迷探偵湖南ちゃん

迷井花

文字の大きさ
上 下
15 / 35
5.謎、深まる

3

しおりを挟む
「本当に一太さんの幽霊なんでしょうか?」

 学生課で眞木の紹介だと告げると話は通してくれていたようで、新館のカフェテリアで何人かの学生と会うことができた。

 湖南の質問に、学生たちは戸惑いながら顔を見合わせた。そして口々にいう。
 
「一太さんの亡くなり方がアレだし……ね」
「そうそう。幽霊を見かけるようになったのも亡くなってからだし」
「私は呪いの花壇が決め手かな」
「ちょうど一太さんが発見された場所と合ってるもんな」

 湖南は取材メモを取る手を止め、「呪いの花壇とは?」と顔を上げた。
 頭に思い浮かべたのは、さっき手を合わせるか迷った、寂しそうな花壇。
 
「一太さんが発見された北棟の花壇なんですけど、あれ以来花が咲かなくなったんです」
「それで、呪いだと?」
 
 一太と花に何の関係が?
 だが、こういうくだらないこじつけこそ、呪いの噂話の起因だったりする。鼻白みながらメモを取り、取材を続ける。
 
「幽霊を最初に目撃したのはいつ頃ですか?」
「うーん、旗さんが亡くなってしばらくしてからかな」
「具体的な日付は覚えてますか?」

 困ったように視線を交差する学生達。一か月経ってしまえば記憶も曖昧になってしまうのだろう。
 しばらく待っているとそのうちの一人が、あっと声を上げた。吉田というかつて一太の研究を手伝ったこともある学生だ。

「葬式の日! あの日だよ、俺が最初に見たのは。俺、喪服のままこっちに戻ってきたんだ。それで研究棟に向かって歩いていたら屋上のとこに人影が見えて、あの校旗が見える辺り。だからまだ警察来てるのかって思って、歩きながら眺めてたら突然その人が屋上から落ちて」

 どの話にも共通しているのは、一太が自殺する姿を目撃しているということだ。

「一太さんとはお知り合いだったんですよね。どんな方だったんでしょうか」
「気さくで、カラッと明るいから誰とでも仲良くできる人ってイメージだな」

 吉田が続けて答える。この中で一番関係が深かったようだ。周りの学生達もこれには同意なのか頷いている。

「研究が思うように進まなくて悩んでいたそうですが」
「ああ、確かに止まってたみたいだけど」
「行き詰ってたんでしょうか」
「それ警察にも聞かれたけど、俺は分かんないんすよ。元々愚痴とか溢さない人だし……」
「むしろ僕らが相談に乗ってもらうことのが多かったよな。研究が行き詰まったら、とりあえず寝ろ!とか」
「寝ろ、ですか?」

 寝る暇も惜しんで研究を続けるなんて話は聞いたこともあるが。
 寝たら研究は続けられないのでは……いぶかしげに眉をひそめた湖南だが、学生たちは当たり前のことのように頷き合っている。
 
「気に入らないデータとにらめっこしたってデータは変わっちゃくれない。その分寝て体力でも回復した方が合理的。そうしたらいくらでも研究が続けられるってやつ」
「そうそれ。行き詰っても行き詰っても諦めない、研究ゾンビみたいな人だったよな」
「でも俺、すごい険しい顔してる旗さん見たんだ」

 核心に迫るようなことを口にしたのは、佐藤という学生だった。
 一太とは専攻が異なるので、互いの知り合いを通して顔は知っているという程度の仲だという。

「それはいつ?」
「自殺の少し前――ああ、研究棟のみんなで花見した日だ」

 坂浦に見せてもらったスナップ写真を思い出した。吉田の言う通りカラッとした顔で笑う一太が写っていたあの写真を撮影した日だ。
 そのあとに何があったというのだろう。

「どういう理由でそんな顔になったのかな」
「俺もそこまでは……。研究室から何か紙を握りしめて怖い顔で出てきたのを見ただけなので。その時はちょっと意外だったけど、直後に自殺しちゃったから、ああそういうことだったのかって」

