16 / 35
5.謎、深まる
4
しおりを挟む「コナンさん!」
振り向くと先ほどの佐藤という学生だ。さっきと比べてなんだか顔色が冴えない。
「どうしたの?」
「あのー……誰にも言わないでもらえますか」
「内容にもよるけど、困ってることがあればできるだけ力になるわ」
「困ってるというか、坂浦さんのことなんだけど……ここじゃちょっと」
「――そこの部屋で聞きましょうか」
湖南は声を潜め、彼を近くの空いている講義室に誘導した。扉を閉めると、佐藤は立ちすくんだまま口を開いた。
「坂浦さんの研究について、ちょっとした噂があるんですけど、もう聞いてますか?」
「いいえ。そこまでは」
「あくまで噂なんですけど、データの改ざんしてるんじゃないかって一部の学生で噂になったことがあって」
「噂?」
「はい。人を貶めるような噂はよくあるんで、俺は信じてませんでした。でもさっき旗さんが怖い顔で研究室から出てきたって話したじゃないですか。俺、旗さんが論文に行き詰って自殺したって聞いてたから、あの時もまさに研究に苛立ってあんな顔して出てきたんだろうって思ってたんです。けどさっきコナンさんに訊かれて、思い出したんです。あの時旗さんは坂浦さんの研究室から出てきたよなって。そしたら急にあの噂が気になり出して。だって自分の研究のこと、他人の研究室にいてあそこまで深刻な顔になりますか? コナンさん、どう思います?」
佐藤が縋るような目で湖南を見てくる。
「どうって……私は研究者じゃないしその場を見てないからなんともいえないけど――でも坂浦さんの研究室を借りて一太さん自身の研究もしていた可能性とか」
「それはないです。坂浦さんが熱力学、旗さんが統計物理学。協力しあえる分野ではあるけど、それぞれの論文を同じ研究室やることはないです」
坂浦の過去の論文に関する疑惑。
坂浦の研究室からいつもと違う様子で出てきた直後に自殺した一太。
一太の自殺の理由は、研究の行き詰まりとデータ改ざん。
黙り込んだ湖南に佐藤は不安そうに瞳を揺らす。
「まさか坂浦さんが旗さんの自殺に関係してるってことはないですよね?」
彼はこれを否定してもらいたくて湖南を追ってきたのだろう。「まさか」と湖南は即座に首を振った。
一見、関連しているようにも思えるが、論文のデータ改ざんを苦に自殺したのは一太の意思だ。
万が一坂浦が何か知っているとしても、一太の死亡時刻に坂浦は論文の意見交換会に参加しているのだから、一太の死に関わることは不可能だ。
そう指摘すると佐藤は少しほっとした表情を浮かべた。
「その会合なら俺も手伝いで参加してました。あの時アリバイをしつこく確認されて」
「そうみたいね」
その話になった時は眞木も坂浦も辟易した表情を浮かべていた。
「でも全員のアリバイは無事に証明されたんでしょう?」
「はい。店の防犯カメラとか店員さんが証明してくれたりして。あの時はやましいことなんてないのにはっきりするまで生きた心地がしなかった……」
どうやら佐藤は大きな図体にも寄らず小心者らしい。
「だけど俺、警察に嘘の証言したことになるんでしょうか。まるで籏さん自身の研究室から出てきたみたいな言い方しちゃったし、坂浦さんの噂のことも言わなかったし」
「あなたが潔白なら何も怯えることはないわ。よかったらこの話、私が引き取りましょうか」
そう申し出た途端に佐藤の顔が明るくなる。
「なんか悪いですね――でも雑誌の記者さんなら警察にも慣れてますよね」
慣れてるどころか、これから初めて行くのだけど。
けどまあ、何かあれば編集長に責任を取ってもらおう。こんなことになっているのもそもそも編集長が変なメールを押し付けてきたからだし。
ちらと佐藤の横を見ると、彼を気遣うように立っている当の一太もそれがいいと頷いているように見える。
湖南が「任せてください」と軽く拳を握って見せたその時、背後の扉が静かに開かれた。
「さ、坂浦さん――!」
「ごめん取り込み中だったかな?」
坂浦が申し訳なさそうに扉の前で立ち尽くしている。青ざめた佐藤の巨体を庇うように湖南は一歩前へ出た。
「幽霊のこと?」
「せ、せっかくなので学内を色々と案内してもらってたんです。記事を書くのに雰囲気も重要なので」
「そっか。学内なら俺も案内するよ。コナンちゃん可愛いし、いつでも言って」
「ありがとうございます」
「次の講義でここ使いたいんだけどいい?」
坂浦は抱えているクーラーボックスを重そうに抱え直した。
「そうでしたか、すみません。もう充分見せてもらったんで、私達はこれで」
佐藤の背中をぐいぐい押し扉の方へ進むと、すれ違いざま「そうだ、コナンちゃん」と呼び止められた。
「な、なんでしょう?」
「旗くんのことも、俺に聞いてくれていいよ」
「……ぜひ」
そそくさと部屋を出て振り返ると坂浦はまだこちらを見ている。佐藤と共に妙にへらへらした笑みを残して、扉を閉めた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
10日間の<死に戻り>
矢作九月
ミステリー
火事で死んだ中年男・田中が地獄で出逢ったのは、死神見習いの少女だった―…田中と少女は、それぞれの思惑を胸に、火事の10日前への〈死に戻り〉に挑む。人生に絶望し、未練を持たない男が、また「生きよう」と思えるまでの、10日間の物語。

月夜のさや
蓮恭
ミステリー
いじめられっ子で喘息持ちの妹の療養の為、父の実家がある田舎へと引っ越した主人公「天野桐人(あまのきりと)」。
夏休み前に引っ越してきた桐人は、ある夜父親と喧嘩をして家出をする。向かう先は近くにある祖母の家。
近道をしようと林の中を通った際に転んでしまった桐人を助けてくれたのは、髪の長い綺麗な顔をした女の子だった。
夏休み中、何度もその女の子に会う為に夜になると林を見張る桐人は、一度だけ女の子と話す機会が持てたのだった。話してみればお互いが孤独な子どもなのだと分かり、親近感を持った桐人は女の子に名前を尋ねた。
彼女の名前は「さや」。
夏休み明けに早速転校生として村の学校で紹介された桐人。さやをクラスで見つけて話しかけるが、桐人に対してまるで初対面のように接する。
さやには『さや』と『紗陽』二つの人格があるのだと気づく桐人。日によって性格も、桐人に対する態度も全く変わるのだった。
その後に起こる事件と、村のおかしな神事……。
さやと紗陽、二人の秘密とは……?
※ こちらは【イヤミス】ジャンルの要素があります。どんでん返し好きな方へ。
「小説家になろう」にも掲載中。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。


ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる