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6.推理する男
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しおりを挟む「これは?」
「坂浦の前の大学時代の論文のすべてと、それから一太の研究論文だ」
それらの分厚い束のあちこちに付箋が貼り付いている。
「もしかしてこれを全部調べたんですか」
「3か月もかかったが、改ざんが疑われる箇所に付箋が貼ってある」
3か月……ということは、一太の死の直後から始めているということだ。
湖南は濃いめに出した緑茶を口に含み、眞木を上目で見た。
「先生は最初からずっと一太さんの死を……坂浦さんを疑っていたんですね。どうしてここまで――」
「一太の死は理論的に説明がつかない。気持ちが悪いだろう?」
まるで研究論文の粗でも正すような言い草だ。
論文の束は、目測でも明らかに坂浦の方に付箋が多い。
だが数は少ないが一太の方にも貼られている付箋に、湖南は落胆の色を浮かべながら、訪ねた。
「何か解決の糸口になるようなことは……」
「改ざんの手口がどれもそっくりだ。発覚しにくいように加減して改ざんを繰り返している。これを見てくれ」
リストの束にはログインIDと日付、ファイル名等が羅列されており、そのうち特定のファイルのいくつかに赤く印がつけられていた。
だが湖南にはその意味がわからない。
「坂浦と一太に関わる論文の編集履歴の一覧だ。不正な修正が繰り返されたファイルと、その日付と編集者のIDに印がついている。IDは複数人で共有されているから、人物までは特定できないが、そのすべての論文に関わってるのは坂浦だけだった」
「だとしたら、これを警察に提出すれば……」
「状況証拠でしかないんだ。何もかも決め手に欠ける」
なんともつかみどころのない幽霊のような事件だ。
コマはきれいに並べられているのに、殺害の動機も証拠も決定的なものが何もない。
そしてアリバイは完璧。
何か一つでも確信が掴めれば、あとはドミノのようにすべてを崩せそうなのに――。
黙りこくってしまった眞木をもどかしい思いで見つめた。
初めてここで向かい合った時の、あの傍若無人な男は一体どこへ行ってしまったのか。
窓の外を一太がまた落ちていった。
たまらず湖南は立ち上がった。
「あーもう! こんな弱気なの眞木先生らしくないです! 決め手なんてどうでもいいじゃないですか。なんの為の幽霊が見える薬ですか? こっちには直接一太さんに訊けるっていう最強のカードがあるんですよ!」
「ほう。で、一太はなんて言ってる」
「あぅ……」
立ち上がった時の勢いはどこへやら湖南はすとん、とその場に腰を落とした。
そう。肝心の一太は話さないのだ。
窓の外でにやりと笑う一太を恨めしそうに眼を合わせた。
「そりゃ一太さんは何も言いませんよ……笑って自殺して、上を向いて、首を傾げて……眞木先生のいう通り、まさに自殺の研究って感じに」
眞木の手の中でパキッと音がして、モナカの皮が割れた。
「わ、ちょっと、モナカもったいな」
「今、なんと?」
「え? だから一太さんはしゃべらないんですってば。すみません、ちょっとカッコつけようと思って言い過ぎました! 一太さんはいつも通り笑いながら自殺して、上を見上げて首を傾げるだけなんですよ。傾げた拍子に中身が零れるんじゃないかって、いつもひやひやしてて」
「そこまでは聞いてないが。でもそうか、自殺の研究か……」
しばらく考え込んだ眞木は、不意に立ち上がり扉の前に向かった。
「行くぞ、湖南!」
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