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4.史上最悪のデート②
しおりを挟むフェイトが案内してくれたレストランは、石灰質の石でできた荘厳な佇まいで、カジュアルなレストランを好むサマーリー家の人間には敷居が高い。
馬車の中で秘密を共有する仲間のように笑い合えたのは、もしかしたら夢だったのかもしれない。
フェイトの為に待ち受けていた老獪そうなオーナーは、若いフェイトが時折見せる鋭い眼光に縮み上がってはさらに腰を低くした。
そのやりとりを見ているうちに、自分はあの冷徹なフェイト・シーフォードの婚約者候補として品定めされにきたんだという現実に急に引き戻された。
「ここはチキンのハーブ焼きが絶品なんだ」
けれど、親しげに耳打ちされ、戸惑う手をさりげなく彼の腕に誘導されれば、グレースはまだ夢の続きを見ることを許された気にさせられた。
それに、絶品だというチキンのハーブ焼きには、抗いがたい魅力があった。
エレノアとメイドの二人がかりで締め付けられたウエストにはもう何も入らないと思っていたのに、店から漂う香ばしい香りが、グレースの気後れする気持ちを吹き飛ばした。
天井の高いホールには清潔な白いクロスのテーブルが並べられ、華やかなドレスを身にまとった貴婦人たちと、燕尾服を着た紳士たちが食事を楽しんでいる。
静かなピアノの生演奏が、優雅なひとときに花を添えていた。
そこにフェイトが姿を現すと、そこにいる誰もがちらちらとフェイトに視線を向けた。同時に、その横にいるグレースにも興味が向けられる。中にははっきりと面白くなさそうな視線を隠さない婦人もいて、グレースは緊張で頬を強張らせながら、悠然と視線をかき分けていくフェイトにエスコートされた。
そんな居心地の悪さも、フェイトの機知に富んだ会話やおいしい料理に舌鼓を打つうち、次第に薄れていった。
「このハーブ、珍しい香り……蜜のように甘くてスパイシーで……でもそれがたまらなく食欲をそそるわ」
フェイトのいう通り、チキンは今までに出会ったことのない絶品で、なんとか家でも再現できないものかと、グレースは五感を集中させて味わった。
その中でも、この独特の甘くスパイシーな香りには馴染みがなかった。
独り言のようにこぼしたグレースの感想に、フェイトが眉間のシワを緩ませてうなずく。
「変わった香りだがくせになる。ドラゴンヘッドという名だそうだ。大きく開いた花の見た目がドラゴンの口のようだとか」
「まあ、面白い名前ですわ。でもどこかで……」
ナイフとフォークの手を止め、グレースは考え込むように斜め上に視線を向けた。そしてすぐにひらめき、嬉しそうに手を合わせた。
「そうだわ。私ったらどうしてすぐに思いつかなかったのかしら。古代の博物誌で見かけたんです。ドラゴンヘッドという珍しい植物が珍重されていたと。古代では勇気を与えるハーブとして使われていたんですって。まさかこんなところで出会えるなんて。こんな香りだったのね」
本で得た知識が不意に現実世界と結びつく瞬間が、グレースにはたまらない。父からは、シーフォード卿に生意気だと思われないよう本の話はするなと止められていたのも忘れ、思わず饒舌になってしまう。
フェイトは興味深そうに耳を傾け、切り取ったチキンの大きな塊を口の中に入れた。
気持ちの良いほど豪快な食べっぷりに、グレースはおしゃべりも忘れ、見惚れてしまった。
「勇気を与えるハーブなら、騎士の私はたくさん食べないとな」
本気とも冗談ともつかないフェイトの表情に、グレースはころころと笑った。
そしてふと真顔に戻ると、言おうか言うまいか逡巡し、結局口を開いた。
「シーフォード卿の数々の武勇伝は聞いておりますわ。このようなハーブはあなたには必要ないのでは?」
「フェイトでいい。堅苦しいのは嫌いだから」と言い置いてから、フェイトはグレースの瞳を覗いたあと、どこか遠くへその視線を向けた。眉間のシワは今日一番深く刻まれている。
「武勇伝か……後からどうとでも飾れるからな。その場はいつも必死に足掻くだけだ」
吐き捨てるような言い方は、武勇伝を誇っているようには見えなかった。口を開きかけたグレースが何か言う前に、はっとしたようにグレースに視線を戻したフェイトは、「いや、こんなことを騎士団長が言ってはしまらないな。忘れてくれ」といった。
「しまらないなんて、まさか。恐怖に打ち勝って国を守ってくださっているなんて、もっと尊敬しましたわ」
口を滑らせてから、フェイトの虚を突かれたような表情を見て、さすがにずけずけと言い過ぎたと焦った。
グレースは取り繕うように言葉をつないだ。
「ハーブには魔除けの役割もあったそうです。それに心を静める作用や体の調子を回復させる作用、解毒作用があるものも多くて、騎士様の食事には向いていると思いますわ」
「なるほど、それはいいな。乾燥させて持ち運びやすいのもいい」
フェイトが話に乗ってくれたことにホッとしながらも、グレースは彼の一挙手一投足が気になってしまい、いつも通りの自分でいられないことに戸惑っていた。
食後の甘いチョコレートケーキまですっかり堪能してしまうと、さすがにウエストの絞めつけが気になり始めた。
グレースはできる限り背筋を伸ばしてそれをごまかした。
さいわい、そんなグレースの失態は気づかれず、フェイトがこのあとの予定について話し始める。
「この後はオペラにでも誘うおうかと思っていた。だが、君は乗馬が好きだとも聞いている。この近くにシーフォードの馬があるんだが、どうだろう?」
「乗馬……今日みたいな気持ちのいい日に馬に乗ったら、最高でしょうね」
ウエストの苦しさも忘れ、グレースはフェイトの提案に目を輝かせた。
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