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11.自白する男
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ゴォという実験室の大きな換気扇の音に負けないように大きな声で、白衣のままの坂浦に湖南は不思議そうに尋ねた。
「防具はつけないんですね」
「今日扱うのは純氷だからね」
坂浦は答えながら、クーラーボックスの前で慣れた手つきでゴム手袋を装着した。
そして逆に湖南に質問を返してくる。
「眞木さんは防具をつけてた?防具をつけるのは劇薬を扱う時なんだけど。花壇の土を調べるだけなのに、どうしてだろうね」
坂浦は無言の湖南を眺め、
「コナンちゃんのさ、夢に貪欲なところいいと思うよ」
突然、話題を変えてきた。
「何のことです?」
「一太の死を踏み台にして夢をかなえるっていう、あの話」
屋上では一太の死を悼んでいるように見えたのに、今の坂浦の目には何の感情も浮かんでいなかった。
「私は一太さんを踏み台になんて……」
「俺は責めてるわけじゃないよ。むしろ共感してるんだ。だってそうだろ、歴史だって、大きな転換期には必ず犠牲が伴ってきた。コナンちゃんは出世して素晴らしい記事を世に送り出せるんだ。一太を利用したって何も悪くないよ」
私はちがう……けれど、Lui編集長から一太の記事の依頼を受けた時、一瞬でも心が揺らいだのは確かだ。湖南は強く否定できず、唇を嚙み締めた。
そんな湖南の反応に坂浦は満足そうにうなずく。
「俺の研究だって同じなんだよ。革新的な視点こそ目を向けられるべきで、微細な数字の問題じゃない」
「だからデータ改ざんをしたんですね……」
「あれはデータ改ざんとは言わないよ」
坂浦は鼻で笑った。
「発表する為の体裁を整えただけなんだ。あとで正しい結果が出ることは確認すれば何も問題ないだろ? 途中経過にこだわっていたらいつまでもゴールにたどり着かない。君ならわかってくれるだろ?」
ゴールにたどり着かないのは、それは道が間違っているからだ。
湖南は今度こそきっぱり首を振った。
「私には理解できません。それがデータ改ざんでしょう?」
「君まで一太と同じことを言うのかぁ。残念だな」
坂浦は肩を落とし、暗い瞳で湖南を見つめた。
この人がどこで道を間違えたのかわからないが、その間違えた道を進む以外の選択肢を失ってしまったんだろう。
「せめて、自首しませんか」
湖南がそう言うと、坂浦は「コナンちゃんが付き添ってくれるなら考えてもいいかな」と軽口を叩くように返してきた。
「あぁ、そういえば眞木さん、分析した土置きっぱなしだったよね。そこに置いておいたんだ。
コナンちゃん、渡しておいてくれない?」
坂浦が思い出したように、湖南の後ろに目を向けた。
そこ、と言われた実験テーブルにはポリエチレンの袋に入った土が置かれている。
ふと湖南は考え込んだ。
この土はもしかしたら証拠になるのでは?
これが花壇の土だということを証明しなくてはならないが、警察を動かすきっかけにはなるかもしれない。
坂浦が自首するにしても、証拠はあった方がいいはず――
考え込む背後から、坂浦の声が響いた。
「コナンちゃんとは仲良くしたかったんだけどな――本当に、残念だよ」
「え……?」
振り向くと、坂浦が大きな氷の塊を振りかざす瞬間だった。
「湖南!」
同時にバンッと重厚な扉が開き、必死の形相の眞木が駆け込んできた。
坂浦との間に割って入り、湖南の上に覆いかぶさってくる。
眞木と共に倒れこんだ瞬間、真横で、ゴンッ!と大きな塊が床にぶつかる音がした。
一体、なんなの……!?
