所から始めでみよう。
フフ、こんな事を考えるなんて……よく考えれば、私はこの家で暫くまともに誰かと会話をした事がない。
会話に飢えているのかもしれないな。
「あの、イズン様。ごちそうさまでした。なんだか申し訳ありません」
ようやく食事を終えた彼女は、申し訳なさそうにしている。
「いや、謝る事は何一つないぞ。じゃあ、今日はもう遅いから、そっちのベッドを使うと良い」
前の専属メイドが使っていたベッドを使うように指示を出しておく。
あの感じであれば、今まではどこかの床で寝ていたのだろう。
「ありがとうございます。私はあのお食事を片付けてから休ませて頂きますね」
彼女は、使用人がこの部屋に放り投げて行った食事と言う名のゴミを片付け始めた。
私は、嫌がらせの為に食事を無駄にするこの行為にも激しい嫌悪感を抱いている。
お金、食事、仲間、友人、家族、これだけではないが、大切にしなくてはいけないものだ。
そんな事もわからない使用人はこちらから願い下げだな。
こうして私は、初めて奴隷の専属使用人に目を向ける事ができたのだ。
片付けをしている彼女を見て、何故か心が少し軽くなっているのが自分でもわかる。
その原因、考える必要もないな。
同じような境遇の仲間ができた事による喜びの感情で間違いないだろう。
私は彼女の事をもっと知りたいという気持ちが溢れているのに気が付いた。
そして、今の自分の事も知ってほしいと……
はっ、いや待て、彼女だけに片付けをさせるのは間違いだ。
何をボケっとしているんだ、イズン!
私は慌てて彼女の元に行って一緒に片付け始める。
ジトロ様率いるアンノウンの金庫番を仰せつかっているイズンだ。
実は私だけは、いや、私とノエルは、このアンノウンの中で自らの名前を憶えていた。
そして、ナンバーズやジトロ様には当然明らかになっているのだろうが、私は貴族の出身だ。
アンノウンの一員となる時、ナンバーズによる身元確認が行われているのは知っている。
あの力を使えば、私の正体などは全て明らかになっていると考えて良いだろう。
私は貴族の出ではあるのだが、魔力レベルはゼロ。
その事実が判明した後は、兄弟や両親、挙句の果てには使用人にまで馬鹿にされるようになっていた。
一度そのように坂道を下れば、後は更に勢いを増して転がるだけ。
使用人達の嫌がらせも苛烈を極め、食事に汚物を入れられる時すらあった。
もちろんあれほどの状態だったので、両親はその事実を知っていたはずだ。
にも拘わらず、使用人を咎めるような事を一切しなかったため、増長したのだろう。
長きにわたり劣悪な環境にいたせいか、いつの日からか私の専属メイドが変わっているのにも気が付かなかったほどだ。
「イズン様、どうぞこちらをお食べ下さい」
ある日、いつもの通り俺の部屋に投げ込まれた汚物まみれの食事をみて、その使用人は自分の食事を差し出してきた。
その時に初めてその使用人を認識したのだが、服は薄汚れており、奴隷の首輪をしていた。
おそらく、ゴミのような扱いの俺の使用人は奴隷で十分という事なのだろう。
「いや、私は大丈夫だ。お前こそ、かなり痩せているように見える。しっかり食べているのか?」
「私は奴隷ですから。それに、イズン様のそのお姿を見ていられません」
目に涙を溜めながら話す使用人。
なぜここまで親身になってくれるのかが理解できなかった。
血の繋がった家族すら見捨て、本来主従の関係にある使用人すらゴミのように扱ってくる今の私を心配しているのだ。
「フン、お前に心配されずとも問題ない。私にはまだこれがあるからな」
そう言って、まだこのような扱いになる前に貰っていたお小遣いの一部分を見せる。
自分で言うのもなんだが、両親が真面に接していた頃から私はお金については非常に厳しかった。
お金は人を狂わせるし、強大な力にもなり得るからと理解していたからだ。
「これで夜中に抜け出して、時々食料を仕入れているからな。それと、ここを出ても生活できるように、町での仕事についても勉強しているところだ。だからな、その食事はお前が食べるべきだ」
