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干支ピリカ

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倒幕前夜

第一章 妖霊星の宴 4.

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4.

 直義は、改めて僧侶の顔を見た。
 暮れる日を浴びて赤みが差した僧侶の顔は、歳を経た木彫りの仏像のようにのっぺりとしていた。
 細面の顔に浮かぶ表情も泰然として崩れず、容易に感情を窺わせない。

「あれらは都からの……災厄の使いとでも?」

 かまをかけるように尋ねると、僧侶は首をわずかに前に傾げた。

「――であったとしても、ただの先触れ。気に留め過ぎると病みますぞ」

 人であろうと、怪異であろうと、祟ることはあるだろう。

(現世への明確な思惑があるだけ、人のほうが厄介だな)

「そうですね……いや、御坊のおかげで助かりました」

 とりあえず直義は、僧侶へ向かい深々と頭を下げた。

「人の一助いちじょとなるのが、我らの役目です」

 恭しく手を合わせ、目礼する僧の姿を見て、ようやく直義に辺りを見回す余裕が戻った。
 夕陽に照らされた若宮大路では、物売り達が腰を上げ、むしろを畳み、帰り支度をしていた。
 それは直義のよく知る光景で、先程まではまさしく夢幻の出来事だ。
 実際、日の高さから考えても、直義が足利の屋敷から出て、まだ半刻もたっていないだろう。

「巻き込んでしまい申し訳ない。御坊も所用の途中であったでしょう」
「お気遣いには及びませんが……あのような者共でも、故なきところには現れぬもの」

 僧侶は眉間に皺を寄せ、じろりと直義の顔を見つめた。

「ちなみに足利の若様は、何処いずこにおでの途上でしたかな?」

 おや――と、直義は思った。
 直義は確かに足利の総領の弟で、若様と呼ばれることもあったが、あまり表に出ることはなかった。
 一昨年まで父が当主で、名代には兄がいたためである。
 ただ、寺社には寄進、法事などで赴く機会もあり、僧形の者に素性が知られていても、それほど不思議ではない。
 だが目の前の僧に、見覚えはなかった。

「兄を迎えに、得宗殿のお屋敷を訪ねるところでした」

 隠すほどのこともないので、直義が素直に答えると、僧は薄い唇に、底の知れない微笑みを浮かべた。

「さて、御身は、得宗殿のお屋敷にあった怪異を、存知ていたご様子」

 直義が最後に天狗と交わした問答を、僧はしっかりと聞いていたらしい。

「兄上思いのお心はご立派。なれど、怪しき事象が起こりし場所へ、お供も連れずに参るとは」

 一息入れた僧は、ジロリと直義を見つめた。

「お立場を考えれば、いささかご油断が過ぎましょうぞ」

 鋭い眼差しに射すくめられ、直義はばつ悪げに笑った。

「怪異の一つや二つ、何ほどのものぞ……と、甘く見ておりました。まだまだ修行が足りません。御坊が参らねば、未だあの暗闇をさまよっていたでしょう」

 改めて御礼を申し上げます――と、口先だけでなく、直義は再び几帳面に頭を下げた。
 僧は表情を緩めたが、ぽつりと、どこか咎めるような口調でつぶやいた。

「若様には、花がありすぎる」
「はっ?」

 何を言われているか分からず、直義はとっさに反応できなかった。
 僧は畳み掛けるように続けた。

「有無を言わさず、人の目を惹き寄せる存在ものは、あのような輩も見逃しませぬ。お気をつけ下され」
「それはどのような……あ、お待ちください!」

 僧に背を向けられ、直義はあわてて声を掛ける。

「屋敷で礼を……!」

 僧は肩越しに短く会釈して、すたすたと立ち去ってしまった。
 一緒にいた男も、思っていたより若い顔に感じの良い笑みを浮かべると、直義に頭を下げ、僧の後を付いていった。
 二人の背中はすぐに、壊れかけた塀の向こうに消えた。
 道には、まだ夕日の朱色が残っていたが、もう先刻のような生々しい血の色には見えなかった。

「天狗と僧侶か……」

 一つつぶやくと、直義はくるりと踵を返した。
 先刻とは打って変わって路はガラガラに空いていたが、得宗館を訪ねる気は失せていた。
 日が暮れてしまう前に家路へつこうと、流れる人々の中に、直義も紛れることにした。





―――――――――――――




第一章ここまで。
プロローグみたいな話になりました。

……ご意見ご感想お待ちしております。
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