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倒幕前夜
第二章 置文と願文 5.
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5.
高氏は身を乗り出すようにして、直義に問うた。
「お前から見ても、かの僧侶には威厳があったか?」
「着ているものなどは粗末でしたが、一介の僧侶では持ち得ない気迫を感じました」
高氏は、うんうんと頷いた。
「もしかすると瑞泉寺にお戻りなのかも知れんな……得宗も待っていた様子だったし」
ぶつぶつとつぶやきながら顔を上げると、高氏は直義に向かっておごそかに告げた。
「直義、お前を助けたのは、おそらく夢窓禅師だろう」
仏道に興味のない直義でも、聞き覚えのある名だった。
天狗を追い払った気迫から考えても、只者ではないのは確かだろう。
「瑞泉寺の住持でしたか? 高名なお方のようですが、どのようなお方で?」
「知らんのか?! 京の南禅寺におられたところを、わざわざ得宗の母君が頭を下げて鎌倉に来ていただいた、徳の高い禅師だぞ」
高氏は呆れた顔で直義を見つめた。
「本当は建長寺に入っていただきたいのだが、未だ修行が足らずと己を律し、年の半分は、人里離れた険しい場所に籠っておられるらしい」
建長寺は鎌倉で一番格の高い寺である。
年の半分も留守にして住持といえるのだろうか? と直義などは思うが、高氏の恍惚とした物言いを聞いていると、それでもよいらしいのは察せられた。
「禅師は得宗家や幕府の人間だけでなく、京の朝廷でも……」
そこで高氏ははっと言葉を切り、口ごもった。
だがすぐに、そんな自分を怒る様に顔をしかめて、高氏は話を続けた。
「配所の御方も、師と仰がれた高名な禅師だ。お礼に伺うなら……いや、必ず伺うように。くれぐれも失礼のないようにな」
配所の御方――隠岐へ流された後醍醐帝に、高氏は複雑な思い入れがある。
足利が倒幕を行おうとするなら、同じ目的を掲げる後醍醐帝を担ぐのは、自然な成り行きだ。
その意味では、直義も配所の帝に無関心ではない。
だが高氏のように、後ろめたさや、尊崇の念を持とうとは思わない。
「分かりました」
去るつもりで腰を上げた直義は、未だ思い沈んでいるように見えた兄に引きとめられた。
「待て、直義。こちらの話は済んでおらん」
あっ、と直義も気づいて、姿勢を正して座り直した。
心持ち顰められた高氏の声が直義に届く。
「小太郎との折衝はどうなっている?」
『小太郎』とは、新田の現当主、義貞の幼名だ。
今回、直義が足利荘まで赴いた目的は、荘園の石高を問いただすためとなっていた。
だが、それは表向きで、本来の目的は、隣にある新田荘を訪ねることにあった。
新田は足利と同じ源氏の嫡流で、足利が北条相手に戦を起こすに当たっては、当主の動向をしっかりと把握しておかねばならなかった。
(幕府に冷遇されている新田が、敵に回ることはあまり考えられぬとはいえ、可能性としてはなくもない)
また、静観せず倒幕側に組するというなら、連携して動いた方が、お互いのためだった。
具体的には、この先、西へ大規模な出兵を命じられるだろう足利が、京の六波羅を制し、手隙になった鎌倉を新田が取れれば理想的だった。
直義は兄の不安定な精神状態を慮って、結論だけを口にした。
「委細全て、あちらは承知しましたよ」
「そうか……!」
高氏の声は、興奮を押し隠せないように語尾が震えていた。
直義の新田における交渉相手は、小太郎義貞でなく、その実弟の脇屋義助だった。
義助は、義貞ほど足利に恨みつらみはなく、義貞より遥かに理屈の分かる相手だった。
『……兄上は分からんよ。足利が立つ以上一緒にやらんなら、新田がその後、一族のみでどうするつもりなのか』
