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5.謎、深まる
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「本当に一太さんの幽霊なんでしょうか?」
学生課で眞木の紹介だと告げると話は通してくれていたようで、新館のカフェテリアで何人かの学生と会うことができた。
湖南の質問に、学生たちは戸惑いながら顔を見合わせた。そして口々にいう。
「一太さんの亡くなり方がアレだし……ね」
「そうそう。幽霊を見かけるようになったのも亡くなってからだし」
「私は呪いの花壇が決め手かな」
「ちょうど一太さんが発見された場所と合ってるもんな」
湖南は取材メモを取る手を止め、「呪いの花壇とは?」と顔を上げた。
頭に思い浮かべたのは、さっき手を合わせるか迷った、寂しそうな花壇。
「一太さんが発見された北棟の花壇なんですけど、あれ以来花が咲かなくなったんです」
「それで、呪いだと?」
一太と花に何の関係が?
だが、こういうくだらないこじつけこそ、呪いの噂話の起因だったりする。鼻白みながらメモを取り、取材を続ける。
「幽霊を最初に目撃したのはいつ頃ですか?」
「うーん、旗さんが亡くなってしばらくしてからかな」
「具体的な日付は覚えてますか?」
困ったように視線を交差する学生達。一か月経ってしまえば記憶も曖昧になってしまうのだろう。
しばらく待っているとそのうちの一人が、あっと声を上げた。吉田というかつて一太の研究を手伝ったこともある学生だ。
「葬式の日! あの日だよ、俺が最初に見たのは。俺、喪服のままこっちに戻ってきたんだ。それで研究棟に向かって歩いていたら屋上のとこに人影が見えて、あの校旗が見える辺り。だからまだ警察来てるのかって思って、歩きながら眺めてたら突然その人が屋上から落ちて」
どの話にも共通しているのは、一太が自殺する姿を目撃しているということだ。
「一太さんとはお知り合いだったんですよね。どんな方だったんでしょうか」
「気さくで、カラッと明るいから誰とでも仲良くできる人ってイメージだな」
吉田が続けて答える。この中で一番関係が深かったようだ。周りの学生達もこれには同意なのか頷いている。
「研究が思うように進まなくて悩んでいたそうですが」
「ああ、確かに止まってたみたいだけど」
「行き詰ってたんでしょうか」
「それ警察にも聞かれたけど、俺は分かんないんすよ。元々愚痴とか溢さない人だし……」
「むしろ僕らが相談に乗ってもらうことのが多かったよな。研究が行き詰まったら、とりあえず寝ろ!とか」
「寝ろ、ですか?」
寝る暇も惜しんで研究を続けるなんて話は聞いたこともあるが。
寝たら研究は続けられないのでは……いぶかしげに眉をひそめた湖南だが、学生たちは当たり前のことのように頷き合っている。
「気に入らないデータとにらめっこしたってデータは変わっちゃくれない。その分寝て体力でも回復した方が合理的。そうしたらいくらでも研究が続けられるってやつ」
「そうそれ。行き詰っても行き詰っても諦めない、研究ゾンビみたいな人だったよな」
「でも俺、すごい険しい顔してる旗さん見たんだ」
核心に迫るようなことを口にしたのは、佐藤という学生だった。