私としては当たり前の事を言っているつもりだ。
彼女の食事は彼女が食べる。まして、見るからに痩せているし、私に進めてくれた食事もお世辞にも良い物とは言い難い。
だが、彼女は中々口にしようとしない。
「は~、わかった。じゃあ私も食べるとしよう。丁度昨日仕入れておいた食事もあるんだ。二人で分けて食べようか」
正直あまりお腹は空いていないのだが、彼女だけが食事をするという事ができなさそうなので、明日食べようかと思っていた食事を今食べる事にした。
明らかに彼女が手にしているよりも豪華な食事をとりだす。
だが、保存ができるような食事になっているので、温かくもなければ柔らかくもないが、それでも彼女の持っている食事よりは遥に良い品だ。
「せっかくだから、私はそっちを貰うぞ!」
「あっ!」
有無をも言わさず、余り栄養のなさそうなパンを彼女から奪い取り、口にする。
う~ん、はっきり言って不味い。
だが、彼女は私が食事をしている姿を見るだけで、自分の前に置かれた私の準備した食事に手を付けようとはしてくれない。
「どうした?お前も食べてくれないと、私がお前の食事を盗んだ事になってしまう。早く食べてくれ」
ここまで言うと、ようやく彼女は食事を口にした。
一瞬目が開いたので、きっと味に感動しているのだろうと推測した。
私は、彼女の食事の邪魔にならないようにそっと移動してその姿を見る。
改めて見ると、やはり痩せこけていて服は汚れている。
所々に傷が見え、痣もある。
あの首輪から察するに、かなり劣悪な環境に置かれていたのだろう。
そして、誰も世話をしたがらない私の専属になった……と。
一応今の私でも貴族の身分を持っているので、専属のメイドがいないと体裁が悪いと考えたのは、きっと両親だな。
本当に意味のない体裁には無駄にこだわる人だと思っていたが、ここまでだとは予想の遥上を行く。
そんな事を考えている間も、彼女は夢中で食事をしていた。
あれほど空腹なのに、私の為に食料を差し出そうとした崇高な心。
両親や兄弟、そして使用人共に爪の垢を飲ませたいほどだ。
さてどうするか。
私にも余裕がなかった事がわかった。
彼女が私の専属になったのは、昨日や今日ではないだろう。
そのような変化にも気が付かない程、私自身にもダメージが蓄積されていたのだろう。
彼女のおかげで少しだけ自分を見つめ直す事ができた。
彼女の食事が終われば今日はゆっくり休んで、明日はお互いを少しでも良く知る所から始めでみよう。
フフ、こんな事を考えるなんて……よく考えれば、私はこの家で暫くまともに誰かと会話をした事がない。
会話に飢えているのかもしれないな。
「あの、イズン様。ごちそうさまでした。なんだか申し訳ありません」
ようやく食事を終えた彼女は、申し訳なさそうにしている。
「いや、謝る事は何一つないぞ。じゃあ、今日はもう遅いから、そっちのベッドを使うと良い」
前の専属メイドが使っていたベッドを使うように指示を出しておく。
あの感じであれば、今まではどこかの床で寝ていたのだろう。
「ありがとうございます。私はあのお食事を片付けてから休ませて頂きますね」
彼女は、使用人がこの部屋に放り投げて行った食事と言う名のゴミを片付け始めた。
私は、嫌がらせの為に食事を無駄にするこの行為にも激しい嫌悪感を抱いている。
お金、食事、仲間、友人、家族、これだけではないが、大切にしなくてはいけないものだ。
そんな事もわからない使用人はこちらから願い下げだな。
こうして私は、初めて奴隷の専属使用人に目を向ける事ができたのだ。
片付けをしている彼女を見て、何故か心が少し軽くなっているのが自分でもわかる。
その原因、考える必要もないな。
同じような境遇の仲間ができた事による喜びの感情で間違いないだろう。
私は彼女の事をもっと知りたいという気持ちが溢れているのに気が付いた。
そして、今の自分の事も知ってほしいと……
はっ、いや待て、彼女だけに片付けをさせるのは間違いだ。
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