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7.史上最強のデート⑤
しおりを挟む「気分が良くなるハーブティーです。お飲みになられますか?」
「ええ。ありがとう」
こじんまりしたサロンの小テーブルに小花柄のカップがそっと置かれた。ティーポットから温かい湯気とともに薄い紅色が注がれ、グレースは立ちのぼる優しいハーブの香りに、ホッと息を吐いた。
セバスチャンはグレースの世話を焼くと気配を消し、扉のそばの壁に控える。
ティーカップをテーブルに戻し、ゆったりと椅子の背凭れにもたれかけ、室内にぐるりと視線を巡らせた。
乗馬の前後の控えに利用されているであろうサロンは、白いしっくいの天井は高くないが大きなガラス窓は解放感があり、夜が迫りつつあるこの時間帯には、揺らめくキャンドルの炎と青緑の壁紙が落ち着いた雰囲気を作り出していた。
そこに飾られた古い馬具や馬の絵画をしばらく眺め、グレースはふと、こんな場所で自分は何をしているのだろう、という気分にさせられた。
見慣れない豪華な空間に少し戸惑いながらも、よく見ると装飾品の数々は長く大切に扱われてきたであろう温かみが感じられる。
不思議と居心地がよかった。
あら。あれは本棚……?
隅に置かれた重厚なオークの本棚に気を取られた。古い書物も多そうで、そこにはどんなタイトルがあるのだろうと興味深く見つめた。
「よろしければ何冊かお持ちしましょうか?」
「いえ、結構ですわ」
グレースは慌てて視線を目の前のティーカップに戻した。
先ほどの恥ずかしい事件を忘れてはいない。見たことのない装丁の本には惹かれたが、これ以上余計なことはせず、じっとしていようと思った。
そして本を読む代わりに、セバスチャンの方へ顔を向けた。
「あのう、フェイト様はどちらへ行かれたのかしら」
「ご安心ください。すぐに戻られますよ」
すぐ……フェイトもそう言っていたし、その言葉の通りなのだろう。けれど行先の見当もつかないので、待つ時間はずいぶんと長く感じられる。続けてグレースは質問を畳みかけようとした。
「セバスチャンさんは」
「セバス、もしくはセバスチャンとお呼びください」
あまりに年上なので敬称をつけると、すかさずセバスチャンは訂正した。そこには少しもグレースへの非難や押し付けがましさはなく、そう呼ばれることを心から望んでいるのだと伝わってきた。
「じゃあ……セバスと呼ぶわね。セバスはいつもフェイト様のお供を?」
「いいえ、普段はもっと年若い執事に任せております。本日は婚約者候補であるグレース様とお会いする為、私がお供させていただきました」
そういうことだったのか、とグレースは納得しながらうなずいた。
セバスチャンを見ていれば、彼がシーフォード家の 家司の中でも重鎮であることはすぐにわかった。そんな彼が今日のようななんでもない外出にわざわざ付いているのが不思議だったのだ。
「シーフォード家では婚約者候補の方々に、このように特別な対応をさせていただいております。フェイト様はご自身の目で選ばれるまで、候補者の方々とのご面会をなさるのです」
「そうなの……」
淡々と語られた事実にグレースはわずかに瞳を開いた。案外手間のかかることをしている、というのが正直な感想だった。
上流の貴族同士では、家のつながりや条件がより重視され、顔も知らない相手と結婚することもあると聞いていた。
わざわざ候補者のひとりひとりと会うのは、忙しいフェイトにとってどれほど手間のかかることだろう。
「長い歴史と伝統を誇る家系です。その歴史を継ぐお相手には、ふさわしい素養が求められます」
セバスチャンの言葉は、まるで長い歴史書を読み終えた後のようにグレースの心に重く響いた。
その歴史を継ぐに足るフェイトと一日過ごしたせいもあるかもしれない。
グレースはふと気になっていたことを口にした。
「どうして縁の遠い私が候補者入りしたのかしら」
「シーフォードが定めた資格がある方はどなたでも候補者に選ばれます。候補が多いに越したことはありませんから、我々家司が手を尽くしてお探しするわけです」
「それは……簡単なことではないでしょうね」
「お気遣いありがとうございます。ですが、これは私たちにとって非常に名誉ある仕事です。シーフォード家の未来を担う方を選ぶのですから」
「未来を担う方……それって、どんな方がふさわしいのかしら」
グレースには想像もつかなかった。
「フェイト様がお選びになる方が、まさにふさわしい方ということになります」
セバスチャンはグレースをじっと見つめ、恭しく頭を下げた。
おしゃべり終了の合図だろう。
「やっぱり本を見せていただこうかしら」
気を取り直し、グレースはついに好奇心に負け、重厚な本棚の前に立った。
フェイトが戻ってきたのは、グレースが革張りの装丁の騎士物語を手に取った瞬間だった。
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