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8.史上最悪のデート⑥

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「気に入った本はあったか?」
 
 振り向くと、戻ってきたフェイトの腕には服屋の箱がふたつも抱えられていた。

「フェイト様それは……」

 グレースは持っていた本を戻し、戸惑うように瞳を揺らした。

「君に合いそうな色を選んだから、身につけてほしい。それより具合はどうだい?」
「それはもう、すっかり元気ですわ」

 フェイトはグレースの顔色が良くなったことを確認すると、セバスチャンに指示を送った。

「セバス、誰か彼女の手伝いを」
「準備してございます」

 セバスチャンがそう言うといつのまにか現れたふくよかな女性がフェイトから箱を受け取る。

 何がなんだかわからないうちに、彼女と2人きりにさせられていた。

「あのう、」
「私は馬の調教師のダニエルの妻です。どうぞマチルダとお呼びを。侍女の経験がありますからご安心ください」

 グレースよりも少し年上で、人の好さそうな丸い顔には安心感を抱いた。

 マチルダは慣れた手つきで包装を解くと、中からモーブ色のシルクの洒落たサッシュを取り出した。それをグレースの服のボタンが取れてしまったところが上手く隠れるように飾りつけ、一歩後ろに下がった。

「よくお似合いです」
「わぁ!」

 気後れしていたグレースだったが、身に着けるなり一目で気に入ってしまった。
 壁の中央の姿見の前でくるりと回り、色々な角度から確認する。どこから見ても、今日のシフォンドレスを飾る為に誂えたみたいだ。

「こちらは帽子用ですね」

 もうひとつの小さい箱にも同じ色のリボンがあり、それはグレースの帽子にぴったりだった。

 しばらく鏡の自分に見惚れたあと、困ったようにマチルダを振り返た。

「こんなに頂いてしまっていいのかしら……」
「そんな風に戸惑うご令嬢は初めて見ましたよ。デート相手からのプレゼントなんですから、堂々と受け取られたらいいのでは」
「そう、よね……」

 思わず本心が口をついて出たようなマチルダの呆れ声に、グレースは複雑な表情を浮かべうなずいた。

 あの恥ずかしい原因がなければまだよかったけど……。

 だが、あの原因がなかったらなかったで、もっと気が引けたに違いない。いずれにせよ男性が女性にプレゼントを贈るのは珍しいことではないのだから、伯爵令嬢としてフェイトの顔を立てる為にも堂々と受け取るべきだ。

 令嬢らしく振る舞うって難しい。
 
 グレースが自由奔放にいられたのは、今までそれを周りが見逃してくれていたからに過ぎないのかもしれない。

 ふと沈みかけたグレースだったが、腰に巻かれたモーブのサッシュはやはり素敵で、少しだけ心を浮上させた。
 
「ゆっくりしている時間はなかったわね。マチルダ、フェイト様を呼んでくださる?」
 
「かしこまりました」


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