新田荘と足利荘の、境界付近にある荒れ寺で落ち会うと、義助は疲れたように吐き出した。
幕府も憎いが、それに媚びへつらってきた足利も憎い――という義貞をなだめすかして、共闘を認めさせるのは、さぞや骨の折れる仕事だろう。
直義は労わるように声を掛けた。
『そうだな。北条に付くっていうのならともかく』
足利に謀叛ありと、北条に告げれば、新田は幕府でそこそこの出世ができるだろう。
自らが滅ぶような可能性を、しゃあしゃあと上げた直義を、義助は苦い顔でにらみつけた。
『それはねえよ。足利に対してそこまで出来るんだったら、今まで大人しく煮え湯飲んでねえだろ』
唸るように吠えた義助に、直義は素直に頭を下げた。
『悪いな。一応聞いておくべきかと思ってな』
義助はふくれていたが、手をひらひらと横に振った。
『お前のその性格は知ってっからいいよ。実際、そん位じゃないと、北条相手にやっていけねえだろうし』
義助にとって噂に聞く北条の面々は、それこそ鬼や天狗の類と変わりがないのだろう。
(実際は……)
北条相手より、お前と同じで実の兄相手の方が面倒だ――とは言わず、直義は曖昧に笑って鎌倉に戻ってきた。
その厄介な兄は、目の前で仏に感謝していた。
「これで、京と鎌倉を一気に片付けるのも夢物語ではなくなる。やはり神仏のご加護が足利にある証左だな」
(ならば戦支度も、いやいっそ、戦そのものも神仏がやってくれればよいものを)
直義は投げやりに神仏に当たりながら、今日一日の疲れが、どっと背にのしかかってくるのを感じていた。
――――――――――――――
第二章終わり。
太平記御用達のキャラ、
・後醍醐天皇
・足利高氏(尊氏)
・高師直
・新田義貞
・脇屋義助
出て参りました!
・夢窓禅師(疎石)
は禅宗のスーパースターです。
スポット参戦みたいなもんですが、これからも出てきます(^_^)
……ご意見ご感想お待ちしております。
高氏は身を乗り出すようにして、直義に問うた。
「お前から見ても、かの僧侶には威厳があったか?」
「着ているものなどは粗末でしたが、一介の僧侶では持ち得ない気迫を感じました」
高氏は、うんうんと頷いた。
「もしかすると瑞泉寺にお戻りなのかも知れんな……得宗も待っていた様子だったし」
ぶつぶつとつぶやきながら顔を上げると、高氏は直義に向かっておごそかに告げた。
「直義、お前を助けたのは、おそらく夢窓禅師だろう」
仏道に興味のない直義でも、聞き覚えのある名だった。
天狗を追い払った気迫から考えても、只者ではないのは確かだろう。
「瑞泉寺の住持でしたか? 高名なお方のようですが、どのようなお方で?」
「知らんのか?! 京の南禅寺におられたところを、わざわざ得宗の母君が頭を下げて鎌倉に来ていただいた、徳の高い禅師だぞ」
高氏は呆れた顔で直義を見つめた。
「本当は建長寺に入っていただきたいのだが、未だ修行が足らずと己を律し、年の半分は、人里離れた険しい場所に籠っておられるらしい」
建長寺は鎌倉で一番格の高い寺である。
年の半分も留守にして住持といえるのだろうか? と直義などは思うが、高氏の恍惚とした物言いを聞いていると、それでもよいらしいのは察せられた。
「禅師は得宗家や幕府の人間だけでなく、京の朝廷でも……」
そこで高氏ははっと言葉を切り、口ごもった。
だがすぐに、そんな自分を怒る様に顔をしかめて、高氏は話を続けた。
「配所の御方も、師と仰がれた高名な禅師だ。お礼に伺うなら……いや、必ず伺うように。くれぐれも失礼のないようにな」
配所の御方――隠岐へ流された後醍醐帝に、高氏は複雑な思い入れがある。
足利が倒幕を行おうとするなら、同じ目的を掲げる後醍醐帝を担ぐのは、自然な成り行きだ。
その意味では、直義も配所の帝に無関心ではない。
