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武揚会
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「よう、邪魔するよ」
甚蔵が河井と長内を引き連れて、菊屋の暖簾を潜ると、板場から覗いた主の顔が堅くなった。四十そこそこだが、その割に皺が多い顔立ちである。
「加瀬様じゃないですか」
主の菊平が、前掛けで手を拭いながら出て来た。
「二階、空いてるかい?」
「ええ」
「ちょいと、長居をさせてもらうよ。人がここに訪ねてくるんでね」
「それは構いませんが」
「なら、天ぷら蕎麦を三つな」
そう言って、甚蔵たちは二階へと上がった。
二階の座敷には、四つの机が置かれていて、甚蔵は窓際の席を選んだ。小綺麗にしていて、いつ来ても気持ちのいい店である。
「よく来るんですか?」
長内が訊いたので、甚蔵は頷いた。
「お役目でね」
「お役目? それはどうして」
「まぁ、菊屋はいわく付きでねぇ」
この店は、甚蔵が火盗改時代によく使っていた店である。というのも、ここの天ぷら蕎麦が絶品というのもあるが、菊平が裏で情報屋をしていたからだ。
菊平は、かつて独り働きの盗賊だったのだ。それが長谷川備中守という火盗改長官に捕縛さて、改心して走狗となった。
備中守への惚れ込みようは大変なもので、京都町奉行に転任しても密偵として随行したほどだった。しかし同地で備中守が病死すると、密偵稼業から足を洗い江戸に戻り蕎麦屋の主になった。
だが、この菊平が復帰したという話を、逸撰隊に移る直前に甚蔵は小耳に挟んだ。というのも、今は備中守の忘れ形見である、長谷川平蔵の走狗として仕えるようになったそうだ。
「長谷川平蔵というと、田沼様の側近だな」
河井の言葉に、甚蔵は「そうだ」と答えた。
「今は確か西の丸仮御進物番をしている。田沼様の賄賂係だな」
「相当な切れ者らしいな。見かけによらず執念深いので〔遠呂智の平蔵〕と呼ぶ者もいるそうだ」
「またの名を、女殺し。本所で相当な女を泣かせたようだ」
平蔵とは同じ歳で、道場の対抗仕合で見知った仲だった。身分こそ旗本と御家人と違うが、剣術談義で何度か酒を酌み交わした事もある。
「逸撰隊の運営は、田沼様の賄賂でやりくりしている。遠呂智に会った時は機嫌を取っておかないとな」
そうこうしていると、菊平が天ぷら蕎麦を三つ運んできた。天ぷらは、山で取れた山菜と烏賊だそうだ。
「ちょいと訊きたいんだがね」
蕎麦を置いて立ち上がろうとした菊平を、甚蔵は呼び止めた。それだけで、菊平の左頬がぴくりと動く。
「大獄院仙右衛門の姿が見えねぇんだが、何か知らねぇか?」
「私はもう足を洗ったんで」
「洗ってねぇだろ。今は遠呂智の走狗だって聞いたぜ」
「流石、加瀬様。お耳が敏い」
「お世辞はいい。同じ浅草なんだ。奴に関わる事ならなんでもいい」
と、懐から小粒を幾つか出した。長内が目を見張るが、河井に肘で小突かれている。
「加瀬様、奴は武の字ですよ。それでも手を出しているんですか?」
武の字とは、武揚会の隠語である。市井の人間は、武揚会という名前を言いたがらない。
「そんな事は承知の上だ」
「何やら騒がしいですね。二日前から、子分は少しずつ減っていますし」
「お前はどう見てる?」
「益屋さんと喧嘩があるって、もっぱらの噂ですよ。なんでも、益屋さんの手先を殺したとかで」
「あれは羅刹道の仕業だって聞いたがね」
「ここだけの話ですが、羅刹道と仙右衛門は繋がりがあるそうで」
「どういう?」
「殺しの仕事を奴らに踏ませていたらしいですね」