一太とは専攻が異なるので、互いの知り合いを通して顔は知っているという程度の仲だという。
「それはいつ?」
「自殺の少し前――ああ、研究棟のみんなで花見した日だ」
坂浦に見せてもらったスナップ写真を思い出した。吉田の言う通りカラッとした顔で笑う一太が写っていたあの写真を撮影した日だ。
そのあとに何があったというのだろう。
「どういう理由でそんな顔になったのかな」
「俺もそこまでは……。研究室から何か紙を握りしめて怖い顔で出てきたのを見ただけなので。その時はちょっと意外だったけど、直後に自殺しちゃったから、ああそういうことだったのかって」
確かに研究に行き詰っている人間ならあり得そうな行動だ。
「一太さんは坂浦さんの研究の手伝いもしていたんですよね」
「……そうっすね」
奇妙な間があった。手帳から顔を上げると学生同士気まずそうに顔を見合わせている。
「お互いの研究を手伝うのはよくあることなんでしょうか」
「それはもちろん、ありますよ。あの二人はつきあいも長いし」
「うん……長い」
次第に学生達の口が重くなっていく。
どうやらこれ以上、有用な話は出てこなそうだと判断し、湖南は手帳を閉じた。
何か含みがありそうな気がしたが、集団に聞き出せるのはここまでだろう。訊き出すなら一人の時を狙った方がいい。
最後に一つだけ気になっていたことを訪ねた。
「ちなみに今何か視えますか」
戸惑うように首を振って否定されたが、あ、これは視えてるなと確信した。さっきから学生たちの視線が湖南の左肩の辺りを何度も不自然に行ったりきたりしていたが、そこにいつのまにかやってきた一太がいるのだ。
「例えばこの辺りとか」
適当な振りをして左肩を指で差すと、一斉にぎくりとする。今の湖南は強制的に視える状態になっているが、ここにいる学生達の脳は日ごろから視える状態らしい。
「そうですか、視えませんか。なんか肩の辺りが重い気がしてたんですけど。肩こりかな」
肩をぐるぐる回しながら、戸惑い顔の学生たちの反応を見れただけで十分な収穫だ。
と、不審な顔で湖南は学生たちの動きを見つめた。
学生達の視線が今度は右に左に動いている。ふと背後を見ると一太だ。一太が湖南の体の両脇からぴょこぴょこと顔を出しているのだ。
思わずやめなさいっと小声で背後を注意した。
「コナンさん、何か言いましたか?」
「あ、あはは。なんでもないです。じゃあ、私はこの辺で。どうもありがとう」
湖南は一太を睨みつけると足早にカフェテリアを後にした。
学生課で眞木の紹介だと告げると話は通してくれていたようで、新館のカフェテリアで何人かの学生と会うことができた。
湖南の質問に、学生たちは戸惑いながら顔を見合わせた。そして口々にいう。
「一太さんの亡くなり方がアレだし……ね」
「そうそう。幽霊を見かけるようになったのも亡くなってからだし」
「私は呪いの花壇が決め手かな」
「ちょうど一太さんが発見された場所と合ってるもんな」
湖南は取材メモを取る手を止め、「呪いの花壇とは?」と顔を上げた。
頭に思い浮かべたのは、さっき手を合わせるか迷った、寂しそうな花壇。
「一太さんが発見された北棟の花壇なんですけど、あれ以来花が咲かなくなったんです」
「それで、呪いだと?」
一太と花に何の関係が?
