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16.ないない尽くしの女主人(メイド視点)
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「グレース様、本日のお召し物はどちらになさいますか?」
メイドのライリーは真っ白なリネンのエプロンの前で手を組み、新しい主人の答えを待った。
「そうね……」
美しい主人はわずかに視線を揺らし、「フェイト様の瞳の色に合わせてブルーのドレスにするわ」と決めた。
「かしこまりました」
恭しく頭を下げながら、平凡な選択だなと白けた感想を持った。
昨日は自らの瞳の色に合わせた深いグリーン。この屋敷に滞在することになってから、主人の趣味でいくつかドレスを作ったが、生地の素材は贅沢にこだわるぐらいで、オーソドックスな装飾品も含め、昔の貴婦人みたいで、彼女の若々しさが台無しだった。
馬場のマチルダは、グレース様は少女のように初々しく愛らしい。けれど経験不足が否めず侯爵の妻としてはどうかと評していた。
いざ会ってみれば、どちらかというとお堅い侯爵の妻の肖像がそのまま絵の中から出てきたみたい。
そつはないし問題を起こしそうにも見えないが、家柄が素晴らしいわけでもなく、傑出した才能があるわけでもない。
あのフェイト・シーフォード騎士団長が、他の候補を差し置いてなぜグレース様だったの、とメイドたちの間で様々なうわさや憶測が飛び交っている。
「スノウホワイトは元気かしら……」
ライリーにドレスを着付けられながら、ふとグレースが呟いた。いぶかしげにグレースを仰ぎ見たライリーに、「馬に乗ってはだめよね」とグレースがおかしなことを聞いてくる。
「馬にお乗りになりたければ、フェイト様にお願いされればよろしいかと」
「いえ、午後の時間が空いたでしょう……」
「おひとりで行かれるということでしょうか? シーフォードの婚約者であるグレース様がおひとりで出かけるのはあまり……フェイト様が嫌がられるかと」
「そうよね……おかしなことを言ったわ」
ほんのわずか、憂うような表情を見せたグレースは、それをごまかすように苦笑した。
髪に櫛を入れながら、この方が侯爵夫人らしいのは見た目だけかもしれないとライリーは思い直した。
シーフォード家では女性一人での外出は好まれない。主であるフェイトからも直々に気をつけるように言われている。
ここにはこのような独特のしきたりがとても多い。
伯爵家にはない慣習はもちろん、一般的な上流貴族の常識だけを身に着けても間に合わないのだ。
ライリーが見聞きしただけでもすでにグレースはいくつかの失敗をしていた。
夕食時、まだ主人であるフェイトが食事中にも関わらず、彼女は食事を終えてしまっていた。女主人として料理人への謝辞もなかったという。
メイド長からしきたりに関しては教えられているはずだが、表面的には淑女然としていても、所詮は伯爵家の娘。
このままではいつか耐えられなくなって、逃げ出すのも時間の問題かもしれない。
現当主も何人目かの婚約者候補を経て、最終的に残ったのがフェイト様の母だという。
婚約後もまるで試練のようにこの屋敷で過ごさせるのは、シーフォードにふさわしい令嬢を見極めるための手段だった。
この方はお美しいけど、それだけ――。
今も、時間を惜しんで熱心にシーフォードの歴史書を読んでいるが、そういった知識だけではごまかせない。
これなら、自分が以前仕えていたシーフォードの遠縁の娘の方がよっぽどここのしきたりにも馴染んでいるしふさわしい。
そんなことを考えながら、ライリーはグレースの人形のような横顔を見つめた。
メイドのライリーは真っ白なリネンのエプロンの前で手を組み、新しい主人の答えを待った。
「そうね……」
美しい主人はわずかに視線を揺らし、「フェイト様の瞳の色に合わせてブルーのドレスにするわ」と決めた。
「かしこまりました」
恭しく頭を下げながら、平凡な選択だなと白けた感想を持った。
昨日は自らの瞳の色に合わせた深いグリーン。この屋敷に滞在することになってから、主人の趣味でいくつかドレスを作ったが、生地の素材は贅沢にこだわるぐらいで、オーソドックスな装飾品も含め、昔の貴婦人みたいで、彼女の若々しさが台無しだった。
馬場のマチルダは、グレース様は少女のように初々しく愛らしい。けれど経験不足が否めず侯爵の妻としてはどうかと評していた。
いざ会ってみれば、どちらかというとお堅い侯爵の妻の肖像がそのまま絵の中から出てきたみたい。
そつはないし問題を起こしそうにも見えないが、家柄が素晴らしいわけでもなく、傑出した才能があるわけでもない。
あのフェイト・シーフォード騎士団長が、他の候補を差し置いてなぜグレース様だったの、とメイドたちの間で様々なうわさや憶測が飛び交っている。
「スノウホワイトは元気かしら……」
ライリーにドレスを着付けられながら、ふとグレースが呟いた。いぶかしげにグレースを仰ぎ見たライリーに、「馬に乗ってはだめよね」とグレースがおかしなことを聞いてくる。
「馬にお乗りになりたければ、フェイト様にお願いされればよろしいかと」
「いえ、午後の時間が空いたでしょう……」
「おひとりで行かれるということでしょうか? シーフォードの婚約者であるグレース様がおひとりで出かけるのはあまり……フェイト様が嫌がられるかと」
「そうよね……おかしなことを言ったわ」
ほんのわずか、憂うような表情を見せたグレースは、それをごまかすように苦笑した。
髪に櫛を入れながら、この方が侯爵夫人らしいのは見た目だけかもしれないとライリーは思い直した。
シーフォード家では女性一人での外出は好まれない。主であるフェイトからも直々に気をつけるように言われている。
ここにはこのような独特のしきたりがとても多い。
伯爵家にはない慣習はもちろん、一般的な上流貴族の常識だけを身に着けても間に合わないのだ。
ライリーが見聞きしただけでもすでにグレースはいくつかの失敗をしていた。
夕食時、まだ主人であるフェイトが食事中にも関わらず、彼女は食事を終えてしまっていた。女主人として料理人への謝辞もなかったという。
メイド長からしきたりに関しては教えられているはずだが、表面的には淑女然としていても、所詮は伯爵家の娘。
このままではいつか耐えられなくなって、逃げ出すのも時間の問題かもしれない。
現当主も何人目かの婚約者候補を経て、最終的に残ったのがフェイト様の母だという。
婚約後もまるで試練のようにこの屋敷で過ごさせるのは、シーフォードにふさわしい令嬢を見極めるための手段だった。
この方はお美しいけど、それだけ――。
今も、時間を惜しんで熱心にシーフォードの歴史書を読んでいるが、そういった知識だけではごまかせない。
これなら、自分が以前仕えていたシーフォードの遠縁の娘の方がよっぽどここのしきたりにも馴染んでいるしふさわしい。
そんなことを考えながら、ライリーはグレースの人形のような横顔を見つめた。
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