「なるほど」
そう言って、甚蔵は蕎麦に目をやった。ハッとして、河井と長内に「先に食え」と言った。
「では」
と、菊平が小粒に伸ばす手を、甚蔵が掴んだ。
「どうして、お前は詳しいんだ?」
「そりゃ、あっしは」
「遠呂智も調べているわけか」
菊平は明確な返答をせず、苦笑いを浮かべるだけだった。
◆◇◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◇◆
仙右衛門が会うという返事を持ってきたのは、それから一刻後だった。
時刻は暮れ六つ。場所は仙右衛門の屋敷である。菊平は大いに慌て、顔を真っ青にしていた。甚蔵に情報を売った大獄院一家の子分が、急に現れたからだ。しかも、それが代貸である野火の市助と来ている。青くなりようときたら、笑わずにおられなかった。
暮れ六つの鐘が鳴ると、甚蔵たちは仙右衛門の屋敷を訪ねた。
「気を抜くなよ」
河井が長内に呟く。二番組とは言え、実戦を経験した事がないわけではないだろうが、まだ若い長内は不安そうだ。
「よくおいでくださいました」
市助が甚蔵たちを迎え入れた。
「親分は待っておりますよ」
甚蔵たちは、庭の方へ通された。濡れ縁に、大柄の男が立っている。
潮焼けした顔に、不釣り合いの白い歯。髪は総白髪になっているというのに、旺盛な精力と野心を具現化したような肌艶だ。この男が、大獄院仙右衛門だろう。
「君かね、私に会いたいと言ったのは」
甚蔵が正面に立つと、仙右衛門が口を開いた。
「ええ。逸撰隊一番組伍長、加瀬甚蔵という」
「善童鬼とも呼ばれているそうだね。聞かない名ではあるが」
「これから売り出す名前だからね」
仙右衛門は、「面白い」と一笑した。そして、傍にいた三下に目配せし、火のついた煙管を持ってこさせた。
「それで、私に何の用かね?」
そう言って、煙管を吸う。煙草の煙が、周囲に漂っている。
「羅刹道。その一味が、お前さんの名を出した。それで、どんな関りがあるのか聞こうと思ってね」
「ほう。私をしょっぴこうというのかね?」
「場合によっては」
また、仙右衛門が笑う。よく笑う男だ。
「そんな事をすれば、浅草全体を敵に回す事になる」
「その時は、お前さんは公儀を敵に回す事になるけどな」
「それだけは避けたい」
「なら、俺に従う事だ」
「それも避けたい」
と、仙右衛門が片手を挙げた時、勢いよく障子が開いた。
わらわらと、長脇差を抜いた子分たちが飛び出してきた。あっという間に囲まれてしまう。
甚蔵は、素早く同田貫正国を抜き払う。河井・長内も続いた。
「仙右衛門、どういうつもりだ」
取り囲む数は、ゆうに二十はいる。絶体絶命というわけだが、この仙右衛門は予想以上に愚か者だった。
「こういうつもりだ」
何かを庭に放られた。一度だけ跳ねて、甚蔵の足元まで転がった。それは、川次郎の首だった。
「益屋に出入りしてたのを見た奴がいてねぇ。逸撰隊は益屋側の人間だろ?」
「誤解だって言って、信じるやくざはおらんだろうな」
「わかってるじゃねぇか」
「わかった。なら、益屋に会った俺だけでいいだろ。後ろの二人は手伝いなんだ。関係ない」
「駄目だ」
仙右衛門が即答した。
「益屋と一合戦するんだろ? 大事な子分を失うぜ」
「そいつはどうかな。景気づけに血祭って奴よ」
「馬鹿だね」
先に動いたのは甚蔵だった。大きく踏み込んで、一番手前のやくざを袈裟斬りに斃した。鮮血が噴き上がる。それを合図に、河井と長内も動いた。
甚蔵は、一息で二人を斬り払った。感触は確かだが、生死はわからない。それにしても、人斬りに慣れてきたものだ。
「河井、長内、逃げるぞ」