だが高氏のように、後ろめたさや、尊崇の念を持とうとは思わない。
「分かりました」
去るつもりで腰を上げた直義は、未だ思い沈んでいるように見えた兄に引きとめられた。
「待て、直義。こちらの話は済んでおらん」
あっ、と直義も気づいて、姿勢を正して座り直した。
心持ち顰められた高氏の声が直義に届く。
「小太郎との折衝はどうなっている?」
『小太郎』とは、新田の現当主、義貞の幼名だ。
今回、直義が足利荘まで赴いた目的は、荘園の石高を問いただすためとなっていた。
だが、それは表向きで、本来の目的は、隣にある新田荘を訪ねることにあった。
新田は足利と同じ源氏の嫡流で、足利が北条相手に戦を起こすに当たっては、当主の動向をしっかりと把握しておかねばならなかった。
(幕府に冷遇されている新田が、敵に回ることはあまり考えられぬとはいえ、可能性としてはなくもない)
また、静観せず倒幕側に組するというなら、連携して動いた方が、お互いのためだった。
具体的には、この先、西へ大規模な出兵を命じられるだろう足利が、京の六波羅を制し、手隙になった鎌倉を新田が取れれば理想的だった。
直義は兄の不安定な精神状態を慮って、結論だけを口にした。
「委細全て、あちらは承知しましたよ」
「そうか……!」
高氏の声は、興奮を押し隠せないように語尾が震えていた。
直義の新田における交渉相手は、小太郎義貞でなく、その実弟の脇屋義助だった。
義助は、義貞ほど足利に恨みつらみはなく、義貞より遥かに理屈の分かる相手だった。
『……兄上は分からんよ。足利が立つ以上一緒にやらんなら、新田がその後、一族のみでどうするつもりなのか』
新田荘と足利荘の、境界付近にある荒れ寺で落ち会うと、義助は疲れたように吐き出した。
幕府も憎いが、それに媚びへつらってきた足利も憎い――という義貞をなだめすかして、共闘を認めさせるのは、さぞや骨の折れる仕事だろう。
直義は労わるように声を掛けた。
『そうだな。北条に付くっていうのならともかく』
足利に謀叛ありと、北条に告げれば、新田は幕府でそこそこの出世ができるだろう。
自らが滅ぶような可能性を、しゃあしゃあと上げた直義を、義助は苦い顔でにらみつけた。
『それはねえよ。足利に対してそこまで出来るんだったら、今まで大人しく煮え湯飲んでねえだろ』
唸るように吠えた義助に、直義は素直に頭を下げた。
『悪いな。一応聞いておくべきかと思ってな』
義助はふくれていたが、手をひらひらと横に振った。
『お前のその性格は知ってっからいいよ。実際、そん位じゃないと、北条相手にやっていけねえだろうし』
義助にとって噂に聞く北条の面々は、それこそ鬼や天狗の類と変わりがないのだろう。
(実際は……)
北条相手より、お前と同じで実の兄相手の方が面倒だ――とは言わず、直義は曖昧に笑って鎌倉に戻ってきた。
その厄介な兄は、目の前で仏に感謝していた。
「これで、京と鎌倉を一気に片付けるのも夢物語ではなくなる。やはり神仏のご加護が足利にある証左だな」
(ならば戦支度も、いやいっそ、戦そのものも神仏がやってくれればよいものを)
直義は投げやりに神仏に当たりながら、今日一日の疲れが、どっと背にのしかかってくるのを感じていた。
――――――――――――――
第二章終わり。
太平記御用達のキャラ、
・後醍醐天皇
・足利高氏(尊氏)
・高師直
・新田義貞
・脇屋義助
出て参りました!
・夢窓禅師(疎石)
は禅宗のスーパースターです。
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……ご意見ご感想お待ちしております。
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