迷探偵湖南ちゃん

迷井花

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5.謎、深まる

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「コナンさん!」

 振り向くと先ほどの佐藤という学生だ。さっきと比べてなんだか顔色が冴えない。
 
「どうしたの?」
「あのー……誰にも言わないでもらえますか」
「内容にもよるけど、困ってることがあればできるだけ力になるわ」
「困ってるというか、坂浦さんのことなんだけど……ここじゃちょっと」
「――そこの部屋で聞きましょうか」
 
 湖南は声を潜め、彼を近くの空いている講義室に誘導した。扉を閉めると、佐藤は立ちすくんだまま口を開いた。

「坂浦さんの研究について、ちょっとした噂があるんですけど、もう聞いてますか?」
「いいえ。そこまでは」
「あくまで噂なんですけど、データの改ざんしてるんじゃないかって一部の学生で噂になったことがあって」
「噂?」
「はい。人を貶めるような噂はよくあるんで、俺は信じてませんでした。でもさっき旗さんが怖い顔で研究室から出てきたって話したじゃないですか。俺、旗さんが論文に行き詰って自殺したって聞いてたから、あの時もまさに研究に苛立ってあんな顔して出てきたんだろうって思ってたんです。けどさっきコナンさんに訊かれて、思い出したんです。あの時旗さんは坂浦さんの研究室から出てきたよなって。そしたら急にあの噂が気になり出して。だって自分の研究のこと、他人の研究室にいてあそこまで深刻な顔になりますか? コナンさん、どう思います?」
 
 佐藤が縋るような目で湖南を見てくる。

「どうって……私は研究者じゃないしその場を見てないからなんともいえないけど――でも坂浦さんの研究室を借りて一太さん自身の研究もしていた可能性とか」
「それはないです。坂浦さんが熱力学、旗さんが統計物理学。協力しあえる分野ではあるけど、それぞれの論文を同じ研究室やることはないです」
 
 坂浦の過去の論文に関する疑惑。
 坂浦の研究室からいつもと違う様子で出てきた直後に自殺した一太。
 一太の自殺の理由は、研究の行き詰まりとデータ改ざん。

 黙り込んだ湖南に佐藤は不安そうに瞳を揺らす。

「まさか坂浦さんが旗さんの自殺に関係してるってことはないですよね?」

 彼はこれを否定してもらいたくて湖南を追ってきたのだろう。「まさか」と湖南は即座に首を振った。
 
 一見、関連しているようにも思えるが、論文のデータ改ざんを苦に自殺したのは一太の意思だ。
 
 万が一坂浦が何か知っているとしても、一太の死亡時刻に坂浦は論文の意見交換会に参加しているのだから、一太の死に関わることは不可能だ。

 そう指摘すると佐藤は少しほっとした表情を浮かべた。

「その会合なら俺も手伝いで参加してました。あの時アリバイをしつこく確認されて」
「そうみたいね」

 その話になった時は眞木も坂浦も辟易した表情を浮かべていた。
 
「でも全員のアリバイは無事に証明されたんでしょう?」
「はい。店の防犯カメラとか店員さんが証明してくれたりして。あの時はやましいことなんてないのにはっきりするまで生きた心地がしなかった……」
 
 どうやら佐藤は大きな図体にも寄らず小心者らしい。
 
「だけど俺、警察に嘘の証言したことになるんでしょうか。まるで籏さん自身の研究室から出てきたみたいな言い方しちゃったし、坂浦さんの噂のことも言わなかったし」
「あなたが潔白なら何も怯えることはないわ。よかったらこの話、私が引き取りましょうか」

 そう申し出た途端に佐藤の顔が明るくなる。

「なんか悪いですね――でも雑誌の記者さんなら警察にも慣れてますよね」
 
 慣れてるどころか、これから初めて行くのだけど。
 けどまあ、何かあれば編集長に責任を取ってもらおう。こんなことになっているのもそもそも編集長が変なメールを押し付けてきたからだし。
 
 ちらと佐藤の横を見ると、彼を気遣うように立っている当の一太もそれがいいと頷いているように見える。
 
 湖南が「任せてください」と軽く拳を握って見せたその時、背後の扉が静かに開かれた。

「さ、坂浦さん――!」
「ごめん取り込み中だったかな?」
 
 坂浦が申し訳なさそうに扉の前で立ち尽くしている。青ざめた佐藤の巨体を庇うように湖南は一歩前へ出た。

「幽霊のこと?」
「せ、せっかくなので学内を色々と案内してもらってたんです。記事を書くのに雰囲気も重要なので」
「そっか。学内なら俺も案内するよ。コナンちゃん可愛いし、いつでも言って」
「ありがとうございます」
「次の講義でここ使いたいんだけどいい?」

 坂浦は抱えているクーラーボックスを重そうに抱え直した。
 
「そうでしたか、すみません。もう充分見せてもらったんで、私達はこれで」

 佐藤の背中をぐいぐい押し扉の方へ進むと、すれ違いざま「そうだ、コナンちゃん」と呼び止められた。

「な、なんでしょう?」
「旗くんのことも、俺に聞いてくれていいよ」
「……ぜひ」

 そそくさと部屋を出て振り返ると坂浦はまだこちらを見ている。佐藤と共に妙にへらへらした笑みを残して、扉を閉めた。 
 

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