1333

干支ピリカ

文字の大きさ
4 / 49
倒幕前夜

第一章 妖霊星の宴 4.

しおりを挟む
4.

 直義は、改めて僧侶の顔を見た。
 暮れる日を浴びて赤みが差した僧侶の顔は、歳を経た木彫りの仏像のようにのっぺりとしていた。
 細面の顔に浮かぶ表情も泰然として崩れず、容易に感情を窺わせない。

「あれらは都からの……災厄の使いとでも?」

 かまをかけるように尋ねると、僧侶は首をわずかに前に傾げた。

「――であったとしても、ただの先触れ。気に留め過ぎると病みますぞ」

 人であろうと、怪異であろうと、祟ることはあるだろう。

(現世への明確な思惑があるだけ、人のほうが厄介だな)

「そうですね……いや、御坊のおかげで助かりました」

 とりあえず直義は、僧侶へ向かい深々と頭を下げた。

「人の一助いちじょとなるのが、我らの役目です」

 恭しく手を合わせ、目礼する僧の姿を見て、ようやく直義に辺りを見回す余裕が戻った。
 夕陽に照らされた若宮大路では、物売り達が腰を上げ、むしろを畳み、帰り支度をしていた。
 それは直義のよく知る光景で、先程まではまさしく夢幻の出来事だ。
 実際、日の高さから考えても、直義が足利の屋敷から出て、まだ半刻もたっていないだろう。

「巻き込んでしまい申し訳ない。御坊も所用の途中であったでしょう」
「お気遣いには及びませんが……あのような者共でも、故なきところには現れぬもの」

 僧侶は眉間に皺を寄せ、じろりと直義の顔を見つめた。

「ちなみに足利の若様は、何処いずこにおでの途上でしたかな?」

 おや――と、直義は思った。
 直義は確かに足利の総領の弟で、若様と呼ばれることもあったが、あまり表に出ることはなかった。
 一昨年まで父が当主で、名代には兄がいたためである。
 ただ、寺社には寄進、法事などで赴く機会もあり、僧形の者に素性が知られていても、それほど不思議ではない。
 だが目の前の僧に、見覚えはなかった。

「兄を迎えに、得宗殿のお屋敷を訪ねるところでした」

 隠すほどのこともないので、直義が素直に答えると、僧は薄い唇に、底の知れない微笑みを浮かべた。

「さて、御身は、得宗殿のお屋敷にあった怪異を、存知ていたご様子」

 直義が最後に天狗と交わした問答を、僧はしっかりと聞いていたらしい。

「兄上思いのお心はご立派。なれど、怪しき事象が起こりし場所へ、お供も連れずに参るとは」

 一息入れた僧は、ジロリと直義を見つめた。

「お立場を考えれば、いささかご油断が過ぎましょうぞ」

 鋭い眼差しに射すくめられ、直義はばつ悪げに笑った。

「怪異の一つや二つ、何ほどのものぞ……と、甘く見ておりました。まだまだ修行が足りません。御坊が参らねば、未だあの暗闇をさまよっていたでしょう」

 改めて御礼を申し上げます――と、口先だけでなく、直義は再び几帳面に頭を下げた。
 僧は表情を緩めたが、ぽつりと、どこか咎めるような口調でつぶやいた。

「若様には、花がありすぎる」
「はっ?」

 何を言われているか分からず、直義はとっさに反応できなかった。
 僧は畳み掛けるように続けた。

「有無を言わさず、人の目を惹き寄せる存在ものは、あのような輩も見逃しませぬ。お気をつけ下され」
「それはどのような……あ、お待ちください!」

 僧に背を向けられ、直義はあわてて声を掛ける。

「屋敷で礼を……!」

 僧は肩越しに短く会釈して、すたすたと立ち去ってしまった。
 一緒にいた男も、思っていたより若い顔に感じの良い笑みを浮かべると、直義に頭を下げ、僧の後を付いていった。
 二人の背中はすぐに、壊れかけた塀の向こうに消えた。
 道には、まだ夕日の朱色が残っていたが、もう先刻のような生々しい血の色には見えなかった。

「天狗と僧侶か……」

 一つつぶやくと、直義はくるりと踵を返した。
 先刻とは打って変わって路はガラガラに空いていたが、得宗館を訪ねる気は失せていた。
 日が暮れてしまう前に家路へつこうと、流れる人々の中に、直義も紛れることにした。





―――――――――――――




第一章ここまで。
プロローグみたいな話になりました。

……ご意見ご感想お待ちしております。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜

上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■ おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。 母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。 今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。 そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。 母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。 とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください! ※フィクションです。 ※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。 皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです! 今後も精進してまいります!

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

無用庵隠居清左衛門

蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。 第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。 松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。 幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。 この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。 そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。 清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。 俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。 清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。 ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。 清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、 無視したのであった。 そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。 「おぬし、本当にそれで良いのだな」 「拙者、一向に構いません」 「分かった。好きにするがよい」 こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

処理中です...