婚約破棄寸前なので開き直ったら溺愛されました

迷井花

文字の大きさ
上 下
20 / 25

20.グレースの外出④

しおりを挟む
 声がした方を振り返ると、そこには茶色の髪を刈り上げ、無精ぶしょうひげを生やして眼鏡をかけている武骨ぶこつそうな男が立っていた。千景は男の姿を目で捉えた瞬間に、身構えた。透明状態を維持しているのに、男にはこちらの姿が見えている。

「そんな怖い顔をしなくてもいいぞ少年、少なくとも今は味方だ」

――今は? 引っかかる物言いをする

「そんな目で睨むなよ、あいつにきつい一撃を食らわせたのをお前も見ていただろ、少年?」男が手に持っている巨大な黒い十字架に、円形の突起物がついたもので、賢石けんせきを指しながら言った。千景は男への警戒けいかいを解くことなく「ああ、見ていた。ただ俺は少年なんて言われる年じゃない」と返した。

「そうかい、大分若く見えるな、まあ考えてみればそりゃそうか、あれだけ強いんだから、年もそれ相応にいってるか」

「お前は何者だ?」

「いきなり本題かい、初対面同士もっと会話を楽しもうぜ」

「俺は正体を知らないやつと会話をしない、せめて名前を名乗ったらどうだ?」

「そうかあ……まあ隠したところで、お前にはいつかバレるだろうし先に言っておくか、俺の名前はザックフォードだ、よろしくな」ザックフォードはそういうと同時に、白い手袋をした手で握手を求めてきた。千景は、その手を握るのを躊躇ちゅうちょした。

「用心深いのもいいことだが、俺はなにもしねえよ」と言ってザックフォードは千景の手をひったくるように握って、無理やり握手をした。

「な? なにもないだろってことでよろしくな、えっと……じゃあ次はお前の名前がなんなのか教える番だな」

 名前を教える番とか……ザックフォードに会話のペースを握られているように感じたが千景は、素直に自分の名前を名乗った。こんなところにいるんだこちらのことも少なからず知っているだろう。

「千景か、そうか……千景か……」ザックフォードは、口の中で名前の感触を確かめているようであった。そして「千景はノブナガという名前のやつを知らないか?」ザックフォードは唐突に思いもかけない名前を口にした。

「知っている」

「そうか、それは千景の味方だったのか? それとも敵だったのか?」

――歴史上の信長の事をいっているのなら敵も味方もない、俺は知らない。ゲーム内のノブナガなら明らかな敵。ただそれ以外にもノブナガなんていう名前はわりと多い気がする、漫画やドラマにも大量にでてくるし……

「ザックフォードが言うノブナガがどういうものかわからないから答えられないな」千景は思っていることを口に出した。

「そうか……なんていったらいいのかヴィネリアみたいに巨大な力を持ったやつとでもいったらいいのかそういう化物みたいなやつだと思うんだが」

「ああそれなら、敵だ、間違いなく」

「そ、そうか、なるほどな……」
「ノブナガがどうしたんだ? 何か関係があるのか?」

「いや……」ザックフォードは口ごもり、次に話すことを選んでいるようであった。そして「ちょっとな、こちらの事情ってやつだ」と歯切れが悪く続けた。

 そんなザックフォードの態度を見ると千景もあまり自分達のことを話す気にはなれなかった。ヴィネリアと共闘したことは確かだが、それだけで信頼するにはあまりにも、材料が少なすぎる。千景がザックフォードに対して知っている事実は、ヴィネリアに重い一撃を与えることが出来た。ただそれだけだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

処理中です...