迷探偵湖南ちゃん

迷井花

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10.追い詰める女

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 研究室のソファに身を沈め、眞木は壁にかかった時計を見た。
 湖南が坂浦の研究室に向かってから、まだ5分と経っていない。

 足を組み替え、一太が身を投げる時に通るという窓に目を向ける。
 もちろん、そこには一太の姿など見えない。
 
 幽霊が視える薬――あれを自分自身で飲めばもっと早く解決できたかもしれないが、おそらくそもそも自分には幽霊が視えないだろう。
 自身に使うにはもっと改良が必要で、今の段階では湖南のようなシンプルな脳の構造の人間によく効くものだ。

 追い詰められた坂浦になら効果はあると思うが、飲み始めてどれぐらいで効くのかはさすがに眞木にも読めなかった。
 
 目の前に積み重ねられた論文の山。これが一太の人生のすべてだと思うと、それにしては随分少なく感じる。
 だが、余計なことをそぎ落とし芯を見極めることに長けた一太らしいとも言えた。

 一太に特別な思いがあるわけではない。ただ数ある研究者の中では面白い人物だった。
 死んだと聞けば惜しいとは思うが、誰にでも死は等しく訪れるものだ。
 
 ただ、データ改ざんなどという、くだらない理由で死んだというのがどうにも腑に落ちなかった。
 疑いの目で見れば、坂浦が真犯人だろうというのは明らかだった。
 データを変え、実験結果を修正してきたのと同じように、データ改ざんに気づいた一太を消し、人生を修正したつもりでいるのだろう。

 おそらく一太の幽霊がなければ、眞木にも坂浦の犯罪を見破ることはできなかっただろう。
 一太自身は恨み云々というよりも、己の死因の齟齬を追求しただけだろうが、それは皮肉にも坂浦を追い詰める結果になった。

 眞木は不思議とその最期の研究を仕上げてやりたい気になっていた。

「30分経ったか」

 眞木の予想通りなら、そろそろ坂浦が薬を口にする頃だ。
 ふたたび窓の外に目を向け、眞木はゆっくりと立ち上がった。



 坂浦の研究室へ足を運び、ドアノブに手をかける。
 ガチャガチャと何度回そうとしても動かない硬い感触に、眞木の顔に珍しく焦りの色が浮かんだ。
 
 どこへ行った――?

 タイムリミットは30分と伝えたはずだ。

 だが、伝えた相手の単純さを眞木は読み切れていなかったのかもしれない。
 イノシシは引くことを知らないのだ。

「バカなのか?相手は殺人犯だぞ」 
 
 舌打ちするように吐き捨て、眞木は廊下を走り出した。




 
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