止まったかと思った心臓がドクドクと大きく鼓動を鳴らし始める。
「成功したようだな」
落着きを取り戻した眞木の声が間近で響いた。
ひんやりした冷気を放つ氷塊から目を移し、
眞木に体を起こされ、その肩越しに坂浦を見た。
なぜか坂浦は窓の外を呆然と見つめていた。
「一太お前……、本当に俺を告発しにきたのか?」
窓から、血みどろの一太がニヤリと笑ってこっちを覗いていた。
「防具はつけないんですね」
「今日扱うのは純氷だからね」
坂浦は答えながら、クーラーボックスの前で慣れた手つきでゴム手袋を装着した。
そして逆に湖南に質問を返してくる。
「眞木さんは防具をつけてた?防具をつけるのは劇薬を扱う時なんだけど。花壇の土を調べるだけなのに、どうしてだろうね」
坂浦は無言の湖南を眺め、
「コナンちゃんのさ、夢に貪欲なところいいと思うよ」
突然、話題を変えてきた。
「何のことです?」
「一太の死を踏み台にして夢をかなえるっていう、あの話」
屋上では一太の死を悼んでいるように見えたのに、今の坂浦の目には何の感情も浮かんでいなかった。
「私は一太さんを踏み台になんて……」
「俺は責めてるわけじゃないよ。むしろ共感してるんだ。だってそうだろ、歴史だって、大きな転換期には必ず犠牲が伴ってきた。コナンちゃんは出世して素晴らしい記事を世に送り出せるんだ。一太を利用したって何も悪くないよ」
私はちがう……けれど、Lui編集長から一太の記事の依頼を受けた時、一瞬でも心が揺らいだのは確かだ。湖南は強く否定できず、唇を嚙み締めた。
そんな湖南の反応に坂浦は満足そうにうなずく。
「俺の研究だって同じなんだよ。革新的な視点こそ目を向けられるべきで、微細な数字の問題じゃない」
「だからデータ改ざんをしたんですね……」
「あれはデータ改ざんとは言わないよ」
坂浦は鼻で笑った。
「発表する為の体裁を整えただけなんだ。あとで正しい結果が出ることは確認すれば何も問題ないだろ? 途中経過にこだわっていたらいつまでもゴールにたどり着かない。君ならわかってくれるだろ?」
ゴールにたどり着かないのは、それは道が間違っているからだ。
湖南は今度こそきっぱり首を振った。
「私には理解できません。それがデータ改ざんでしょう?」
「君まで一太と同じことを言うのかぁ。残念だな」
坂浦は肩を落とし、暗い瞳で湖南を見つめた。
この人がどこで道を間違えたのかわからないが、その間違えた道を進む以外の選択肢を失ってしまったんだろう。
「せめて、自首しませんか」
湖南がそう言うと、坂浦は「コナンちゃんが付き添ってくれるなら考えてもいいかな」と軽口を叩くように返してきた。
「あぁ、そういえば眞木さん、分析した土置きっぱなしだったよね。そこに置いておいたんだ。
コナンちゃん、渡しておいてくれない?」
坂浦が思い出したように、湖南の後ろに目を向けた。
そこ、と言われた実験テーブルにはポリエチレンの袋に入った土が置かれている。
ふと湖南は考え込んだ。
この土はもしかしたら証拠になるのでは?
これが花壇の土だということを証明しなくてはならないが、警察を動かすきっかけにはなるかもしれない。
坂浦が自首するにしても、証拠はあった方がいいはず――
考え込む背後から、坂浦の声が響いた。
「コナンちゃんとは仲良くしたかったんだけどな――本当に、残念だよ」
「え……?」
振り向くと、坂浦が大きな氷の塊を振りかざす瞬間だった。
「湖南!」
同時にバンッと重厚な扉が開き、必死の形相の眞木が駆け込んできた。
坂浦との間に割って入り、湖南の上に覆いかぶさってくる。
眞木と共に倒れこんだ瞬間、真横で、ゴンッ!と大きな塊が床にぶつかる音がした。
一体、なんなの……!?
止まったかと思った心臓がドクドクと大きく鼓動を鳴らし始める。
「成功したようだな」
落着きを取り戻した眞木の声が間近で響いた。
ひんやりした冷気を放つ氷塊から目を移し、
眞木に体を起こされ、その肩越しに坂浦を見た。
なぜか坂浦は窓の外を呆然と見つめていた。
「一太お前……、本当に俺を告発しにきたのか?」
窓から、血みどろの一太がニヤリと笑ってこっちを覗いていた。
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