だが、こういうくだらないこじつけこそ、呪いの噂話の起因だったりする。鼻白みながらメモを取り、取材を続ける。
「幽霊を最初に目撃したのはいつ頃ですか?」
「うーん、旗さんが亡くなってしばらくしてからかな」
「具体的な日付は覚えてますか?」
困ったように視線を交差する学生達。一か月経ってしまえば記憶も曖昧になってしまうのだろう。
しばらく待っているとそのうちの一人が、あっと声を上げた。吉田というかつて一太の研究を手伝ったこともある学生だ。
「葬式の日! あの日だよ、俺が最初に見たのは。俺、喪服のままこっちに戻ってきたんだ。それで研究棟に向かって歩いていたら屋上のとこに人影が見えて、あの校旗が見える辺り。だからまだ警察来てるのかって思って、歩きながら眺めてたら突然その人が屋上から落ちて」
どの話にも共通しているのは、一太が自殺する姿を目撃しているということだ。
「一太さんとはお知り合いだったんですよね。どんな方だったんでしょうか」
「気さくで、カラッと明るいから誰とでも仲良くできる人ってイメージだな」
吉田が続けて答える。この中で一番関係が深かったようだ。周りの学生達もこれには同意なのか頷いている。
「研究が思うように進まなくて悩んでいたそうですが」
「ああ、確かに止まってたみたいだけど」
「行き詰ってたんでしょうか」
「それ警察にも聞かれたけど、俺は分かんないんすよ。元々愚痴とか溢さない人だし……」
「むしろ僕らが相談に乗ってもらうことのが多かったよな。研究が行き詰まったら、とりあえず寝ろ!とか」
「寝ろ、ですか?」
寝る暇も惜しんで研究を続けるなんて話は聞いたこともあるが。
寝たら研究は続けられないのでは……いぶかしげに眉をひそめた湖南だが、学生たちは当たり前のことのように頷き合っている。
「気に入らないデータとにらめっこしたってデータは変わっちゃくれない。その分寝て体力でも回復した方が合理的。そうしたらいくらでも研究が続けられるってやつ」
「そうそれ。行き詰っても行き詰っても諦めない、研究ゾンビみたいな人だったよな」
「でも俺、すごい険しい顔してる旗さん見たんだ」
核心に迫るようなことを口にしたのは、佐藤という学生だった。
一太とは専攻が異なるので、互いの知り合いを通して顔は知っているという程度の仲だという。
「それはいつ?」
「自殺の少し前――ああ、研究棟のみんなで花見した日だ」
坂浦に見せてもらったスナップ写真を思い出した。吉田の言う通りカラッとした顔で笑う一太が写っていたあの写真を撮影した日だ。
そのあとに何があったというのだろう。
「どういう理由でそんな顔になったのかな」
「俺もそこまでは……。研究室から何か紙を握りしめて怖い顔で出てきたのを見ただけなので。その時はちょっと意外だったけど、直後に自殺しちゃったから、ああそういうことだったのかって」
確かに研究に行き詰っている人間ならあり得そうな行動だ。
「一太さんは坂浦さんの研究の手伝いもしていたんですよね」
「……そうっすね」
奇妙な間があった。手帳から顔を上げると学生同士気まずそうに顔を見合わせている。
「お互いの研究を手伝うのはよくあることなんでしょうか」
「それはもちろん、ありますよ。あの二人はつきあいも長いし」
「うん……長い」
次第に学生達の口が重くなっていく。
どうやらこれ以上、有用な話は出てこなそうだと判断し、湖南は手帳を閉じた。
何か含みがありそうな気がしたが、集団に聞き出せるのはここまでだろう。訊き出すなら一人の時を狙った方がいい。
最後に一つだけ気になっていたことを訪ねた。
「ちなみに今何か視えますか」
戸惑うように首を振って否定されたが、あ、これは視えてるなと確信した。さっきから学生たちの視線が湖南の左肩の辺りを何度も不自然に行ったりきたりしていたが、そこにいつのまにかやってきた一太がいるのだ。
「例えばこの辺りとか」
適当な振りをして左肩を指で差すと、一斉にぎくりとする。今の湖南は強制的に視える状態になっているが、ここにいる学生達の脳は日ごろから視える状態らしい。
「そうですか、視えませんか。なんか肩の辺りが重い気がしてたんですけど。肩こりかな」
肩をぐるぐる回しながら、戸惑い顔の学生たちの反応を見れただけで十分な収穫だ。
と、不審な顔で湖南は学生たちの動きを見つめた。
学生達の視線が今度は右に左に動いている。ふと背後を見ると一太だ。一太が湖南の体の両脇からぴょこぴょこと顔を出しているのだ。
思わずやめなさいっと小声で背後を注意した。
「コナンさん、何か言いましたか?」
「あ、あはは。なんでもないです。じゃあ、私はこの辺で。どうもありがとう」
湖南は一太を睨みつけると足早にカフェテリアを後にした。
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