婚約破棄寸前なので開き直ったら溺愛されました

迷井花

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13.婚約します!

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 フェイトとの婚約に、一番喜んだのはディオルグだった。

 ディオルグは赤い顔をして、何杯目かのワインを一気に飲み干した。

「いやぁ、サマーリー家を選ぶとはさすがは騎士団長だ。見る目がある」
「お父様、サマーリーではなくグレースが選ばれたのよ」
「もちろんだ。でもそれはサマーリーを選んだのと同じことだ」

 父とエレノアの会話を、グレースは夢をみているようなふわふわした心地で耳に入れた。

 彼が私を選んでくれた――。
 
 その戸惑いはじわじわと喜びに変化していた。

「それにしてもお前、どんな上手いことやったんだ? 結構な数の令嬢が候補にいたらしいぞ。巷では中でもロザリア・モンフォール一択という話だったが」

 ギルバートが、グレースを眺め首を捻る。
 
 上手いこと――?
 
 甘い砂糖で包んだ思い出を思い返してみて、グレースは今更ながら怖いもの知らずだった自分に震え上がった。
 
 むしろ下手なことばかりしていたかもしれない。
 
 チキンを食べ過ぎて服のボタンを飛ばしたことを知ったら、ここにいる全員が卒倒してしまうだろう。
 
「何を言ってるんだ。グレースだって黙っておしとやかにしていれば、容姿なら誰にも負けないぞ。グレースはちゃんと私の言いつけを守って、令嬢らしく振舞ったということだ。いや、ちゃんとした伯爵令嬢に生まれ変わったのだ」 
「あら、あなた。今までのグレースはちゃんとした伯爵令嬢ではなかったということですか?」
 
 父と母のやり取りはさらに耳に痛く、グレースは食卓にそっと目を伏せた。

 子供の頃から「お嬢様らしくしなさい」と何度も言われて、従わずに自由に生きてきたのが今のグレースだ。
 
 社交界デビューのときには、緊張のあまり言葉が詰まってしまい、周囲から笑われてしまった。その失敗以来、グレースはますます貴族社会から遠ざかる生活を好んできた。
 
 令嬢らしく振舞う――これはシーフォードの家に入る前までに、グレースが乗り越えなくてはいけない課題であることは自覚していた。

 だから最近は、シーフォードの歴史を学ぶ傍ら、茶会にせっせと足を運び、情報収集していた。

「みなさん、もう少し冷静になった方がいいですよ」

 祝いムードに冷や水を浴びせかけたのは、アランだった。先日しばらく滞在して帰ったばかりだというのに、また遊びにきていた。

「フェイト・シーフォードの噂はいいものばかりとはいえませんからね。それにシーフォードのしきたりは極寒の山の自然より厳しいとも」
「アラン、心配するのはわかるけど、グレースを不安にさせるのはやめて」

 エレノアが眉をひそめたが、アランは取り合わない。

「家族のように思ってるからこそ、耳に痛い話も入れてるんです。グレース、舞踏会で失敗して泣いていた君の姿が僕は忘れられないんだよ。
 名門の長い歴史に阻まれ、夫には冷たくあしらわれ、君が傷ついて帰ってくる姿なんて僕は見たくない」
 
「あの頃とは違うわ。私だって努力をしてるもの」

 フェイトに対するとげとげしい態度を思い出しながら、グレースはアランを見つめた。
 
 アランのたれ気味のまなざしは、まるでもう一人の兄のようにいつも優しいのに、フェイトのこととなると急にそこに険がこもるみたいだ。
 
 アランは手に持っていたナイフとフォークを置き、肩で息をついた。
 
「グレース、僕は君の敵じゃない。心配しているだけだよ。これはサマーリー家にとっては良い縁談だ。うまくいくことを祈ってる。ただ、これだけは言わせておくれ。君をしあわせにしてくれるのは、本当にその高望みする相手なんだろうか」
「まあまあ、アラン。どこの誰と結婚しようが相手に合わせるのは同じことさ。グレースだっていつまでも子供じゃない。ちゃんと考えているさ」

 見かねたギルバートの取りなしで、ようやくアランは口を閉ざしたが、グレースはどこか心の奥の不安を針でつつかれたような気分だった。

 私はアランがいうようにはならないわ。

「近々、シーフォードに行くことになるのよね? 婚約期間中から家に迎え入れるなんてまるで王族みたいね」
 
 エレノアが明るい声で話題を変えた。
 途端、グレースは目を輝かせた。

「ええ、カサドラ湖にある屋敷ですって。フェイト様と丘の上から眺めたけど、綺麗な街だったわ」
「そこで色々と学びなさい」
 
 母の言葉にグレースは大きくうなずく。
 
 もうすぐ彼に会える。

 フェイトと見たあの美しい光景を思い出せば、アランに撒かれた不安も忘れ、胸が躍るのだった。
 
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