 確かに研究に行き詰っている人間ならあり得そうな行動だ。

「一太さんは坂浦さんの研究の手伝いもしていたんですよね」
「……そうっすね」

 奇妙な間があった。手帳から顔を上げると学生同士気まずそうに顔を見合わせている。

「お互いの研究を手伝うのはよくあることなんでしょうか」
「それはもちろん、ありますよ。あの二人はつきあいも長いし」
「うん……長い」
 
 次第に学生達の口が重くなっていく。
 どうやらこれ以上、有用な話は出てこなそうだと判断し、湖南は手帳を閉じた。
 何か含みがありそうな気がしたが、集団に聞き出せるのはここまでだろう。訊き出すなら一人の時を狙った方がいい。
 
 最後に一つだけ気になっていたことを訪ねた。
 
「ちなみに今何か視えますか」

 戸惑うように首を振って否定されたが、あ、これは視えてるなと確信した。さっきから学生たちの視線が湖南の左肩の辺りを何度も不自然に行ったりきたりしていたが、そこにいつのまにかやってきた一太がいるのだ。

「例えばこの辺りとか」

 適当な振りをして左肩を指で差すと、一斉にぎくりとする。今の湖南は強制的に視える状態になっているが、ここにいる学生達の脳は日ごろから視える状態らしい。

「そうですか、視えませんか。なんか肩の辺りが重い気がしてたんですけど。肩こりかな」

 肩をぐるぐる回しながら、戸惑い顔の学生たちの反応を見れただけで十分な収穫だ。

 と、不審な顔で湖南は学生たちの動きを見つめた。

 学生達の視線が今度は右に左に動いている。ふと背後を見ると一太だ。一太が湖南の体の両脇からぴょこぴょこと顔を出しているのだ。
 思わずやめなさいっと小声で背後を注意した。

「コナンさん、何か言いましたか?」
「あ、あはは。なんでもないです。じゃあ、私はこの辺で。どうもありがとう」

 湖南は一太を睨みつけると足早にカフェテリアを後にした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

RoomNunmber「000」

誠奈
ミステリー
ある日突然届いた一通のメール。 そこには、報酬を与える代わりに、ある人物を誘拐するよう書かれていて…… 丁度金に困っていた翔真は、訝しみつつも依頼を受け入れ、幼馴染の智樹を誘い、実行に移す……が、そこである事件に巻き込まれてしまう。 二人は密室となった部屋から出ることは出来るのだろうか? ※この作品は、以前別サイトにて公開していた物を、作者名及び、登場人物の名称等加筆修正を加えた上で公開しております。 ※BL要素かなり薄いですが、匂わせ程度にはありますのでご注意を。

ヴァニッシュ~錯綜の迷宮~

麻井祐人
ミステリー
ある架空の国家の出来事。 アダムタイラーがあるビルの部屋の中から出られないで困っていた。 部屋には鍵が掛かっていて出られない。 窓の外には車や多くの人が行き交っていたが、 アダムタイラーには気付かない。 窓を割ることもできない。アダムタイラーに何が起こっているのか。 一方、小型爆弾Vanish「ヴァニッシュ」を使って、 大統領暗殺をもくろむテロ集団「Blast」ブラスト FBI捜査官ジェイク・ハリスはテロリスト集団に味方を装って 潜入捜査しVanish「ヴァニッシュ」のある場所を特定していたが・・・・。 二つの話は交差し意外な展開を引き起こす。 おもな登場人物 アダムタイラー 小売店の店員 仮面の男    なぞの男 ジェイク・ハリス FBI捜査官 トム・ミラー   FBI捜査官 ケビン・スミス  FBI捜査官 参謀役 ゾラクス・ダークウッド テロリスト集団「Blast」ブラストのリーダー ルカ・モレッティ マフィアのボス ジョンソン大統領 ノヴァリア合衆国の大統領 