向かってくる刃を払いながら、甚蔵は吠えた。河井が背後の敵を蹴散らし、血路を開く。長内もよくやっていた。
「門まで駆けるぞ」
「わかった」
二人が駆けるのを確かめて、甚蔵は敵を引きつけるように、敵の中に躍り込んだ。
同田貫正国を振り回す。首が跳び、血が迸る。駆け回った。腕・背中・頬に、細かい傷は受けた。一瞬だけ、羅刹道と比べてどうだろうかと思った。
「加瀬」
河井が叫んだ。門番を斬り倒している。甚蔵は、向かってきた男の胴を抜き、振り返り様に斬り下ろすと、「いいから、先に行け」と怒鳴った。
「しかし」
「隊に報せろ」
だから。行け。もう、仲間を死なせたくないんだ。こんな事態になったのは、仙右衛門を利口だと見積もったからだ。それがとんだ愚か者だった。その責任は取る。甚蔵はそう念じながら、三下の頭蓋を顎まで断った。
もう門前に二人の姿は無い。よい、判断だ。流石は勝の二番組というべきだろうか。
頭に伊佐の顔が浮かぶ。大丈夫だ。死ぬつもりはない。あの時だって生き残れたのだ。自分で言い聞かし、敵を下から斬り上げた。
肩で息をしていた。あと、どれほど動けるか。横からの突きが来た。身を捻って躱し、背後から斬った。あと、どれほど動けるか。また考えた。
死んだ部下たちの顔が浮かぶ。自分のせいで死なせたのだ。今日は救えた。それだけでいいじゃないか。
「諦めろ」
伊助だった。甚蔵を囲んでいた敵が下がった。しかし、伊助の手には、回転式の短筒が握られていた。
「飛び道具とは卑怯だぜ? 仮にも侠客だろう」
その時、背中に衝撃が来た。角材で殴られたようだ。衝撃でうつ伏せに倒れた。呼吸が出来ない。口から肺が飛び出そうだった。
次にきたのは腹だった。蹴り上げられた。たまらず胃の中のものを吐くと、顔を蹴られた。口の中に、血の味が広がった。また蹴られる。立ち上がらされ、顔と腹を殴られた。記憶がそこで飛んだ。
甚蔵が河井と長内を引き連れて、菊屋の暖簾を潜ると、板場から覗いた主の顔が堅くなった。四十そこそこだが、その割に皺が多い顔立ちである。
「加瀬様じゃないですか」
主の菊平が、前掛けで手を拭いながら出て来た。
「二階、空いてるかい?」
「ええ」
「ちょいと、長居をさせてもらうよ。人がここに訪ねてくるんでね」
「それは構いませんが」
「なら、天ぷら蕎麦を三つな」
そう言って、甚蔵たちは二階へと上がった。
二階の座敷には、四つの机が置かれていて、甚蔵は窓際の席を選んだ。小綺麗にしていて、いつ来ても気持ちのいい店である。
「よく来るんですか?」
長内が訊いたので、甚蔵は頷いた。
「お役目でね」
「お役目? それはどうして」
「まぁ、菊屋はいわく付きでねぇ」
この店は、甚蔵が火盗改時代によく使っていた店である。というのも、ここの天ぷら蕎麦が絶品というのもあるが、菊平が裏で情報屋をしていたからだ。
菊平は、かつて独り働きの盗賊だったのだ。それが長谷川備中守という火盗改長官に捕縛さて、改心して走狗となった。
備中守への惚れ込みようは大変なもので、京都町奉行に転任しても密偵として随行したほどだった。しかし同地で備中守が病死すると、密偵稼業から足を洗い江戸に戻り蕎麦屋の主になった。
だが、この菊平が復帰したという話を、逸撰隊に移る直前に甚蔵は小耳に挟んだ。というのも、今は備中守の忘れ形見である、長谷川平蔵の走狗として仕えるようになったそうだ。
「長谷川平蔵というと、田沼様の側近だな」
河井の言葉に、甚蔵は「そうだ」と答えた。
「今は確か西の丸仮御進物番をしている。田沼様の賄賂係だな」
「相当な切れ者らしいな。見かけによらず執念深いので〔遠呂智の平蔵〕と呼ぶ者もいるそうだ」
