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3.発見する男
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「ごめんね散らかってて」
坂浦が案内してくれたのは眞木と同じ3階の別の研究室で、確かに積み重なった資料で雑然としてはいる。そんな中でデスクの端の一部だけ綺麗に片付いていて、黄金色の盾が飾られていた。おそらく何か表彰されたものだろう。
「坂浦さんは何の研究をなさってるんですか?」
何の気なしに訪ねると、少し困ったような顔で坂浦は振り向いた。
「簡単にいうと……氷の融解についての研究なんだけど」
「ゆうかい……ああ、溶ける方の融解ですね」
坂浦の困った顔の理由がわかった。科学者の研究を一言で素人に説明しろと言われたって無理な話で、答えてもらったところで、こっちもそれを理解できる自信はない。
ふと眞木の軽蔑の眼差しを思い出し、ぞくっと肩を震わせた。
「す、すみません、変なこと聞いちゃって」
「いやぁ全然。興味を持ってもらえるのは科学者にとっては嬉しいことだし。それに俺の研究は比較的身近な話かもしれない。氷を溶かす研究をしてるんだ。
塩を混ぜたら氷が溶ける速度が速まるのは君も知ってるだろうけど、俺がやってることはその延長。いろいろなものと混ぜて氷がどのように溶けるかの研究してるんだよ。今結構注目されててさ」
「なるほどです」
と湖南が言う時は、取材相手の話がうまく理解できなかった時の常套句だ。塩を混ぜたら氷が早く溶けるなんて、まったく知らなかった。
とりあえず研究内容をメモしたが、これでは取材ノートではなくまるで理科の実験ノートだ。
「賞も受賞されてるんですね」
「ん? ああこれね。学部生の頃の論文でもらったものだけど、一応、当時の最年少記録」
デスクを漁っていた坂浦は湖南の目線の先にある盾に目をやると、その表情は少し誇らしげになった。
「研究に興味があるならいつでも時間作るよ。ああ、これに写ってる」
坂浦のデスクの引き出しから出されたのは、複数の白衣姿の研究員達が写った何気ないスナップ写真だった。一目見てあの人だとわかった。
後列の左端から二番目。
長身で黒々とした針金のような髪が印象的なはつらつとした男性。その隣には同じぐらい長身の眞木が視線を外して渋々のように写っている。
写真こそ無機物そのものなのに、そこに写る旗一太はちゃんと生きている人間だった。幽霊の時の姿と随分違うが、本人だと思えたのは笑った印象が同じだったから。
体格の割に爽やかに見えるのは、相手の微笑みを誘うような左頬のえくぼのせいだろう。
「彼だよ」
思った通りの人物を坂浦が指でトンと示した。坂浦自身は前列の真ん中あたり。今とは違う、屈託ない笑顔。
「構内で花見をしたんだけど、結局抱えてる研究が気になってさ。みんなしてここに戻ってきてしまった時の写真。これが最後になってしまったんだな」
メンバー全員が死とは無縁の若々しさに溢れている。まさかこの中の誰かが数日後に亡くなるなんて誰も思わなかっただろう。湖南のやるせなさに同調するように、
「笑ってるけど、この時にはもう旗は悩んでいたんだ」
ぽつりと坂浦がつぶやいた。
坂浦が案内してくれたのは眞木と同じ3階の別の研究室で、確かに積み重なった資料で雑然としてはいる。そんな中でデスクの端の一部だけ綺麗に片付いていて、黄金色の盾が飾られていた。おそらく何か表彰されたものだろう。
「坂浦さんは何の研究をなさってるんですか?」
何の気なしに訪ねると、少し困ったような顔で坂浦は振り向いた。
「簡単にいうと……氷の融解についての研究なんだけど」
「ゆうかい……ああ、溶ける方の融解ですね」
坂浦の困った顔の理由がわかった。科学者の研究を一言で素人に説明しろと言われたって無理な話で、答えてもらったところで、こっちもそれを理解できる自信はない。
ふと眞木の軽蔑の眼差しを思い出し、ぞくっと肩を震わせた。
「す、すみません、変なこと聞いちゃって」
「いやぁ全然。興味を持ってもらえるのは科学者にとっては嬉しいことだし。それに俺の研究は比較的身近な話かもしれない。氷を溶かす研究をしてるんだ。
塩を混ぜたら氷が溶ける速度が速まるのは君も知ってるだろうけど、俺がやってることはその延長。いろいろなものと混ぜて氷がどのように溶けるかの研究してるんだよ。今結構注目されててさ」
「なるほどです」
と湖南が言う時は、取材相手の話がうまく理解できなかった時の常套句だ。塩を混ぜたら氷が早く溶けるなんて、まったく知らなかった。
とりあえず研究内容をメモしたが、これでは取材ノートではなくまるで理科の実験ノートだ。
「賞も受賞されてるんですね」
「ん? ああこれね。学部生の頃の論文でもらったものだけど、一応、当時の最年少記録」
デスクを漁っていた坂浦は湖南の目線の先にある盾に目をやると、その表情は少し誇らしげになった。
「研究に興味があるならいつでも時間作るよ。ああ、これに写ってる」
坂浦のデスクの引き出しから出されたのは、複数の白衣姿の研究員達が写った何気ないスナップ写真だった。一目見てあの人だとわかった。
後列の左端から二番目。
長身で黒々とした針金のような髪が印象的なはつらつとした男性。その隣には同じぐらい長身の眞木が視線を外して渋々のように写っている。
写真こそ無機物そのものなのに、そこに写る旗一太はちゃんと生きている人間だった。幽霊の時の姿と随分違うが、本人だと思えたのは笑った印象が同じだったから。
体格の割に爽やかに見えるのは、相手の微笑みを誘うような左頬のえくぼのせいだろう。
「彼だよ」
思った通りの人物を坂浦が指でトンと示した。坂浦自身は前列の真ん中あたり。今とは違う、屈託ない笑顔。
「構内で花見をしたんだけど、結局抱えてる研究が気になってさ。みんなしてここに戻ってきてしまった時の写真。これが最後になってしまったんだな」
メンバー全員が死とは無縁の若々しさに溢れている。まさかこの中の誰かが数日後に亡くなるなんて誰も思わなかっただろう。湖南のやるせなさに同調するように、
「笑ってるけど、この時にはもう旗は悩んでいたんだ」
ぽつりと坂浦がつぶやいた。
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