時の呪縛

葉羽
ミステリー
山間の孤立した村にある古びた時計塔。かつてこの村は繁栄していたが、失踪事件が連続して発生したことで、村人たちは恐れを抱き、時計塔は放置されたままとなった。17歳の天才高校生・神藤葉羽は、友人に誘われてこの村を訪れることになる。そこで彼は、幼馴染の望月彩由美と共に、村の秘密に迫ることになる。 葉羽と彩由美は、失踪事件に関する不気味な噂を耳にし、時計塔に隠された真実を解明しようとする。しかし、時計塔の内部には、過去の記憶を呼び起こす仕掛けが待ち受けていた。彼らは、時間が歪み、過去の失踪者たちの幻影に直面する中で、次第に自らの心の奥底に潜む恐怖と向き合わせることになる。 果たして、彼らは村の呪いを解き明かし、失踪事件の真相に辿り着けるのか?そして、彼らの友情と恋心は試される。緊迫感あふれる謎解きと心理的恐怖が交錯する本格推理小説。

蠱惑Ⅱ

壺の蓋政五郎
ミステリー
人は歩いていると邪悪な壁に入ってしまう時がある。その壁は透明なカーテンで仕切られている。勢いのある時は壁を弾き迷うことはない。しかし弱っている時、また嘘を吐いた時、憎しみを表に出した時、その壁に迷い込む。蠱惑の続編で不思議な短編集です。

ダブルネーム

しまおか
ミステリー
有名人となった藤子の弟が謎の死を遂げ、真相を探る内に事態が急変する! 四十五歳でうつ病により会社を退職した藤子は、五十歳で純文学の新人賞を獲得し白井真琴の筆名で芥山賞まで受賞し、人生が一気に変わる。容姿や珍しい経歴もあり、世間から注目を浴びテレビ出演した際、渡部亮と名乗る男の死についてコメント。それが後に別名義を使っていた弟の雄太と知らされ、騒動に巻き込まれる。さらに本人名義の土地建物を含めた多額の遺産は全て藤子にとの遺書も発見され、いくつもの謎を残して死んだ彼の過去を探り始めた。相続を巡り兄夫婦との確執が産まれる中、かつて雄太の同僚だったと名乗る同性愛者の女性が現れ、警察は事故と処理したが殺されたのではと言い出す。さらに刑事を紹介され裏で捜査すると告げられる。そうして真相を解明しようと動き出した藤子を待っていたのは、予想をはるかに超える事態だった。登場人物のそれぞれにおける人生や、藤子自身の過去を振り返りながら謎を解き明かす、どんでん返しありのミステリー&サスペンス&ヒューマンドラマ。

瞳に潜む村

山口テトラ
ミステリー
人口千五百人以下の三角村。 過去に様々な事故、事件が起きた村にはやはり何かしらの祟りという名の呪いは存在するのかも知れない。 この村で起きた奇妙な事件を記憶喪失の青年、桜は遭遇して自分の記憶と対峙するのだった。

意識転移鏡像 ~ 歪む時間、崩壊する自我 ~

葉羽
ミステリー
「時間」を操り、人間の「意識」を弄ぶ、前代未聞の猟奇事件が発生。古びた洋館を改造した私設研究所で、昏睡状態の患者たちが次々と不審死を遂げる。死因は病死や事故死とされたが、その裏には恐るべき実験が隠されていた。被害者たちは、鏡像体と呼ばれる自身の複製へと意識を転移させられ、時間逆行による老化と若返りを繰り返していたのだ。歪む時間軸、変質する記憶、そして崩壊していく自我。天才高校生・神藤葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に、この難解な謎に挑む。しかし、彼らの前に立ちはだかるのは、想像を絶する恐怖と真実への迷宮だった。果たして葉羽は、禁断の実験の真相を暴き、被害者たちの魂を救うことができるのか?そして、事件の背後に潜む驚愕のどんでん返しとは?究極の本格推理ミステリーが今、幕を開ける。

うつし世はゆめ

ねむていぞう
ミステリー
「うつし世はゆめ、よるの夢こそまこと」これは江戸川乱歩が好んで使っていた有名な言葉です。その背景には「この世の現実は、私には単なる幻としか感じられない……」というエドガ-・アラン・ポ-の言葉があります。言うまでもなく、この二人は幻想的な小説を世に残した偉人です。現実の中に潜む幻とはいったいどんなものなのか、そんな世界を想像しながら幾つかの掌編を試みてみました。

処理中です...