「またの名を、女殺し。本所で相当な女を泣かせたようだ」
平蔵とは同じ歳で、道場の対抗仕合で見知った仲だった。身分こそ旗本と御家人と違うが、剣術談義で何度か酒を酌み交わした事もある。
「逸撰隊の運営は、田沼様の賄賂でやりくりしている。遠呂智に会った時は機嫌を取っておかないとな」
そうこうしていると、菊平が天ぷら蕎麦を三つ運んできた。天ぷらは、山で取れた山菜と烏賊だそうだ。
「ちょいと訊きたいんだがね」
蕎麦を置いて立ち上がろうとした菊平を、甚蔵は呼び止めた。それだけで、菊平の左頬がぴくりと動く。
「大獄院仙右衛門の姿が見えねぇんだが、何か知らねぇか?」
「私はもう足を洗ったんで」
「洗ってねぇだろ。今は遠呂智の走狗だって聞いたぜ」
「流石、加瀬様。お耳が敏い」
「お世辞はいい。同じ浅草なんだ。奴に関わる事ならなんでもいい」
と、懐から小粒を幾つか出した。長内が目を見張るが、河井に肘で小突かれている。
「加瀬様、奴は武の字ですよ。それでも手を出しているんですか?」
武の字とは、武揚会の隠語である。市井の人間は、武揚会という名前を言いたがらない。
「そんな事は承知の上だ」
「何やら騒がしいですね。二日前から、子分は少しずつ減っていますし」
「お前はどう見てる?」
「益屋さんと喧嘩があるって、もっぱらの噂ですよ。なんでも、益屋さんの手先を殺したとかで」
「あれは羅刹道の仕業だって聞いたがね」
「ここだけの話ですが、羅刹道と仙右衛門は繋がりがあるそうで」
「どういう?」
「殺しの仕事を奴らに踏ませていたらしいですね」
「なるほど」
そう言って、甚蔵は蕎麦に目をやった。ハッとして、河井と長内に「先に食え」と言った。
「では」
と、菊平が小粒に伸ばす手を、甚蔵が掴んだ。
「どうして、お前は詳しいんだ?」
「そりゃ、あっしは」
「遠呂智も調べているわけか」
菊平は明確な返答をせず、苦笑いを浮かべるだけだった。
◆◇◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◇◆
仙右衛門が会うという返事を持ってきたのは、それから一刻後だった。
時刻は暮れ六つ。場所は仙右衛門の屋敷である。菊平は大いに慌て、顔を真っ青にしていた。甚蔵に情報を売った大獄院一家の子分が、急に現れたからだ。しかも、それが代貸である野火の市助と来ている。青くなりようときたら、笑わずにおられなかった。
暮れ六つの鐘が鳴ると、甚蔵たちは仙右衛門の屋敷を訪ねた。
「気を抜くなよ」
河井が長内に呟く。二番組とは言え、実戦を経験した事がないわけではないだろうが、まだ若い長内は不安そうだ。
「よくおいでくださいました」
市助が甚蔵たちを迎え入れた。
「親分は待っておりますよ」
甚蔵たちは、庭の方へ通された。濡れ縁に、大柄の男が立っている。
潮焼けした顔に、不釣り合いの白い歯。髪は総白髪になっているというのに、旺盛な精力と野心を具現化したような肌艶だ。この男が、大獄院仙右衛門だろう。
「君かね、私に会いたいと言ったのは」
甚蔵が正面に立つと、仙右衛門が口を開いた。
「ええ。逸撰隊一番組伍長、加瀬甚蔵という」
「善童鬼とも呼ばれているそうだね。聞かない名ではあるが」
「これから売り出す名前だからね」
仙右衛門は、「面白い」と一笑した。そして、傍にいた三下に目配せし、火のついた煙管を持ってこさせた。
「それで、私に何の用かね?」
そう言って、煙管を吸う。煙草の煙が、周囲に漂っている。
「羅刹道。その一味が、お前さんの名を出した。それで、どんな関りがあるのか聞こうと思ってね」
