迷探偵湖南ちゃん

迷井花

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10.追い詰める女

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「それで話って?」
「実は一太さんの幽霊の記事を書くことになりまして。Luiって雑誌はご存知ですか?」
「Lui……? 聞いたことはあるような」
「女性向けのファッション誌なので男性にはあまり縁がないかもしれません」 
「ふーん、でもコナンちゃんはオカルト誌の編集じゃなかった?」
「そこなんです! 実は私Luiに憧れてこの出版社に入ったんですけど、配属されたのはオカルト誌で……」

 身の上を話してる場合じゃないと焦る気持ちを隠しながら、湖南は事の経緯を説明した。
 『嘘をつく時は、真実9割、嘘1割にしろ』というのが眞木のアドバイスだった。

「そうか、それでコナンちゃん、おしゃれなんだね。一太も自分がファッション誌の取材を受けるなんて知ったら、あいつ調子に乗るだろうな」
「編集長にもすごく期待されてます。それで肝心のデータ改ざんについていまいち不明な点があるので、坂浦さんに確認していただきたいんです」
 
 核心に近づき、湖南はしっとりし始めた手のひらを握りしめた。
 
 湖南に差し出された資料を見ても、坂浦は表情を変えない。
 そこにある内容は、眞木がこの3か月の間に眞木が揃えた一太のデータ改ざんの証拠。
 つまり、坂浦が改ざんした状況証拠でもある。

「この資料は初めて見たな。どこで手に入れたの?」

 表情には笑みを湛えているが、その声はぞくりとするほど平坦だった。

「それが……Lui編集部に送り付けられてきたそうなんですが、差出人が旗一太さんだったというんです」
「一太が……?」 
「ええ、おかしいですよね。呪われた花壇や幽霊の目撃情報も添えられてました。このすべての論文に坂浦さんが関わってらっしゃるようなので、何かご存知かと思いまして」 
 
 真実と嘘を交えて話していると、湖南自身もどこまでが嘘でどこまでが真実なのかわからなくなってくる。それでいい、と眞木がニヤリとする顔を思い浮かべ、湖南はなんとか平静を保った。

「だれかのいたずらだな」

 坂浦はテーブルの上にパラパラと資料を落とした。

「学生の間では、幽霊の一太さんがご自分の死について捜査されているという噂が広まっているそうです」
「捜査……? あいつは自分でデータ改ざんを認めて自殺したんだろ。警察もそう結論づけている」
「ですが、学生たちも嘘をついている様子はなさそうでなんですよね。本当に一太さんの幽霊が捜査しているんでしょうか。だとしたら、改ざんをした人物が別にいるということでしょうか」
「何が言いたいわけ」
 
 湖南はぎくりとして口をつぐんだ。
 しまった。踏み込みすぎた。
 眞木には追い込み過ぎないよう言われている。あくまで幽霊の一太の存在をアピールするだけでいいと。

 あまりに坂浦がしらばっくれるので、ついムキになってしまった。
 
「気分を害されたらすみません。ただこういうのは読者ウケがいいんです。私、この記事で認められてどうしてもLui編集者になりたいから」

 すらすら出てきた言い訳は、こうして口に出してみると改めてしっくりこなかった。
 死んでしまった一太の思いを勝手に代弁するのは、やっぱり間違っている。
 今の湖南にできることがあるとすれば、事実を突き詰めることだけ。

 自信を取り戻し、坂浦の絡みつくような視線と対峙した。

「へえ。コナンちゃんも結構大変なんだね。俺も研究で成果を出さなきゃいけないからその気持ちわかるよ」
 
 湖南の言い訳は坂浦には大いに刺さったようだった。
 坂浦は湖南に同調しながらも貧乏ゆすりが増え、テーブルにあったボールペンを意味もなく指でくるくると回している。

 眞木の脚本によればこのような行動は坂浦がストレスを感じている証拠だ。
 明らかに一太の幽霊の話を嫌がっている。
 
 あとは幽霊が見える薬を飲んでくれれば――。

「紅茶、冷めちゃいますよ。その紅茶、Lui編集部から特別にもらってきたんですけど、予約しないと手に入らないんですって」
 
 これも本当だった。
 眞木に手土産を買う時間がなかったので、編集長の机の上からもらってきたのだ。

「さすが出版社だな。そんな貴重な紅茶ならいただくよ」

 そういって坂浦はの前に置かれたティーカップを手に取り、口をつけた。
 思わず瞳を大きくさせた湖南に「疑ってるみたいでごめんね」と坂浦が悪びれもせずいう。
 「ああ、確かに香りがいいや」紅茶を味わうように目を閉じた。
 
 そしてゆっくり瞼を持ち上げると、白目の淀んだ瞳で見上げるように湖南をねめつけた。

「コナンちゃん、眞木助教授と仲良いでしょ。あの人、変人だけど天才だから。念のため警戒させてね」
「警戒って……何か警戒するようなことでもあるんですか?」
「いや、ないよ。でもあの人なら白も黒にしてしまえる気がするんだよね」
「確かに……そういうとこありますよね」
 
 話を合わせてみたが、坂浦はすっかり警戒しているようで、それ以上紅茶に手を伸ばすことはなかった。
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