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しおりを挟む「えっ、私が!?」
その話がグレース・サマーリー伯爵令嬢の元へ舞い込んだのは、半年ほど前のこと。
あのフェイト・シーフォード卿の婚約者候補に選ばれたのだという。
シーフォード侯爵家といったら、かつては王を輩出した家筋であり、未だその勢力は衰えることを知らない名門中の名門。
平凡貴族のサマーリー伯爵家にとっては雲の上のような存在だ。
とはいえフェイト・シーフォードほどの人物の噂なら、グレースでもいくつも知っている。
騎士団長を務めており、数々の武勇伝を持ち、18という若さで王から褒賞を与えられたこともあるとか。令嬢たちの間では、たびたびその美しい容姿が話題にのぼる。
一方で、ひと睨みで百戦錬磨の騎士すら縮み上がらせるほど冷徹で厳しい人物だとも聞く。
そんな完璧な人物が、なぜ自分を選んだのか。
グレースはテーブルの上に置かれた書面の仰々しい金印に視線を送った。
「エレノア姉さんにきたんじゃない?」
「グレース、あいつは既婚者だ」
兄のギルバートがため息をつきながら返す。
「光栄だが……うちにそんな資格があったのか?」
父のディオルグの言葉に全員で顔を見合わせ、首を捻った。
「それにつきましては、ディオルグ様の3代前、ジョージ様の義姉の弟の妻の母親が王家の血を引いているようです」
使者がそらんじた縁は、もはやつながっているとかどうかすら怪しかった。
けれどディオルグは「確かに……」ともっともらしく頷いている。そんな血縁があれば、父が今まで自慢しないはずがない。立派な使者を前に思わず知ったかぶりをしてしまったのだろう。
父さんたら、また見栄を張って……。
くすっと笑いそうになったグレースは、兄にこっそりこづかれ、慌てて背筋を伸ばした。
だが、サマーリー家に届いたこの奇妙な縁談はあまりに可笑しくて、グレースは真面目な顔をしながら、この笑い話を誰に伝えたら一番笑うか密かに考えていた。おそらくそれは姉のエレノアに違いなかった。
使者の話をよくよく聞けば、数多くいる婚約者候補の1人というだけで、グレースに決まったというわけではないらしい。
それを聞いたグレースを始めサマーリー家の人間は、ホッとしたように肩の力を抜いた。残念そうなのはディオルグだけ。
ティーカップの柄をつまみながら、グレースは軽く眉をひそめた。
それにしても婚約者ではなく、候補だなんて、ずいぶん上から目線だわ――まるで若い令嬢たちを花の見本市のように並べて、品定めするみたい。
貴族令嬢の端くれとしては、こんな光栄な話には喜んで飛びつくべきだろう。
だが、グレースはそれよりも読みかけの本の続きが読みたくて仕方なかった。
万が一婚約者になんて選ばれたら、本に没頭したり自由に馬に乗ったりする時間がなくなってしまう。
親不孝な娘でごめんなさい。と父に対してほんの少し申し訳なさを感じつつ、グレースは手元の古めかしい文字を物珍しげに眺めた。
こんな風に、他人事でいたグレースはもちろんのこと、淡い夢を描いた父ですらこの縁談を忘れかけた頃。
格式ばった格好の使者が、再びサマーリー家の門を叩いた。
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