「ほう。私をしょっぴこうというのかね?」
「場合によっては」
また、仙右衛門が笑う。よく笑う男だ。
「そんな事をすれば、浅草全体を敵に回す事になる」
「その時は、お前さんは公儀を敵に回す事になるけどな」
「それだけは避けたい」
「なら、俺に従う事だ」
「それも避けたい」
と、仙右衛門が片手を挙げた時、勢いよく障子が開いた。
わらわらと、長脇差を抜いた子分たちが飛び出してきた。あっという間に囲まれてしまう。
甚蔵は、素早く同田貫正国を抜き払う。河井・長内も続いた。
「仙右衛門、どういうつもりだ」
取り囲む数は、ゆうに二十はいる。絶体絶命というわけだが、この仙右衛門は予想以上に愚か者だった。
「こういうつもりだ」
何かを庭に放られた。一度だけ跳ねて、甚蔵の足元まで転がった。それは、川次郎の首だった。
「益屋に出入りしてたのを見た奴がいてねぇ。逸撰隊は益屋側の人間だろ?」
「誤解だって言って、信じるやくざはおらんだろうな」
「わかってるじゃねぇか」
「わかった。なら、益屋に会った俺だけでいいだろ。後ろの二人は手伝いなんだ。関係ない」
「駄目だ」
仙右衛門が即答した。
「益屋と一合戦するんだろ? 大事な子分を失うぜ」
「そいつはどうかな。景気づけに血祭って奴よ」
「馬鹿だね」
先に動いたのは甚蔵だった。大きく踏み込んで、一番手前のやくざを袈裟斬りに斃した。鮮血が噴き上がる。それを合図に、河井と長内も動いた。
甚蔵は、一息で二人を斬り払った。感触は確かだが、生死はわからない。それにしても、人斬りに慣れてきたものだ。
「河井、長内、逃げるぞ」
向かってくる刃を払いながら、甚蔵は吠えた。河井が背後の敵を蹴散らし、血路を開く。長内もよくやっていた。
「門まで駆けるぞ」
「わかった」
二人が駆けるのを確かめて、甚蔵は敵を引きつけるように、敵の中に躍り込んだ。
同田貫正国を振り回す。首が跳び、血が迸る。駆け回った。腕・背中・頬に、細かい傷は受けた。一瞬だけ、羅刹道と比べてどうだろうかと思った。
「加瀬」
河井が叫んだ。門番を斬り倒している。甚蔵は、向かってきた男の胴を抜き、振り返り様に斬り下ろすと、「いいから、先に行け」と怒鳴った。
「しかし」
「隊に報せろ」
だから。行け。もう、仲間を死なせたくないんだ。こんな事態になったのは、仙右衛門を利口だと見積もったからだ。それがとんだ愚か者だった。その責任は取る。甚蔵はそう念じながら、三下の頭蓋を顎まで断った。
もう門前に二人の姿は無い。よい、判断だ。流石は勝の二番組というべきだろうか。
頭に伊佐の顔が浮かぶ。大丈夫だ。死ぬつもりはない。あの時だって生き残れたのだ。自分で言い聞かし、敵を下から斬り上げた。
肩で息をしていた。あと、どれほど動けるか。横からの突きが来た。身を捻って躱し、背後から斬った。あと、どれほど動けるか。また考えた。
死んだ部下たちの顔が浮かぶ。自分のせいで死なせたのだ。今日は救えた。それだけでいいじゃないか。
「諦めろ」
伊助だった。甚蔵を囲んでいた敵が下がった。しかし、伊助の手には、回転式の短筒が握られていた。
「飛び道具とは卑怯だぜ? 仮にも侠客だろう」
その時、背中に衝撃が来た。角材で殴られたようだ。衝撃でうつ伏せに倒れた。呼吸が出来ない。口から肺が飛び出そうだった。
次にきたのは腹だった。蹴り上げられた。たまらず胃の中のものを吐くと、顔を蹴られた。口の中に、血の味が広がった。また蹴られる。立ち上がらされ、顔と腹を殴られた。記憶がそこで飛んだ。
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