迷探偵湖南ちゃん

迷井花

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2.眞木耀司という男

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 一体今度は何を言い出すかと待っていると、眞木は意味深な笑みを消し、その表情をくるりと変えた。
 
「いやキミは本当にタイミングがいいよ。ちょうど幽霊が見える薬を開発したところだ」
「えっホントですかっ!?」

 そういうトンデモ話は読者ウケがいい。
 これは有益な話が聞けるかもと湖南は手帳を握りしめ、身を乗り出した。

「ところでだ。幽霊を視る者と視ない者の差はなんだと思う?」
「何って、霊感の差でしょうか」
「あー霊感ね」

 鼻で笑われ、少々むっとする。

「霊感じゃないなら、何だっていうんですか」
「簡単に言えば脳の働きの差だよ。実際には誰にでも幽霊は視えている」
「え」

 キョロキョロと辺りを見回すが壁面に沿うように並べられた本棚には大量の本。窓際に並ぶ作業デスク。中央にあるのは実験テーブルだろうか。
 室内にはラベンダーの紅茶の香りの他に薬品の匂いが漂っている。
 特別おかしなものはなく、一般人が研究室と聞いて想像するものと大差ない。
 余計なモノど何も見えないし、悪寒もしない。

 眞木は傍観者のごとく湖南の仕草を眺めながらソファーに身を沈めている。
 
「あの、それは一体どういう」
「話を変えよう。人の視覚の仕組みを知っているか」
「理科で習ったレベルなら……目のレンズを通して見ているんですよね」
「ふん。やはり君は物事の表面だけを見て判断するタイプだな」

 嬉しそうに目を輝かせる眞木とは正反対に、湖南は顔をしかめた。

「例えばこのティーカップ」

 眞木は北欧風の鮮やかな赤のティーカップを指した。

「キミはカップの色を赤だと思うだろう。それはこのカップが赤い光を反射しているからだ。もし青い光しか反射しなければキミは青だと認識する。つまり目から入った光の信号をもとに、脳が物体の色や形を組み立てているわけだ」

 そう言いながら眞木は、おもむろにガラステーブルの盤面に油性マジックで図解を描き始める。

 他の大学で初めて同じような光景を見た時はぎょっとしたが、理系学者あるあるらしいので今は驚かない。

「脳が信号を解読してこそモノが存在する、つまり脳が解読したモノしか存在できないとも言える」
「えーと、?」
「さっき幽霊を視る人間と視ない人間の違いは脳の働きの違いだと言ったが」
「……あっ、もしかして! 見える人間は幽霊を解読できて、見えない人間は解読できないってことでしょうか」
「清々しいぐらい浅いな」

 むむ。いちいち癇に障る。
 湖南はカップに伸ばしかけた手を引っ込めた。カチャンと軽やかな金属音が耳をつく。

「まあ、キミの言ったことは半分は正しい。僕は脳が解読を拒否している可能性があると考えている。例えば強いストレスを受けるとその記憶を失うことがある」
「あ、それもしかして、解離性健忘……でしたっけ」
「ほう。多少は知ってるじゃないか」
「仕事柄です」

 以前、こんな男性の取材をしたことがある。

 元旦の夜に寝たはずが、起きたら大晦日で家族の顔ぶれまで変わっていたというのだ。
 
 調べていくうちに解離性健忘という言葉を初めて知った。幻怪編集部に寄せられる相談には一定の割合でこの症状を疑われるケースが含まれている。
 
 実はこの男性は、元旦の夜に家族を惨殺されたのだ。生き残った彼は、その後で知り合った女性と新しい家庭を築いていた。その一年間の記憶がすっぽり抜けていたのだ。おそらく悪夢の起きた元旦の再来を前に、無意識に強いストレスに見舞われた為、そこから逃れる為に記憶を失くしたのだろう。

「いわば身を守る為の脳による緊急避難みたいなものだ。脳は過保護なんだ。体を守る為ならなんだってする。つまり、幽霊は視る必要がないものだから、脳は解読しないことを選択している」

 次の言葉を待ったが、眞木は話し尽くしたのか土産の羊羹に齧りついた。
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